第九十二話
大工のあんちゃんがエルサレム神殿に入城する知らせは、瞬く間に全国へ駆け巡りました。
「なに!!?あの愛の伝道師がついにエルサレム入城かよ!?」
「マジで!?アニキの再来と言われたあの方が!ついにローマ帝国に反乱かよ!」
「やっぱりやる事違うぜ!」
イカレポンチで罰当たりなアニキのファン達は、その噂を聞きつけエルサレム神殿へと向かいます。もちろん勘違いしたまま。
「ちょっと~!あのジョニ・デップ似のイケメン救世主が、エルサレムでコンサートするんだって!」
「なんかバックダンサーを募集中らしいわ!」
「まぁ!素敵!ぜひみんなで参加しましょうよ!」
アル・アカバ村の未亡人女性達は、濃い化粧をパンパン塗りたくりながら、我先にエルサレム神殿へと向かいました。もちろん誤解したまま。
「聞いたか?兄弟共!あの、元大工で漁師の心を持った兄さんが、ついに大漁船を漕ぐんだとよ!」
「マジかよ!!そいつは俺達も大漁船をださねーといけねー!」
「男~♪太郎丸~♪」
マグダラ村の漁師達も、漁師の心を持った大工のあんちゃんをサポートするため、エルサレムへ向かいます。こちらも見当違いしたまま。
「フッフン~♪いやーやっぱり、海は本当に心地がいいな~」
さて、読者の皆さんは、あのパウロを覚えているだろうか?カヤパの手下として、アニキ・ザ・ヨハネと大工のあんちゃん撲滅陰謀計画を企てていたファリサイレーベルの長である。時には汚い手も辞さないそのやり口で、ユダを迷わせたりしたずる賢く悪い奴だったのですが、今は愛の伝道師を見極める為、旅に出かけてました。旅の途中で海で優雅に過ごしていると、どこからともなく飛んできた新聞が、ベタっとパウロの顔にひっつきました。
「うわー!なんじゃ?」
顔から新聞をはぎ取ると、それはガリラヤ新聞です。トップページには、なんと愛の伝道師がエルサレムへ入城する記事が書いてありました。
「な!なに!?あの愛の伝道師が、カヤパに挑戦状を突きつけるだと!?何たる傲慢な奴なんだ!?あのくそ大工は!これではアニキ・ザ・ヨハネが犬死ではないか!」
パウロはアニキとの別れ際の言葉を思い出していました。
"どうやら、ようやく重い腰を上げる時が来たようじゃないか。なぁ?パウロ"
"貴様に言われるまでもなく、その精神は一度足りとも失ってはいない。ただ。叩く相手が貴様や大工ではなく、あの偉そうなカヤパに変わっただけだ!"
"ガッハッハッハッハッハ!"
アニキはとても嬉しくなって笑い出し、パウロに握手を求めます。しかし、パウロはアニキの手を払い除けました。
"勘違いするなよな!ヨハネ。貴様らなんかと、仲良しグループを作るつもりは無い!"
"そう片意地張るなって"
"違う、片意地なんかじゃない。俺はパンク・ロックが嫌いなだけなんだ"
そう、あの笑顔を交わしたの時が、アニキとの最後でした。
「アニキ・ザ・ヨハネよ、あんたが自ら斬首してから二か月余り。この国はすっかり混沌と無秩序が渦巻く時代を迎えちまった。人々は自分の好きなことだけに留まり、全てに面倒くさがり、そしてやりきれない怒りで人を傷つけたくなっている。そんな中で、本当にあの愛の伝道師が、救世主として世界を救うことができるというのか?それこそ罰当たりな行為ではないのか?!」
天を見上げるパウロの顔は、真剣そのものでした。しかし天は何も答えません。当然です、死んだ人が天から語りかける事なんて、物語の世界だけの話なのですから。
「アニキ・ザ・ヨハネよ!沈黙が貴様の答えというのなら!見誤った愛の伝道師は、この俺がとどめを刺してやる!」
ビリビリビリビリビリ!ビリビリビリビリビリ!ビリビリビリビリビリ!
すると突然天空から雷が落っこちてきました。スーパーゼウスの怒りでしょうか?パウロは全身に落雷を受けてしまいました。
「はらひれほれ~」
プスプスプス~。
パウロの全身は黒コゲ真っ黒。ぶっ倒れて沖に流されたパウロの耳に、なんと!あのアニキの声が鳴り響くのです。
"パウロ、パウロ、なぜ、お前はナザレの大工を迫害するのか?"
「ア、アニキ!?しかし!奴はカヤパに挑戦状を突き付け、無謀にもローマ軍に戦いを挑もうとしているのですぞ!それこそ神をも恐れぬ罰当たりな行為!傲慢では!?」
"お前は真正面から、その耳で大工の言葉を聞き、その口で大工に詰問し、その目で大工を見極めるはずではなかったのか?"
「だが、奴がそんなことをすれば、この国を危険に晒してしまうじゃないか!」
"『世界を動かそうと思えば、自分を動かすことから始めよ』"
「アニキ!?その言葉は?」
"ギリシャの有名な哲学者ソクラテス大先生の大切な言葉だ。そしてナザレの坊主もまた、この言葉を噛みしめている"
「アニキ。。。」
"頼む、パウロ。俺はもう霊体で何もできやしない。俺の代わりに見届けてやってくれないか?」
「分かったぜ、アニキ。俺はこれから心を入れ替えて、元大工をエルサレムで見届けるぜ!先に逝っちまった、あんたの分までよ!」
"頼んだぞ!回心のパウロよ!"
気が付くとパウロは、近くにいた漁師達が仕掛けた網に引っ掛かっていました。
「あんりゃ??これはパウロ様じゃねーべか?」
「うんだうんだ、こんな高貴な服を着ているんだから、間違いねぇ~」
「なんだってオラたちの網に引っ掛かってるんだ?体中にウロコがついてやがるな、どれ?取ってやんべ」
「うんだうんだ、顔にもウロコがついてるな」
漁師達はパウロの顔からもウロコを取り出しました。すると、気を失っているはずのパウロは、なぜか涙を流して微笑んでいます。漁師達は何がなんだかさっぱりわかりません。ようやく目が覚めたパウロは涙を流しながら立ちあがり、そして右手の拳を天にあげて誓いを立てます。
「アニキよ!あんた達が、ソクラテスの哲学を勉強していたなんてよ!」
漁師達はパウロをポケーっと見ています。
「パウロ様、まだウロコが付いてるべ」
「うんだうんだ。ほれ、こんな所にも」
それでもまさに目からウロコなパウロは、天高く拳を上げて叫んでます。
「アニキ・ザ・ヨハネ!約束しよう!この耳で大工の言葉を聞き、この口で大工に詰問し、この目で大工を見極めてやるぞ!エルサレムで待っているよ!愛の伝道師よ!グワッハッハッハッハ!!」
「パウロ様。この船はエルサレムへは行かないべ」
「うんだうんだ。ダマスカスっちゅーとこだべ」
「は、はぁ!?」
パウロは辺りを見渡すと、一切の陸地が見えません。
「頼む!エルサレムに引き返してくれ!俺には愛の伝道師を見届ける義務があるんだ!」
「だめだって、パウロ様。今、こんなところで降ろしたら、溺れ死ぬって」
「うんだうんだ、ウロコもまだ付いてるだしよ」
「違うんだ!俺は!どうしても!エルサレムに行かないといけないんだぁーーーー!」
「諦めろって。ダマスカスも結構いいとろこだべしよ」
「うんだうんだ、ウロコもついてる必要ないべし」
「うぎゃーーー!!!降ろしてくれ!」
こうして回心したはずのパウロでしたが、二人の漁師にダマスカスへ連れてかれてしまったのでした。
続く




