第九話
大工のあんちゃんは突然ギャグ路線を封印して、急にシリアスな展開に突入したのでしょうか!?アニキ・ザ・ヨハネは自分のライブを終えて、次の出番を待つあんちゃんを紹介します。
「おう!小僧ども!みんな聞いてくれ」
「うおおおおお!!アニキー!!!」
「次はとんでもねぇ奴の登場だ!最近お前らも耳にしていることだろう!?」
「なんだなんだ!?」
「最近ガガリラヤで名前を上げてきている、大人気者だ!奴とは共にヨルダン川でスピリッツ交わしたぜ!」
「うおおおおお!!!!」
「まさに俺とはソウル・ブラザー!次は『愛の伝道師』の登場だ!!!」
「うおおおおお!すげーーーーーーーー!!!」
会場にいる小僧どもは一斉に雄たけびを上げて、大工のあんちゃんが来るのを興奮して待ってます。それらの様子を冷静にバック・ステージから眺めているあんちゃんは、アコギを片手に一人静かにステージに上がっていきました。
「おおお??なんだなんだ?」
「あれが『愛の電動コケシ』か!?」
「ちげーよ!『愛の伝道師』だぜ!」
「あの大工は、アニキとはソウル・ブラザーなんだろ!?」
「すげーーーーーーーーー!」
「なんでアコギなんか持っているんだ!?」
「いや!きっとあのアコギに火をつけて、アニキみたいに怒りを表現するに違いない!」
「うおおおおお!!!早く見てぇ!!!」
ポロポロポロ~ン♪
しかし、あんちゃんは、さだまさしのようにギターを静かに弾きはじめました。今まで興奮していた会場は、一斉に静かになります。さらにあんちゃんは目を閉じて切なくギターを鳴らします。
ポロポロ~ン♪ポロポロ~ン♪
しかしあんまりにも続くので、観客はだんだん困惑した状態になってきました。なぜならアニキのライブとは違ってフォークだったからです。
『天国まで行けちゃうような階段』(※ツェッペリンのパクリ疑惑有)
作詞/大工のあんちゃん 作曲/愛の伝道師
"心が空しい奴は幸せだぜ~♪フーフ~♪"
"泣いてばかりも幸せだぜ~♪フーフ~♪"
"虐められてる奴も幸せだぜ~♪フーフ~♪"
"正義にもえる奴も幸せだぜ~♪フーフ~♪"
フォーク調の唄い出しで生ちょろい歌詞が会場を包むと、罰当たりな小僧達は、なんか違くねぇ?と嫌悪感を示します。それでもあんちゃんは一人陶酔して唄ってます。
「なにやってんだ?あの愛の伝道師はよ!?」
「そうだそうだ!俺たちゃロック・フェスに来たんだぞ!フォークなんか聞きたくねェぜ!」
「アニキみたいにシャウトしやがれってんだ!」
"あぁー♪僕達ひっとつぅ~♪フーフ~♪天国に行けちゃうかも階段~♪フーフ~♪"
大工のあんちゃんは一人陶酔しきって、甘い声でフォーク・ソングを歌い続けます。もちろんシャウトなんか一切ありません。罰当たりな小僧たちは浮世離れしたふざけた歌詞を、真面目に唄うあんちゃんの姿に怒り心頭です。弟子達もさすがに不安になります。あんちゃんの空気を読まない態度は、結婚式で司会をしてた時からそうでしたが、今回はレジスタンスの熱心党までもいるのです。弟子達の後ろには、両腕を組んで不機嫌そうにしているシモンが、ムスっとした表情であんちゃんのステージを睨んでました。完全にフェスの管理者を怒らせてます。罰当たりなガキンチョは、パンキッシュなアニキが中指をおっ立てているような、激しいロックを見せろとあんちゃんに叫び出しました。
「何が愛の伝道師だ~!ファッキンシット!」
「ひっこめぇ~!愛の電動コケシ~!サノバビッチ」
「お前のヴァイブなんかな、俺達の心にはひびかねぇーぜ!愛の電動コケシ~!うっひゃはははははは!」
それでも陶酔して甘い声で歌い続けるあんちゃん。小僧達はむかついて、泥を一斉に投げつけました。ところがです!あんちゃんは器用に泥を避けながら、静かに歌い続けます。さらにムカついた観客は泥を何度も投げつけます。観客全員があんちゃんに向かってブーイングしたり泥を投げつけますが、なんと!それでも更に更にあんちゃんは避けていました。
「くっそ!全然当たんねぇーじゃねか!」
「どうなってんだ!くっそお!!!あ、また外れた!」
「チックショウ!ちょこまか動きやがって!」
どんな攻撃にもあんちゃんはギターを弾きながら、時にはカクカクとロボットダンスしながら避けてます。なんだか小僧達にとっては、あんちゃんへ泥を当てることがゲームになってきました。しかしそれでも、一向にあんちゃんには泥が当たりません。
「フォォー!」
「な、なんだ!!!??」
突然あんちゃんは叫び声をあげると、マイケルジャクソンのムーンウォークをしたのです。しかも小僧達の投げる泥は、決してあんちゃんには当たりませんでした。
「おい、なんだかアレって、ひょっとしたら、ミラクルかもしんねぇぞ」
「ミ、ミラクル!?スゲー!ムーンウォークで泥を避けたぞ!」
ステージは泥だらけというのに、あんちゃんの姿は真っ白。まさに神憑り的な演出!違う意味で罰当たりな小僧達の心を鷲掴みにします。そしてさっきまでフォークだった曲も、だんだんヒップなリズムが増し、良い感じにソウルミュージックになってきました。さぁもう、ここまで来ると、大工のあんちゃん何でもあり状態。再び、『天国まで行けちゃうような階段』を唄い出します。
"握った拳を広げて~♪みんなで握手をするんだ~♪フーフ~♪"
"父ちゃんにも握手~♪フーフ~♪"
"母ちゃんにも握手~♪フーフ~♪"
"爺ちゃんにも握手~♪フーフ~♪"
"婆ちゃんにも握手~♪フーフ~♪"
"ついでに敵にも握手~♪フーフ~♪"
さっきまでパンキッシュで泥沼ロックライブだったガリ・フェスはガラリと変わり、みんなフーフ~♪のところで大合唱です。弟子達も大工のあんちゃんが奏でるヒップな音楽にノリノリ。もはや泥を投げる輩は誰もいなくなり、誰もがあんちゃんオンステージに大歓声でした。
「やっぱり愛の伝道師だったんだ!フーフ~♪」
「すげーーーーーーーー!フーフ~♪」
「なんかこのメロディ心地いいぞ!フーフ~♪」
「あんた!最高だぜ~!フーフ~♪」
こうして全てを唄いきったあんちゃん。満面の笑みで両手を広げます。会場は大拍手と大歓声が巻き起こり、もはやガリ・フェスは愛と平和の音楽祭に変わったのです。そしてあんちゃんは、罰当たりな小僧達相手に、いつものキャッチを始めます。
「ありがとう小僧ども!」
「うおおおおおおお!!!ありがとう!!愛の伝道師!」
「理不尽な時もあるけど、やっぱり世の中って愛だろ?愛!」
「うおおおおおおおおお!!世の中って愛だ!愛!」
「いいか?頬を叩かれても殴り返すんな!頬をつきだすようなビッグな愛を持った人間になってくれぃ!」
「うおおおおおおおおお!!なんてでかい人だ!俺達はやるぜ!いつでも頬をつきだすぜ!」
こうして愛の伝道師のカリスマが誕生しました。今までなんとなくインチキ臭いと思っていた弟子達も、あんちゃんの最後のキャッチに涙を流して感動しています。熱心党のシモンも、太い両腕を組みながらウンウン頷いて号泣して感動しています。みんなみんな愛に飢えていたのです。大盛況に終わったステージを降りて、あんちゃんが弟子達の元へ還ってきました。
「大工!あんたすげーよ!」
「あはははは、当然だペテロ。俺はビッグな人間になる為に生れてきたからよ」
ペテロはつい嬉しくなって、あんちゃんの肩を抱きながら、頬っぺたを軽くピシピシ叩きます。
「最初はインチキくさい奴と思ってたけどよ!(ピシピシ)」
「フッ、単なるそこいらの無職とは違うぜ♪」
「本当はスゲー奴だったんだな(ピシピシ)」
「あ、あははは、格が違うんだって格が」
「こんのー!一時期はシリアス路線に行くんじゃねぇかと、すんげー心配したんだぜ?(ピシピシ)」
「いたっ。あはははは、ま、まーな」
「ビシっと最後は派手にキメやがってこんにゃろ~!(ピシピシ)」
「あいたたた。あははは。よ、良かったろ?」
「できるんなら最初からやれって~!(ピシピシ)」
「お、おい、あははは。ペテロくーん、少し痛いよ~」
「やっぱり俺達弟子は、あんたについてきて、大正解だったわ(ピシピシ)」
「......」
苦笑いしながらも我慢していたあんちゃんでしたが、さすがに我慢の限界に達しました。
ボコッ!
「痛ってぇ!?な、何しやがんだよ!大工!?」
「調子に乗んじゃねーよペテロ!さっきからピシピシ頬を叩きやがって!」
「だからって思いっきり殴り返すことねぇーだろ!?」
「うるせー!てぇめーの叩き方は、なんか小馬鹿にされてるようで、あったまくんだよ!」
「な、なんだよ!さっきはステージで『頬を叩かれたら、頬をつき返せ』って言ってたじゃねーか!?」
「馬鹿野郎!それとこれは別だ!」
「大工!お前にはビッグな愛は持ってねぇーのかよ!?」
「それはこっちのセリフだ、ペテロ!今日という今日はゆるさねぇぞ!」
こうしてバックステージでは、あんちゃんの怒りを買った一番弟子のペテロがボコボコにされました。結局、ガリ・フェスで愛の伝道師としてカリスマ的存在になっても、やっぱり、あんちゃんはいつもと変わらない、大工のあんちゃんだったのでした。
続く