第六話
大工のあんちゃんは、正座しながら弟子達と『結婚式の司会入門編DVD』を見ています。
■結婚式の司会者が気をつけるべきポイント
1.落ち着いて行動する
予定通りに進まない場合でも、慌てず、会場係の指示に従いましょう。
2.場の雰囲気を読む
細かいところまで、注意深く気を使い、スケジュールに気を配りましょう。勝手に進行を進めてはいけません。
3.聞き取りやすく話す
マイクには、近すぎず、離れすぎずです。口調は、ゆっくり、はっきり、大きな声で話しましょう。
4.言動や行動には気をつける
結婚式では、縁起の悪い言葉や卑猥な言葉は禁句です。また、人に迷惑を掛けるような行動は絶対にやめましょう。
「なるほど、フィリポ。このDVDは参考になるな~」
「あ、リーダ。今ネットで調べたら、司会者が最後にスピーチで締めくくると良いみたい」
「マジで?どれどれ」
"結婚生活をうまくいかせる秘訣などをスピーチにするといいでしょう。代表的なのは、『堪忍袋』『お袋』『胃袋』などです。"
「なるほどー!俺もこれを使ってみっか!」
こうして一夜漬けながら、大工のあんちゃんは司会者の心得をマスターします。七三分けのポーマドにタキシードを着て、いざカナの結婚式場へ。すでにトマスと後輩のタダイが待っており、あんちゃんはリハーサルを無事に終え、最後のスピーチも彼らにはかなり好評でした。
「ちょっと、あんた?あたしの可愛い坊やじゃない?」
「え?」
なんと!会場には大工の母ちゃんであるマリアがいました。どうやら今回の結婚式は、マリア母ちゃんの身内のものだったようです。
「あんた哲学ラッパーになるって家飛び出したくせに、フラフラしていると思ったら結婚式の司会なんかやってるたのかい?」
「あ、あははは、いやー」
「でも母ちゃん、涙が出るほど嬉しいわよぉ。いいかい?こんなご時世に仕事があるだけでもあんた、感謝しないと」
「いや、これはバイトっていうか、マジジョブじゃないっというか。。。」
「そうだ、母ちゃんとプリクラでも撮りに行こうか?」
「ええ!?今からプリクラ!?」
「そう、お父ちゃんにあんたがちゃんと仕事している姿を見せてあげるのよ」
啖呵を切って家を飛び出した手前、七三分けにして司会のバイトしている姿を、実の父親に見られるのはさすがに格好付かないと思いました。さっそく司会口調で断ります。
「来賓のおばさん。今はその時ではありません(キッパリ)私はこれから司会をしなければなりませんので」
「お、おばさん???!」
「では失礼!」
毅然な態度で立ち去ろうとする大工のあんちゃんでしたが、当然マリア母ちゃんに首根っこ掴まれます。
「ちょっーとお待ち!このバカ息子!」
「いててててて!耳!ひっぱんないで!!」
「おばさんだぁ~?!この恩知らずめ!あたしがどれだけ腹痛め、あんたを産んだと思ってるの!」
「耳離して!痛いって!いててて!」
「いいかい?三十路過ぎたパラサイト息子のあんたを、そこまで育てたのは誰だと思ってるんだい!?」
「はい!母ちゃんです!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
その叫び声に駆けつけたタダイは、目をまん丸にしていました。腰に両手を乗せたマリア母ちゃんを前に、大工のあんちゃんは土下座して平謝りでした。
「とにかく、真面目に仕事やんなさいよ!」
こうして結婚式の本番が始まります。右耳が真っ赤になった大工のあんちゃん。最初は弟子達に笑われてましたが、意外に真面目に司会をこなします。卓越した司会進行が、会場のみんなの心を鷲掴みにします。いよいよ大詰め、花嫁から両親へ感謝のメッセージを伝える場面になりました。すると陰からバイトのタダイが小声で声を掛けてきます。
「ちょっと、司会さん!司会さん!」
「うん?お、後輩くんのタダイか。今、良いところなんだから、後にしろって」
「いや、それが困った事になっちゃったんです」
「なに?!」
タダイと一緒に駆けつけると、トマスが空になった酒樽を見ながら頭を抱えて困ってます。
「こりゃ、参ったなトマス。葡萄酒が全くないじゃないか」
「そうなんだよ、大工。どうしよう?」
このままでは、せっかく盛り上がった結婚式もしらけてしまいます。大工のあんちゃんはあたりを見回し、隣の家の台所を眺めると何かを閃き、ポーンと胸を叩きました。
「トマス。ここは俺が何とかしようじゃないの」
「ええ?マジかよ?」
「この空の酒樽に水をいっぱいいれておけ。終わったら、お前達は会場に戻って、場の雰囲気をなんとか引き延ばしておけ。どうしても持たなくなったから、ここへ戻ってこい」
トマスとタダイは大工のあんちゃんの言う通りに、空の酒樽に水をいっぱい入れて会場へ戻りました。二人がいなくなったのを見計らって、大工のあんちゃんは、隣家の台所に忍び込み、葡萄酒を勝手に"拝借"しようとしました。
「だれだい!?」
忍び込んだのもつかの間、料理人のお婆さんに見つかってしまいました。しかし大工のあんちゃんです。七三分けのタキシード姿が功を奏し、なぜかお婆さんと仲良くなり、しかも肩叩きをしながら水と葡萄酒を交換する交渉を始めましたのです。
「いやー、お姉さんみたいな奇麗な人なら、あの水飲んだらもっと奇麗になるって、僕が保証しますよ!」
「あらーやだ!私みたいな年寄り捕まえて。あんたー、ちょっといい男じゃないの!しょうがないわね、その水とこの葡萄酒を交換してもいいわよ~」
こうして酒樽いっぱいの葡萄酒をゲット!さらに気に入られたあんちゃんは、29年もののヴィンテージ・ワインまでつけてもらいました。いよいよ痺れを切らしたタダイとトマスが戻ってみると、なんとそこには、水を入れたはずの酒樽に葡萄酒がいっぱい入ってありました。二人はびっくりしがらも、急いで会場へ持っていきます。
「すげーな!あの元ヤン。一体どんな神業を使ったんだ?」
「トマス先輩、さすがあの人はナザレ三中をシメてただけありますね」
その頃あんちゃんは、おまけで貰ったヴィンテージ・ワインを独りでがぶ飲みしてました。トマスとタダイから話を聞いた弟子達は、さすがにびっくり。葡萄酒が会場へ振る舞われ、みんな大盛り上がりです。ようやく結婚式が終盤になると、べろんべろんに酔ったあんちゃんがもどってきました。会場は拍手喝采で向かい入れ、結婚式の締めであるスピーチをしてくれとせがむのです。
「えー、宴もたけなわでごじゃりますが、ひっく。本日司会を任されたものから、ひっく。結婚生活を送る二人に、ひっく。とっても大切な『三つの袋』を、しっかり握り合って、ひっく。ほしいと思います」
パチパチパチ、会場のみんなは大工のあんちゃんに拍手を送ります。弟子達も、初めての司会にしては上出来じゃないかと大喜び。
「先ずは『堪忍袋』!ひっく、これはしっかり握りしめないと、ひっく、いけませんな~。ひっく、どんな時でも、ひっく、お互いを許しあう仲になってくだひゃい、ひっく」
ありがたいあんちゃんの言葉に、花嫁花婿そして両親は涙を流しながら聞き入ってます。弟子達も、しゃっくりが多少気になりますが、それでもあんちゃんの言葉に聞き入ってました。
「えー、次に『お袋』!ひっく。決して他人のふりなんてしてはいけません。私なんか、ひっく、さっき他人のふりしたら、ひっく!うちの母ちゃんに、耳を引っ張られました。ほら、見て!この真っ赤な耳たぶ」
会場はドっと笑いに包まれます。マリア母ちゃんも、もう!あの子ったらっと嬉しそうに見つめています。そして、ついに三つ目の袋を話すときになりました。会場はきっと素晴らしい言葉に違いない、そんな淡い期待を胸に抱きながら、まだかまだかと目を輝かせながら、あんちゃんの言葉を待っていました。
「えー、三つ目は、ひっく!『チャン玉袋』です!」
マリア母ちゃんは飲んでたワインを思わずブー!と吹き出しました。花嫁も花婿もその両親も、あんちゃんの言葉に耳を疑います。誰もがアングリです。そう、チェリーのあんちゃんはやっちまいました。弟子たちも顔に手を抑えて、あちゃーな感じです。会場全体に軽蔑の空気が漂いますが、泥酔したあんちゃんは空気も読まず、意気揚々と続けていきます。
「このー『チャン玉袋』っていうのが、えー、なんちゅうか、僕には良く分かりませんが、ひっく!どうやら子作りには、大切みたいだと!いうわけですよ!ひっく。しっかり花嫁さんは花婿さんの『チャン玉袋』を握りしめて、頑張っていただきたいと、ひっく!このように、思うわけで。。。」
「???」
「うっ!おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
なんと、みんなの前で思いっきり大ゲロを吐きやがりました。
きっと罰があたったのでしょう。一人で隠れてワインをがぶ飲みしたからです。会場は大騒ぎとなりキャーキャーと悲鳴が出る始末。結婚式をぶち壊されたトマスはカンカンになり、マリア母ちゃんからはクドクドと説教をくらう羽目に。こうして、大工のあんちゃんの司会デビューは、ミラクル(?)な結末で幕を閉じたのでした。
続く