第五十八話
馬から降りる百人隊長ロンギヌスと部下のカッシウス。彼らの表情はとても険しく、村人を威圧的に睨んでいました。やってくる二人に対し、村人は慄くばかりです。
「我はローマ帝国軍百人隊長のロンギヌスである!この村の者達に訪ねたい!この地に、怪力を使う大巨漢は訪れなかったか!?」
村人達は、それがバラバの事であるとピンと気付きます。ベトエルとリベカは、ローマ兵からバラバを守るため、村人達と協力して、一斉にバラバの周りに人壁を作らせました。
「バラバ、静かに身を掲げておけ!」
「けど、おら。。。」
「いいから。俺には、お前にリベカを救ってもらった恩義がある」
「ベトエル。。。」
「みんな、しっかりとバラバを匿うんだ。いいか、俺達がお前の事を匿ってやるからな」
「そうだ。バラバ、この人壁から出ちゃダメだぞ」
「み、みんな。。。」
一方、村人の誰もがロンギヌスとカッシウスから目を逸らし、退きながら通り道を作ると、部下のカッシウスは村人達一人一人の目を見ながら、注意勧告を始めます。
「我々ローマ軍は、その犯罪者二人の足取りを追っている!一人は救世主と名乗る不届き者、もう一人は大巨漢で、人殺しも厭わない犯罪者だ!」
「!?」
「そいつらは、我らローマ軍の駐屯地、カペナウム村で騒動を起こし、今や国中のお尋ね者だ!!」
「!!!?」
隠然たる勢力を持つローマ軍をバックに、二人の高圧的な態度は、ジワリジワリと村人を追い詰めます。しかし、それでも村人達は誰一人とて、彼ら二人に告げ口をする者はいません。そして村長が勇気を振り絞り、前に一歩やってきたのです。
「これはこれは、ローマ帝国の百人隊長様。ご無礼をいたしました」
「貴様、村長だな?大巨漢はやってこなかったか?」
「はて?この辺鄙な村には、そのような人物達はやってきませんでしたが」
リベカはうずくまっているバラバを必死に、幼い手で抱きしめていました。バラバはローマ軍に怯えながら、身を隠しています。村長はニコニコと笑顔を浮かべますが、百人隊長のロンギヌスは一笑もしません。
「ロンギヌス隊長。こいつ、薄ら笑いなんかしやがって、気に食わない奴ですね」
「確かにな。やれ、カッシウス」
「は!」
すると部下のカッシウスが、村長の両頬を鷲掴みしたのです。
「ムゴボボ !!な、何をするんじゃ!?」
「もう一度聞くぞ、村長さんよ。本当にこの村には、自らを救世主と名乗る奴と、怪力を使う大巨漢は訪れなかったんだろうな?!」
「フゴゴフォボ!ぐ、苦しいいい!」
「もし隠し立てすれば、貴様の命は無いと思え!」
「?!!!」
カッシウスは決して躊躇する気はありません。村長の顔は見る見る歪んでいき、喉元に短刀を突き付けられます。
「人殺しを匿うのが、そんなに楽しいか?!」
「ウッグウウウ!!」
その時でした!
「バラバは!人殺しなんかじゃないもん!!」
リベカが怯えながらも、勇気を振り絞って、ローマ兵士二人に立ち向かったのです!
「何だ?このガキんちょは?!」
「バラバは私の大切な親友なの!それ以上侮辱したら、許さないから!!」
「ロンギヌス隊長!どうしますか?」
するとロンギヌスは、短刀に手を添えながら、リベカの出て来た人集りをジッと見つめます。村人達はロンギヌスに対抗するように、互いに腕を組みながら、陣営を作り始めました。
「リベカ!よく言った!バラバは我々の親友だ!貴様らローマ軍が何と言おうと、これはユダヤ人の問題だ!」
「そうだ!渡すわけには行かねぇ!」
「探すなら、もう一人の救世主と名乗る悪党を探せ!!」
村長を手荒に投げ飛ばすカッシウスは、自分達へ声を張り上げる集団へ一喝します。
「貴様ら属州民の分際で!我々ローマ帝国に楯突くとは、いい度胸だ!!」
「カッシウス」
「ローマ帝国に支配されたお前達を、しょっぴく事など造作もない事なんだ!覚悟しやがれ!」
「カッシウス!やめろ!」
「しかし!ロンギヌス隊長!」
「無闇に彼らの対ローマ感情を悪化させ、ピラトゥス総督のリコール権を発動させられたらどうする?!」
「はい」
村人全員が口をへの字にし、眉間にシワを寄せて、両腕を組んで陣営を取り、確固たる覚悟をもって対抗しております。
「少なくとも、村にいない者を探しても仕方ないな。出直すとするか」
「隊長!!」
「黙れ、カッシウス。もう一人の救世主と名乗る偽善者を探しに行くぞ!」
こうして、百人隊長とその部下は村を去って行きました。腕力も劣るはずの村人達から、一丸となって守られたバラバは、自分の不甲斐ない行動を悔やみます。
「おらは、おらは、みんなが命懸けで庇ってくれたのに、おらは怯えて隠れちまった。。。」
「いいのよ、バラバ。だって、みんなバラバを守りたかったんだもの!」
「でも、リベカ。おめぇーにまで、二度ならず三度までも危険な目に合わせちまって。。。」
リベカはその細い腕で、怯えて震えるバラバを優しく撫でます。すると、村長が険しい表情でやってきました。
「バラバよ、知らぬとはいえ、ユダの片棒を担ぎ、助けられた村人に感謝するならば、今すぐこの村から出るのじゃ」
「え?!」
「村長さん、それはあまりにも!」
「そうよ、村長さん!バラバは私の親友なんだから!」
しかし、村長は聞く耳持たぬ様子です。その眼差しに隠されたものは、苦渋の決断によるものでした。人一倍感受性が豊かで優しいバラバは、沈黙を貫いたまま、ゆっくり俯いたまま、村を去って行きます。
「お父ちゃん!どうして?!どうしてバラバは?!お願い止めて!」
「リベカ。。。」
「嫌だぁあああ!バラバ!!行かないで!!!」
一人、村の外れを歩くバラバ。広野にはひっそりと、夕焼けが包んでいました。その姿を泣きながら眺めるリベカ。
「リベカや、分かっておくれ。こうしなければ、わし達も、生きて行く事ができんのじゃ」
「村長!!そんなの分からないよーー!!お父ちゃん!!!お父ちゃん!!!」
「リベカ。。。」
「うわーーーん!!!バラバーーーーー!!」
リベカの泣き叫ぶ声が、肩を落としたバラバを優しく包むと、バラバは今まで感じたことのない、温かい気持ちが湧き上がりました。そう、たったひと時であっても、リベカから情を教えてもらったのです。
「お前は、バラバだな?」
「あ、あんたはさっきの。。。」
曲がり角には、紅いマントを翻しながら、馬上よりこちらを眺めるロンギヌス隊長と、その部下カッシウスが待ち構えていました。
「ここからでは、村人から見えないだろう」
「そうだな。おらぁ、リベカをこれ以上悲しませたくない。ローマの軍人さん、おらを連れてってくれ」
「分かった、バラバ。カッシウス、そこにいる自首した罪人を捕まえろ!」
「ハッ!ロンギヌス隊長」
こうしてバラバは、ピラトゥス総督の居座るエルサレム神殿へと、護送されたのでした。
続く




