第五十話
ユダが居座るカペナウム村。
ローマ軍の駐屯地があり、メイン通りにはヤシの木が至る所に立ち並び、多くの旅人達がやってきてくるほど栄えておりました。
「ぎゃはっはっはっはっはっは!酒だー!酒持ってこーい!」
しかし大工のあんちゃん一行から飛び出し、パウロから与えられたあんちゃんのヅラを被り、自らを救世主メシアと名乗るユダは、この村の寄生虫のように食べ物や若い女達を漁っておりました。
「あと女もだ!うっへっへっへっへ~!」
ろくに治療も施さず、食料と女ばかり貪る毎日のユダに対し、村人達は嫌悪感と疑心暗鬼を持ち始めます。シナゴーグという会堂には、今後ユダをどのように扱うか、四人の村長達が集まって会議をしてました。
「あの救世主様は、食べるだけ食べて、我々になーんもしてくださらないじゃないか」
「そうだ、そうだ。偉そうに威張るだけで、これじゃピラトゥス総督と変わらないぞ!」
「このままじゃワシらの食べ物も無くなってしまう、なんとかせねば」
「しかし救世主様の機嫌を損ねては、神の怒りに触れてしまえば、ソドムとゴモラの都市のように我々の村も滅ぼされてしまう!」
四人は結局、腕を組みながらうーんと悩んでいるしかありませんでした。一方、それでもハチャメチャな遊びばっかりしているユダ。うっかりローマ軍の駐屯地にワインをこぼしてしまいました。
「何をしている!?」
「ひぃいいいい!」
そこには赤く長い鶏冠を持つ兜を被り、筋肉質な胸板と腹筋が刻まれた甲冑を装備し、深紅のマントを煌びやかに靡かせるローマ軍の百人隊長ロンギヌスと、その部下カッシウスがやってきました。
「貴様!ここがローマ軍の駐屯地として知っての行動か!?」
「とんでもないっす!たまたま、偶然こぼれてしまって」
「そんな言い訳が通用すると思うか!?」
「今直ぐに拭きます!」
部下のカッシウスはローマ軍短刀グラディウスに手を掛けましたが、すぐに百人隊長ロンギヌスから制止されます。
「待て、カッシウス。ティベリウス皇帝からは、無用な属州民の殺生は避けろとのお達しだ」
「しかしロンギヌス隊長!」
「我々の職務は、帝国圏内にローマの平和と秩序をもたらす事であって、殺戮と娯楽だけをもたらす闘剣士グラディエータとは違うのだ」
「はっ!そうでありました、ロンギヌス隊長!」
ローマ式の敬礼をするカッシウス。その横で頭を床に擦ってあやまるユダ。その姿に百人隊長ロンギヌスは、ピクリとも瞬きをせず、ユダを睨んでいます。
「おい、小僧。今回は見逃してやるが、今後目に余るようであれば、直ぐ逮捕する。いいか?」
「了解であります!」
ユダはローマ式の敬礼を見習って、すぐさまその場を去りました。しかし、それでも百人隊長ロンギヌスは、短刀にしっかりと手を掛けながら、ユダの行動を睨み続けていたのです。さて、気分を取り直して、ローマ兵がいなくなったところで、悪酔いをしながらゲーゲー地面に吐いて、村長達が集まるシンゴーグへ辿りつきました。
「おい!こらぁ!ジジイ!もっと酒持ってこい!」
ガシャーン!
ユダはローマ兵から驚かされた腹いせに、村長達へ悪態をつきはじめました。本当に酒癖の悪い奴です。
「救世主ユダ様、どうかお静かに!」
「なんだと!?クソジジ!」
「近くにローマ軍の駐屯地もあります故、どうかどうか!」
「ケッ!ロ、ローマ軍がなんだ!」
「しかしユダ様、彼らを刺激するようなことになれば、我々は生きていく事さえできません!」
「さっきから、ローマ軍、ローマ軍って、うるせぇんだよ!」
ユダは村長の顔を足蹴にして、唾を吐きました。さすがにこれには、周りにいたみんなも怒りを隠せません。蹴られた村長は我慢の限界に達し、ユダに立ちはだかります。
「だったら、あんたは何ができるんだ!?」
「あああん?なんだその口のきき方は!?」
「そうだ!そうだ!食料と女を貪るだけ貪って、本当は何もできないんじゃねぇか!?」
「な、なんだと!貴様ら、救世主の俺に向かって!」
しかし村長はそれでも恐れませんでした。
「救世主とは読んで字のごとく『この世を救う主』じゃ!あんたは自分を救世主というが、じゃが、ここに来てからのあんたは、口先ばっかりじゃないか!」
「俺は嵐を止めた男だぞ!水の上だって歩いたんだぞ!」
「それなら今すぐ嵐を起こして、ここからローマ軍を退却させてみろ!」
「そうだ!そうだ!」
元々、悪巧みをしていたパウロにけしかけられたユダ。パウロのレーベルでギャングスタ・ラッパとしてデビューを約束され、逆恨みした大工のあんちゃんの評価を落とす為に、ヅラまで被って村を転々としていただけでした。しかもここに来るまでの村では、みんなユダのハッタリと口先だけのウソに慄き、誰一人逆らう者はいなかったのです。しかし、ついにそのバケの皮が剥がされようとしていました。追い詰められたユダは、焦りながらも叫び出しました。
「うるさい!俺様の奇跡で蹴散らしてくれるわ!」
なんとユダは、ついに言い切ってしまったのです。しかし村長達の疑いの眼差しは消える事はありませんでした。
「おお!それなら今すぐやってもらおうか!」
「な、何だと!?」
村長達は全員立ちあがって、ユダを問い詰めるように囲みます。
「もしできなかったら、あんたをローマ軍に突き出してやる」
「な、なに!」
「証人として、熱心党のバラバを誰か呼んで来い!」
「バ、バラバだと!?」
「はは~ん。救世主と名乗るあんたでも、バラバは怖いとみた!」
熱心党のバラバとは、ローマ軍を追い出すこと目的としたレジスタンスに属している人物です。情に厚く、嘘が嫌いですが、一度暴れ出したら手がつけられない二メートルも超えるその巨漢の噂は、国内の誰もが知っております。すぐさま村長達は、バラバを呼びにスタコラサッサとその場を離れてしまいました。一人シナゴーグに取り残されたユダは、酒の勢いとは言え、口を滑らした自分に後悔をしてます。
「くっそう!バラバなんか呼んだら、俺はひとったまりもあんたもんじゃねぇ、どうすりゃいいんだ!?」
アワアワと慌てるユダは、すっかり酔いが醒めて、オロオロと動き回って冷や汗を出しています。しかしよーく見ると、シナゴーグには誰もいない事に気が付きました。
「うん?もしかして」
キョロキョロと辺りを見るユダ。
「だっはっはっはっは!なーんだ、バックレちまえばいいんじゅん」
すぐさまフードを頭から被り、その場から逃げ出そうとしました。
ドシン!ドシン!ドシン!ドシン!
「な、なんだ!?」
すると地響きとともに、シナゴーグを大きく揺れ出しました。
ドシン!ドシン!ドシン!ドシン!
「お、おい!地震かよ!?」
列柱にしがみつきながら、その揺れに慄いているユダ。すると、シナゴーグの入り口から、 ちゃん玉も縮み上がるような恐ろしい巨漢の影が、ゆっくりと中へ入ってきたのです。
「おめぇが、救世主様か?」
そう、あの国内でも有名な熱心党のバラバが、もうすでにやって来てたのでした。
続く




