第三十九話
さて、その頃ヘロデ国王は、まるでむさ苦しい浮浪者爺さんの格好をしていました。
そして、アニキから頼まれたある約束を守るため、たった一人で吹き荒れる風の中を歩いていたのです。
「くっそ~、なんて風だ!これなら御供の奴を連れてくれば良かった」
大工のあんちゃんが一般ピーポーからメシアと呼ばれ、傲慢になっているかどうかを、ヘロデはアニキから確認してくれと頼まれていたのです。
"いいか?ヘロデ。まるで、浮浪者のような装いで、あのナザレの坊主の様子を見てくるんだ"
"アニキ。また、なんでまたそんな手の込んだことを。。。"
"お前が国王と分かれば、奴らだって身構える。だが、お前が身分を隠していれば、きっと普段の姿を見せるだろう。絶対にお前の立場が悟られてはだめなんだ。だから、御供の連中も一切連れていくな"
"えええ!?あの荒野を独りで行けっていうのかよ?!"
"大丈夫だ!お前は、この数か月で立派にプロレスラーとしての強靭な肉体を手にした。二、三日くらいの断食なんて屁では無いわ。ガッハッハッハッハ!!"
「全く、アニキは。断食なんて、プロレスラーと関係ねぇだろって」
暫くヘロデがよたよたと、ようやく風も落ち着いてきて、晴れ晴れとした天気に変わりつつありました。そして、アル・アカバ村が目の前に現れてきたのです。
「おおお!村だ!やったー!これで断食しなくて済むぞーー!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶヘロデは、さっきまでの疲れが一気に吹き飛び、スタコラさっさと村に走って行きました。
「アル・アカバ村へようこそ!」
「あ、ええ?アル・アカバ村じゃと?」
「ええ、御爺さん」
「さぁさぁ、こちらにいらして。お腹一杯食べて頂戴な」
アル・アカバ村の人達の表情はとっても明るく、健康的で、浮浪者爺さんの格好したヘロデにさえ、温かく手を差し伸べる者たちばかり。ヘロデは陽気な彼らの姿に、戸惑ってしまいます。実は、ここの村人達は女性ばかりなのですが、それもそのはず。男共は戦場に駆り出され、殆ど全員が戦死してしまったからです。昨年ヘロデが視察した時も、女達は気力を失い、生きる希望を捨て、誰もが惨めな姿ばかりでした。
「さぁ、いっぱい食べて頂戴ねぇ、お爺ちゃん」
「ああ、ありがとうぅごぜぇますだ」
ヘロデの目の前に、多くの食べ物が用意されました。ずっと断食をさせらていたヘロデは、いてもたってもいられず、ガツガツと駆け込みます。
「モグモグ、いやーーー!こりゃ、モグモグ、なんて旨いモグモグ、飯なんじゃぁ~」
「いや、メシアよ」
「うん?!メシア??」
ヘロデの横にいた女性が、ニコニコして笑いかけて言いました。しかし浮浪者爺さんに化けてるヘロデは、女性の言葉を聞き返しました。
「いま、あんたはメシアと言ったのかね?」
「ええ。全ては救世主メシア様のおかげなのよ、お爺ちゃん」
「じゃ、じゃが、救世主メシアと呼ぶのは、モーゼ様がお決めになってくださった、あのありがたーい十戒の違反になるじゃろ?」
「やーだ、お爺ちゃんったら!」
バチン!
ウゴ!!ヘロデは女性の肩を叩かれ、食べていたパンを喉に詰まらせ、危うく本当にあの世を見るところでした。
「堅い事言っちゃって。あたし達があの御方を、勝手にメシア様と呼んでいるだけよ~」
「ゴホ!ゴホ!でも、その事が、ゴホ!国王にばれたらどうするんじゃ?」
「大丈夫よ、ヘロデ国王の前では言わなければいいんだから」
もうすでに、ヘロデ国王の前で言っちゃってたりしちゃってます。
これは面白い。咳込みながらも、ヘロデはそんな風に感じました。まさに願ったり叶ったりで、村人の女共に聞き込みを始めます。
「その御方とは、一体何者なんじゃね?」
「あらー?お爺ちゃん知らないの???今、最高にホットで人気急上昇中の『愛の伝道師』よ!」
「『愛の伝道師』!?」
「そうよ~。もう、円らな茶色い瞳で、ジョニー・ディップみたいな髭を蓄えてるくせに、気さくで陽気で楽しい人なのよ」
「ほうほう!ジャック船長も真っ青じゃな?」
「実は私達、偽物伝道師に治療費をぼったくられて騙されたんだけど、本物のメシア様がいらしてね、私達の身体を無償で治療してくださったの」
「ひょえーーー!なんと、奇特な御方じゃの~。こんな不景気な時代に、全部無償だなんて。変な壺とか買わされなかったか?」
「全然!それどころか、本職は唄が専門なんですって。これが、本当に楽しそうに歌ってて、見てて何と言うか、もう、落ち込んでるのがバカみたいって感じ」
「歌も唄うマッサージ師かい?」
「ええ!全部無料だったわ」
間違いない。アニキが言っていた、ナザレの大工のあんちゃんと一致していました。どうやら、村人から救世主メシアと呼ばれているのは確かで、後は、その男が傲慢であるかどうかを確認するのみです。
「それじゃ、そんなにあんたらみたいな、めんこい女達から祭り立てられたら、そりゃ、その男だって、調子乗ってたじゃないかの~?」
「ウフフフフ!」
「!?」
「ねぇ~、もう。ウフフフフ!」
女性達は、お互いを恥ずかしそうに見つめあって含み笑いをしあってます。
「それがね、お爺ちゃん。とってもストイックな御方なのよ~」
「ス、ストイックじゃと!?」
「ええ。まぁ、正直言うと、ジョニー・ディップ似だから、夜這いでも掛けてやろうかしらって、私達で、その人のいるところに真夜中行ったのよ~」
「な、なんと夜這いじゃと!??」
「やーだー!お爺ちゃんったら!」
バチン!
ウゴ!!ヘロデは女性の肩を叩かれ、今度は食べていたブドウの皮を、両鼻の穴から噴き出してしまいました。しっかし、事もあろうに一国の主であるヘロデが、幾ら浮浪者の爺さんに変装しているからとはいえ、逞しい村人の女性には全くの肩なしです。
「夜這いっても、別に襲うとかじゃなくて、せめて記念に唇を奪う程度よ~」
「く、唇か~。ひえ~びっくらこいたのぉ~。それで、そのストイックっていうんは?」
「そうそう。それがね、その人の寝泊りしている宿の近くに、こーんなに大きな木があるんだけど、毎晩自分の身体を縛って、その木から自分を吊るして、独りで神に向かって叫んでいたのよ!!」
「身体を縛って神に叫んでいたじゃと!?」
「そう、泣きながらこう言ってたの。『ああ、神よ。私は何と言う罪深き人間なのでしょうか?』ってね」
ヘロデは、あまりの大工のあんちゃんのストイックさに、互いにアニキの弟子として、プロレス魂が共鳴した感じでした。そう、正に!それは金網デスマッチならぬ、亀甲縛りデスマッチの為の、特訓に思えたからです。
「くぅ!!!何ともプロレス魂に火をつける男じゃ!それは誠か!?」
「ええ。なーんも悪い事なんかしてないのにねぇ。私達を無償で治療して、陽気な歌声で楽しませるだけでは飽き足らず、それでも自分の事を、罪深き人間だなんていうですから」
「きっと奴は、亀甲縛りデスマッチに向けた、新しい技の特訓だったのじゃろう~」
「亀甲縛りだったかどうかは知らないけれど、でも、相当ストイックな御方の何者でもないわ」
彼女達の話を聞いて悔しさを感じるヘロデ。組みたい!どうしてもプロレス技として、大工のあんちゃんと組みたい!そんなプロレス魂の野望が、沸々と湧きあがってきたのです。
「そ、その『愛の電動コケ"ぴー"(※自粛)』とやらは、どこにおるんじゃ!?」
「やーねぇ~、お爺ちゃんたら。『愛の伝道師』よ~。多分、そろそろ村を離れるころじゃないかしら?」
「なんじゃと!?まだ、この村におるのか!?」
「そうね。まだ、あそこの宿にいるわよ」
「あああ、あそこじゃな!?ヨシ!」
すっかり板に付いてきた浮浪者爺さんの格好をしたヘロデは、こうしてはいられないとばかり、裾を巻くしあげて、スタコラサッサと走り去ってしまいました。
「あのお爺ちゃん、すっかり元気になっちゃったのかしら?」
「いいえ、きっとメシア様のファンなのよ」
続く




