第三十六話
さて、その頃ヘロデ国王の住むお城では。
「クァモン・エヴゥリブぁーディイイ!」
すっかりプロレスマニアとピストルズのシド崇拝者となったヘロデ国王。毎日エディ・コクランの『C'mon Everybody=シド・ヴァージョン』を唄ってます。もちろんその横で、アニキ・ザ・ヨハネも腕を組んで指導しています。
「そうだ!そこで足をガニ股にして、顔をしかめっ面で唾を吐くんだ!」
「ファック!」
「いいぞ!!!ヘロデ!それでこそ、一国の主だ!!!」
「クァモン・エヴゥリブぁーディイイ!」
ヘロデ国王の妻であるヘロディアは、パンクとプロレス漬けの毎日に、いい加減気が狂いそうになってきます。どんなに一喝しても、二人は全く聞く耳を持ちません。そんな時、ようやくラクダに乗ってのんびり帰ってきた『ファリサイ』レーベルのパウロが帰ってきました。
「お待たせしました、ヘロディア様!」
「ったく!パウロ!今まで何をのんびりしていたの!?」
「へ?」
「ラクダに乗ってノンビリしすぎよ!」
「ああ!申し訳ございませんでした」
パウロは自分のノンビリ加減に、初めて気が付いたようです。
「それで、計画は旨く行ったの?」
「はい、ヘロディア様。簡単に大工の野郎を陥れることができました。クックックック、今頃は大工も困り果てているでしょう」
「それで、その話をヨハネにするわけね?」
「ええそうです。それを聞いたヨハネは、必ず助けに向かうため、ここから脱走を図るでしょう。そうなれば、ヘロデ国王とて黙ってはいられないでしょう」
「さすがね、パウロ。後は、ヨハネを斬首する計画さえ、浮かべばいいんだけど。。。」
二人は腕を組んで、色々と考え込みます。するとパウロは再び悪知恵が浮かびました。
「ヘロディア様、ローマ帝国の高官連中を呼んで、ここのお城で宴会を開くのはいかがでしょうか?」
「宴会?彼らを呼んだところで、一体何ができると言うの?」
「さすがに高官連中の前では、ヘロデ国王もおとなしく中指を丸めるしかないでしょう。それでもヨハネはきっとどこかで悪態をつきます。そこで彼らの前でヨハネを斬首させるよう、ヘロディア様がヘロデ国王に仕向けるのですよ」
ヘロディアは、そのパウロの悪巧みに舌を巻きました。
「フウ~。さすがユダヤ国の中でも『ファリサイ』の看板を背負っているだけあるわね?パウロ、貴方だけは敵に回したくないわ」
「いえいえ、ヘロディア様の美貌には敵いません」
「当然じゃない。しかし元老院連中なんて、どこの誰が呼べるのかしら?」
するとパウロは右手を胸に当てながら頭を下げ、不敵な笑みを浮かべます。
「私にお任せくださいませ。これでも、私はローマ市民権を生まれ持っております。ローマから有力な高官連中を呼ぶ事など、容易い事でございます」
「分かったわ。オーッホッホッホッホ!」
「はい!ワッハッハッハッハッハ!」
「オーッホッホッホッホ!」
「ワッハッハッハッハッハ!」
馬鹿みたいに高笑いの争いをする二人ですが、こうしてヘロディアとパウロの計画が実行されることになります。さて、すっかり辺りも暗くなり、夜更けを迎えるころになると、牢屋で寝そべっているアニキの処へ、パウロが突然訪れてきました。
「おい、ヨハネ」
「ああん?ケッ!パウロのお坊ちゃんかよ。俺に何の用だ?」
「フフフフ、ヘロデ国王の家庭教師などをやるようになって、この城に住みついてから、随分と貴様も肥えちまったな」
「フン。肥えたかどうか、一つだけ分かる方法があるぞ。お前と貴様で、この脱獄デスマッチなんてどうだ?」
アニキは不敵な笑みを浮かべながらも、今まさにパウロへ噛みつかんばかりです。
「冗談じゃね。俺は野蛮なギリシャのパンクラチオンよりも、グラディエーターの剣闘試合の方が好きだ」
「ユダヤ人のくせに、ローマ市民の真似ごとをしやがって」
「真似ごとでは無い。俺は正真正銘のローマ市民だ」
「あーそうかよ。そのローマ市民様が、一体この夜更けに何の用だ?」
するとパウロは胸元からある一通の記録書を取り出し、それをアニキのいる牢屋の中へ放り投げます。
「パウロ、なんだこれ?」
「読んでみろ、ヨハネ。貴様の可愛い可愛い弟分である、大工の息子の悪行の数々だ」
アニキは信じられない様子で、その書簡を食い入るように読みだしました。確かにパウロが言うように、おおよそ信じられないような、大工のあんちゃんの数々の悪行が記録されておりました。
「フン、どうせこれも、カヤパと貴様が仕組んだ捏造なんだろ?」
「そうだと思いたいなら、そう思えばいい。しかし、『事実は小説より奇なり』とは、まだ生まれていないバイロンもよく言ったもんだ」
「まさか。。。あのナザレの坊主が、ギリシャ医学の知識を使って、弱き人間から金を巻き上げるなんて。信じられん!」
「信じたくなくてもかまわないが、こうしている間にも、きっと、メシア=救世主などと煽てられ、調子に乗って浮かれているに違いない」
アニキは突然その書簡を怒りに任せ、ビリビリに破きました。そして牢屋の中からいきり立ちます。
「くっそ!なんて野郎だ!あのナザレの坊主め!モーゼの十戒を忘れちまったのか!?」
「クックックックック!そうらしいな」
「救世主などと呼ばれて浮かれおって!俺があのバカに正義の鉄拳を喰らわしてやる!!!」
「だが、ヨハネ。貴様はこの牢屋から出られんだろうが」
「ウッ。。。」
するとパウロはあからさまにわざとらしく、牢屋のカギを目の前の床に落としました。
「ヨハネ、脱獄したければすればいい。おれは咎めない。だが、貴様が脱獄すれば、ヘロデ国王も黙っちゃいないし、貴様を信じるファン達も皆殺しになるだろう」
「クッソ!パウロォオオ!!!貴様はトコトン汚い奴だぁあああ!」
「クックックックック!好きにするがいいさ!」
牢屋を笑いながら去るパウロ。両手で格子握りしめながら、床に落とされたカギを恨めしそうに眺めるアニキ。一体、これからアニキはどうするのか!?やはり脱獄するのか!?それとも何かの策があるのか!?
続く




