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第二十九話

すっかりプロレスマニアとピストルズへ模様替えを遂げた、ヘロデ国王の住むお城。王妃の玉座で肘をつき、目の前の馬鹿げた様子にイラつく妻ヘロディア。


「とぉーーーーーーー!」

「ナイスだぜ、ヘロデ!そこから腰を捻って、コブラツイストだ!!」

「イエス!アニキ!!うりぁああああああ!」

「うげぇ!」


カンカンカンカ~ン!

衛兵を僅かワン・ラウンドでのしたヘロデは、リングで片腕を上げて勝利のポーズ。本日はお祭り騒ぎです。アニキとヘロデはすっかり師弟コンビ。もはやこの二人に敵う兵士は、ヘロデのお城にいません。


「よくやったぜ!ヘロデ!」

「アニキ!!!!コブラツイストでまさかのKO勝ち点だなんて!まるで伝説復活だ!」


肘掛に指をトントンしながら、こめかみに青筋を立てて、ずっとアニキを睨んでいるヘロディア。彼女は胸元を曝け出された屈辱を、決して許すことはできません。その横にいるパウロも、アニキには同じ恨みがあります。


「ヘロディア様。あの横暴なヨハネを何とかしなければ、このままだと、きっとヤクザ・ローマ帝国に睨まれるますぞ」」

「分かってるわよ!パウロ、何か良い策を考えて頂戴!」

「はい。では、あの人気の大工の息子を陥れることで、ヘロデとヨハネの仲を悪くさせてやりましょう」

「そんな事、本当にできるのかしら?」

「ええ、もちろんです。なんだかんだ言っても、ヨハネは大工を弟のように可愛がっていますからね」


ヘロデとアニキは仲良く笑い合っています。

一方、五話目にして、ようやく結構出番が増えてきた大工のあんちゃん。いつものごとく色々な村で、ロックやら演歌やらフォークやらを使い分け、絶妙な観客のニーズに応えて唄いまくってました。子供たちにも大人気です。


「"今夜もありがとう!!!いやー音楽っていいものですねぇ!"」

「うおおお!愛の伝道師!あんたは最高だぞ!」

「"やっぱり世の中は愛よ、愛!旨いんだな~これが!"」

「ガハハハハ!大工のあんちゃんは、本当におもしれぇ人間だ!」

「"みんな仲良くな!"」


あんちゃんの目の前にいたガキンチョが、何かを食べたとたんに、突然グテンと倒れてしまいました。両親はびっくりして、そのガキンチョを抱きかかえて呼びかけますが、全く意識がありません。あんちゃんもびっくりして駆けつけます。


「どうしたんですか!?」

「あわわわ、坊やが、突然倒れてしまったんです」

「おーい!坊主?大丈夫か?」


しかしガキンチョは全く応答も無く、あんちゃんが口元に耳を添えると、息をしていませんでした。


「まずい、この坊主息をしていないぞ!」

「ええええええ!!???どうしましょう!」


ガキンチョの両親が涙を流して、困り果てています。近くの村人は、村の医者を連れてきましたが、全く病状が分かりません。すると村長の老人が突然叫び出しました。


「こりゃ、シェディムの仕業じゃ!」

「シェディム!?」

「そうじゃ!メソポタミアから伝わる古来の悪魔で、奴らの食べ物は幼子の魂の匂いと樹液じゃ!」

「......」

「とにかく樹液と香料を焚いて、悪魔払いをするのじゃ!」


村人たちは老人の言葉を信じて、早速ガキンチョの周りにお香を焚きはじめました。しかし、あんちゃんは老人の治療法に懐疑的で、顎に手を添えて考え込んでいます。


「おいペテロ。こんなもんで、このガキンチョが治ると思うか?」

「治るも何も、大工。悪魔シェディムの仕業と言われちゃ、仕方ないだろう。それに老人の言う事は絶対だ」

「なんだか、あのガキンチョ。治るどころかどんどん顔色悪くなっていくぞ」

「それが悪魔の仕業なんだろう」


すると突然思い出したように、手をポーンと叩いて、スタコラサッサと走り去ってしまいました。


「おい!大工。どこ行くんだよ?」


そのころマリヤちゃんは、大工のあんちゃんのガラクタを片づけていました。


「まったく!あの人ったら。いっつも出しっぱなしで」

「おおおお!!マリヤ。俺のコレクション袋はどこだ?」

「ひええええ!!ライブ終わって興奮して、また、さらに、あの変な事するの!?」

「はぁ?ああ!今回はツバキちゃんは関係ない」


マリヤちゃんから渡されたコレクション袋をガサゴソ漁って、ようやくある本を見つけます。


「あった!」

「何それ?」

「へへ~ん。昔、俺がアレクサンドリアのフィロン先生の本を読んでいたの、覚えているか?」

「うーーーん」

「マリヤ、お前が俺と駆けっこして膝を擦りむいて、血を流した時だよ」

「あああ、あの時ね」

「アレクサンドリアのフィロン先生に、ちょこっとだけ治療方法が書いてあったんだよ。たしか、ギリシャ人の医者の名前で、えーーーと。あった!これだ!」


また風のように去っていくあんちゃん。マリヤちゃんは一体なんだか訳が分かりません。あんちゃんは気を失った子供のところへ、再び戻って来ました。


「おい、大工。一体何をしてきたんだ?」

「ペテロ!これだよ、これ。『ヒポクラテス集典』だ」

「ヒポクラテス集典!?」


ヒポクラテスとは、古代ギリシャに活躍した医者であり、主な治療がまだまだ迷信や呪術に頼っていた時代、臨床を重視した治療方法で医学を発展させた人物である。彼の提唱した医師の倫理性と客観性は、『ヒポクラテスの誓い』として、現代の医師達にも受け継がれているのである。


「これはギリシャ人のヒポクラテスさんが研究した、医学の教科書みたいなもんだ」

「でも、大工。これって、全部ギリシャ語なんだろ?」

「まぁな」

「まぁなって、お前読めるのかよ?」


弟子一同は???でした。それもそのはず。彼らはギリシャ語がチンプンカンプンだからです。しかし、さすが哲学ラップで、ギリシャ人相手にディスってただけあります。あんちゃんはギリシャ語で『ヒポクラテス集典』を読みだしたのです。


「ふむふむ、なるほどな。"喉元には二つの道があり、空気の道と食物を食べる道がある"」

「で、次はどうするんだ?大工」

「よーし、ペテロ。その坊主を逆さまに釣り上げろ」


みんな目をまん丸にして仰天です。村人達もあんちゃんの言葉に驚きを隠せません。しかし村長の老人は断固拒否をしました。


「コラ!何を罰当たりな事をしようとするんだ!?」

「罰当たりって、これは治療法なんだよ。多分、この坊主は喉に何かを詰まらせただけなんだ」

「そんな事をしたら、この坊主に乗り移った悪魔が、怒り狂ってわしらを呪うにきまっている!」


村人達も村長の老人の意見に同調します。しかしあんちゃんだけは呆れています。


「あのな、そんな迷信を信じても、この坊主は助からないぞ!」

「め、迷信じゃと!この若造め!」

「だったら聞くけどよ。なんでこの坊主だけに、爺さんの言う悪魔は乗り移ったんだ?」

「そ、それは。。。」

「それにな、その周りにいたはずの俺や他の村人達は、なんで今でもピンピンしているんだ?」

「つ、つまりそれは」

「シェディムだがジュゲムだがしらねぇけど、その悪魔だって暇じゃないだろ?」


ますます顔色が悪くなるガキンチョ。あんちゃんは一刻の猶予もない事を感じ、すぐさま慌ててガキンチョの治療に当たります。


「やばい!ペテロ!この爺さんを黙らせてくれ」

「こ、こりゃ!若造!」


モゴモゴとペテロに口を抑えられた村長さんを尻目に、あんちゃんはガキンチョを逆さに釣り上げます。その後、肺や喉元を丹念に触診しながら、ガキンチョの鼻をつまんで人工呼吸をし始めました。村人も、突然のその行為に驚きを隠せません。すると、なんとガキンチョは咳こみながら、息を吹き返したのです。


「ゴホッゴホ!」

「よーっし!もう少しだ!頑張れ!」


あんちゃんはガキンチョの喉元へ手を伸ばし、何かを吐き出させました。それは大漁なザクロの実だったのです。弟子達も、あんちゃんの行動にはびっくり仰天。ようやく意識を取り戻したガキンチョは、泣きながら自分の母親へ抱きつきます。


「うわーーーん!母ちゃん!!!」

「良かったよ~!本当にこの子は食いしん坊なんだから!」


あんちゃんはニコニコしながら抱き合う親子の姿を見守っています。それに気がついた母親は、泣きながらあんちゃんへ感謝の言葉を述べます。


「ああ!伝道師様!本当に、ありがとうございました!何とお礼をした方が良いのか!!」

「お礼だなって、奥さん。別にそんなものを必要ないですよ~」

「貴方は私達の救い主です!これはミラクルですわ!」

「いや、違うって」

「みなさん!見ましたか!?うちの坊やを、ここにいる愛の伝道師様が生き返らせてくれたのです!」

「だ、だから。別に生き返らせたわけじゃなくって。。。」


しかしもうすでに手遅れです。この母親の言葉を聞いた村人たちも、あんちゃんがミラクルを起こした救世主=メシアとして、称賛を贈ります。


「参ったな~。。。ペテロ、どうしよう??俺は飯屋じゃなくて、ロックシンガーで愛の伝道師なんだけどな。」

「あのな、大工。メシアの意味分かってるのか?」

「飯屋だから食べ物屋だろ?」

「はぁ~。ったく」


続く

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