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桜子編 4

昭和20年 正月


その年の正月は 山本少尉も一緒に迎えることになった。


家族は 厳かながら 全員そろって正月を迎えられたことに感謝した。


台所で炊事をしている母と雫子は 微かな幸せを感じていた。


「こんなふうに みんなそろってお正月を ずっと迎えられるといいね。雫子のお婿さんも一緒にね。・・・あんたが お婿さんの世話をして、そして孫が生まれて・・・」


「お母さんったら。みんな男の人が戦争にとられてるのよ。養子に来てくれる人なんて いやしないわ。あきらめてるわ 私。」


「そう?好きな人でもいるんじゃないのかい?」


「いないわ。そんな暇ないじゃない。」


「そうかしらね。」

母は 雫子の気持ちに気付いていた。


山本少尉をみる 雫子の目は 恋心を映し出していた。



山本少尉も 雫子のことをいつしか理想の女性だと思うようになったが、自分に課せられた任務のことを考えると その気持ちを胸に秘めることしかできなかった。




正月の三が日が終わり、正月気分を吹き飛ばすかのように、1月初旬、夜中に空襲警報が鳴り響いた。


一家は 山本少尉も含め、防空壕に避難した。


前年の暮れ頃から 空襲警報が昼夜問わずなったが、まだ実際に空襲の被害には、大きな町以外はあってはいなかった。


暗い防空壕は とても 不安だった。

その中で 薫子は 萌子に童謡を歌ってあげたり、わずかな明かりを利用して 影絵をしてみせたり、みんなの気持ちを明るくしてくれた。

「薫子ちゃんは 歌が上手だね」

山本少尉が言った。


「薫子は 将来 流行歌手になるか。」


父が言った。


薫子は 照れて笑った。


どんなときも 家族が一緒にいることが 一番安心だった。




二月に入り、日頃から体の弱い萌子が ある日突然高い熱を出した。


前の日からの雪で 体を冷やしたのか、栄養失調のせいもあるのか、萌子の熱は なかなか下がらなかった。



熱を出して二日目の晩、母に代わり 看病をしていた雫子が 両親の部屋に飛んできた。


「萌子が 萌子が 大変!ひきつけを起こして、気を失った!」


父と母は 慌てて萌子の枕元に行った。


「萌子、しっかり、しっかりして」

母は 必死で萌子の意識を戻そうとする。


父は

「医者を呼んでくる」

と 足袋もはかず、寝間着のまま 外に飛びだして行った。



外は 雪が積もり始めている・・・。




しばらくして 父が医者を引っ張ってきた。


「先生、診てやってください。お願いします」


息を切らして頼む父。


「これは おそらく流感です。最近 たちの悪いのが流行ってますから・・・。意識が明け方まで戻らなかったら 覚悟してください。」



医師は 気休め程度の薬だが・・・。と置いて行った。



「流感(今でいうインフルエンザ)は 移るから、若いものは 部屋に入るな」

と 両親のだけで 萌子に付き添った。



熱が下がらない萌子は まだ油断を許さない状態だったので 昼は母が、夜は父が徹夜で付き添った。


父は 寝ずに朝になると仕事に向かう。


山本少尉も 基地から 缶詰や みかんなどを持って帰ってきた。


看病の甲斐があってか、萌子は やがて 回復した。



萌子が 笑顔で 粥をすする様子をみて 家族はほっと安堵した。





そして、それは 萌子が 元気を取り戻した 次の日のこと だった。



母が昼食の片付けをしているところに、 玄関先で呼ぶ声がする。


「すみません、美月さ〜ん。」

「はい。」

母が 前掛けで手を拭きながら 出ていく。


「おめでとうございます。ご主人に徴収令状です」



「・・・はい。ありがとう・・・ございます。」


桜子の母は いわゆる『赤紙』と言うものを 生まれて初めて受け取った。


母はしばらく呆然としている。


そして突如、悲鳴ともつかない 大きな声で 雫子の名を呼んだ。


「雫子、雫子!!」


「何?どうしたの 母さん。」


雫子は 母の手に握られた赤紙を見て、言葉を失った。


「雫子、すぐ 向かいの海軍の基地に 電報を。」


「は、はいっ」




雫子の打った 電報は父のもとに届き、 父は仕事を早く切り上げ、帰ってきた。


「ただいま。」


父は普段通りだった。


「本当はもっと早く帰ってくるはずが、仕事先の世話になった人たちに御礼を言って回ったから少し遅くなってしまったよ。」



桜子の父は 布団に退屈そうに寝ている萌子のもとに向かった。


「萌子、具合はどうだ?」

「お父ちゃん、萌子、もうすっかりいいのに、お母ちゃんが寝てなさいって怒るの。ねえ お父ちゃん、お父ちゃんのおひざに行っても いい?」


「ああ、いいよ。」


父は萌子を抱っこした。


「萌子は 病気してすっかり軽くなったなあ。」


そして、萌子をひざの上にのせ、いつものように 暖かい縁側に腰を下ろした。



「なあ 萌子、これからはお母ちゃんや姉さんたちの言うことをよく聞いて、いい子にするんだよ。好き嫌いせず何でも食べて、軽くなったぶん 取り戻さないとな。」


「うん。」


萌子は父の大きな手を握って言った。


「お父ちゃんは 萌子が連れて行かれなかった代わりなんだ。だから お父ちゃんは 何も思いのこすことはないよ。」



そんな二人の話を陰で聞いていた 母は 台所にかけていき、うずくまって泣いた。



やがて 父に赤紙が来たことを 基地で聞いた 山本少尉が 急いで、帰ってきた。



いつものように 雫子が 玄関で 出迎えた。


「聞いたよ。お父さん、いつ?」


「あさって。おそらく、大陸(中国)へ。陸軍ですって。」


「そう・・。」


「山本少尉、父はもう40になります。それで初めて軍隊に入って 大丈夫なんでしょうか。今まで 無縁な生活をしてきた 父が・・・。死にに行くようなものではないですか。私たちは・・・私たちはどうやって、何と言って送りだしたらいいんでしょうか。」


「・・・」


「それに 父は 昨日まで萌子の看病をしていました。流感が移っているかもしれません。何とかなりませんか?」


「雫子さん・・。出発までに症状が出たら、何とか医師の診断書でなんとかなるかもしれませんが・・・。赤紙は絶対ですから。」


「・・・すみません。山本少尉は軍人さんですものね。 非国民だとお思いでしょう。・・・でも 兵隊さんの代わりは他にいても 私にとって 父はたった一人ですから」


雫子は ぎゅっと 膝の上で手を握りしめた。





「雫子さん、お父さんは強い人です。

私は 先日の晩の 萌子ちゃんのために雪の中 外に飛び出して行った お父さんをみて そう思いましたよ。

人は 守るべきものがあれば 強くなれる。・・・私なんて階級ばかりで あの時、萌子ちゃんの異変が わかっていても、何もしてあげることができなかった。

人間の価値や強さなんて 腕力や 階級なんかで決まる もんじゃない。お父さんはきっと大丈夫。元気で戻ってきますよ。」


「山本少尉・・・」



雫子は 初めて 少尉の胸で泣いた。


「雫子さん 私も 守るべきものが 見つかった気がします。」



少尉は ぐっと涙をこらえて言った。



外は 真冬の木枯らしが吹き荒れていた。




凛子たち 女学生三人が 帰宅した頃には 父は 床屋で 丸坊主にして 帰っていた。


その姿をみた凛子は 背筋に すーっと 冷たいものが走った。


「お父さん、まさか・・」


母は 黙って頷いた。


薫子や桜子はその意味がまだ理解できなかったが、うちの中のただならぬ雰囲気は 感じとっていた。


その夜、父は娘たちを集めて 言った。


「わしは あさって、入営することになった。 何も思い残すことはないが、お前たちの花嫁姿だけは 何としても 見たかった・・・。わしのような年寄りが戦争にとられるよいじゃ、この戦争も 長くはないかもしれん。」


「お父さん!」


凛子が 父の言葉をさえぎった。


「大丈夫だ。敵に お前たちのいるこの国を 無茶にされて たまるか。わしはお前たちが 安心して嫁に行けるように 戦ってくる。だから お母さんを助けて みんな元気で 仲良くやるんだよ。」


「はい」

「お父さん・・・」



みんな 泣いていた。


父を この国の行く末を心配していた。



父は 最後に 山本少尉に一言言った。


「私は 少尉殿を家族の一人と思っとります。」


「私も 後を追うまでは できるかぎりのことをいたします。安心してお国のため ご奉公ください」



次の日は 親戚や近所の人が出征の 祝いだの なんだのと 何人も 訪れ、家中バタバタした。



桜子は 何が 祝いだ。お父さんが 戦争にとられるのに めでたいものか。と悔しい気持ちを噛み締めていた。



桜子の父の出発の日が来た。


父は 地元から徴収された人たちの部隊で料理人の腕を活かし、料理の係を任せられることになったようだ。


父の行く中国大陸には 満足な食料があるのだろうか・・・。


家族みんなは心配した。


その当時の人たちは みな同じ気持ちで 戦地に父を息子を見送った。




父や ほかに徴収された兵隊さんたちは いままでの人たちと同じように、駅前の広場で 壮行会をして送り出される。



近所の隣組のおじさん、おばさんや 幼い子供たち、国防婦人会が 自宅から駅まで 出征兵士の後を 軍歌や 出征兵士を送る歌などを歌い ついて行く。


運の悪いときには 戦死された兵士の遺骨を抱えて遺族のもとに向かう人とすれ違ったこともある。


父のときは そんなことがないように と願った。


けれど、このように、出征を見送った人が 今まで 何人 遺骨となって戻ってきた だろうか。遺骨があればいいほうだ。石ころ一つしか 骨壺に入っていなかった人だっている。



ほんとに こんな戦争、何の意味があるのか?


父を見送りながら 桜子は涙をこらえて そう思った。


見送る人の数も 年々減っていく・・・。



父は 見送りのみんなに向かい、 大きな声で こう言った。


「皆さんのいる この国を敵から 守るため、微力ながら戦地へ行って参ります。 皆さん、留守中、私の家族を よろしくお願いします。」


父は 敬礼をした。


父の敬礼を初めてみた。


その瞬間、みんなわっと 涙を流した。



末っ子の四歳になる萌子は みんなの涙を キョトンと見ていた。


わきあがる 万歳三唱に家族は 御礼をしたが きっと誰一人 有り難いとは 思っていなかったろう。



父は 汽車に乗り、ホームで 最後の見送りをした。


汽車の窓から 父が 顔を出す。

「大丈夫だ。元気に行ってくるよ。心配するな。お母さんを頼むぞ。」


萌子が 言った。

「お父ちゃん、早く帰ってきてね。萌子、お母ちゃんの言うこと聞くから。」

「お父さん、落ち着いたら手紙を・・」

「わかったよ、母さん、しっかりな。」


「お父さん、元気で」

「お父さん!」


発車の汽笛がなった。

みんなは 涙ながらに手を振る。やがて汽車は遠くなった。



父が戦地に旅立ってから、母は 疲れがでたのか、萌子の風邪が 移ったのか、高熱を出して寝込んだ。

雫子が萌子の面倒をみながら看病したが 今度は雫子が 高熱を出した。


二人は 熱にうなされながらも 父を呼んだ。


「お父さんは こんな熱が出てないかしら。無事に大陸に着いたかしら?」


口を開けば そう言った。

他の姉妹たちは 勤労動員の仕事の合間をみて、交代で看病した。



ある日、凛子が 二人の看病をしていると、学思が家にやってきた。



「おばさんや雫子ちゃんが病気だって聞いたから、これ・・・」


学思は 自分で釣った 魚を持ってきた。


「この辺じゃ 男は俺ぐらいだろ?少しは頼りになるところをみせてやろうと思ってな。」


「まあ ありがとう。ほんとに頼りになるわ。なきべそ学思も すっかり頼りになる立派な男の子になったね。」


「困ったときは お互い様だよ。でも 凛子ちゃんは男に生まれたら きっと強かったとおもうよ」


「まあ 余計なお世話よ。」



凛子が魚をさばいていると女学校から 桜子が帰宅した。



「ただいま。」

「お帰りなさい、桜子」

「わあ 魚だ!久しぶりね」

「学思が釣ったみたいよ」


「ねぇ、学思は元気だった?」

「元気だったよ。」

「そう・・・」



桜子は 学思に逢いたかった。



桜子の母と雫子は だんだんと 元気を取り戻した。


家族は ほっと胸を撫で下ろした。


父のいない うちの中は、何かの拍子に がたっと崩れてしまいそうな 積木のようだった。


みんな 父からの無事を知らせる手紙が届くまでは、そわそわして 落ち着きがなく、イライラしていた。


萌子は 父の帰ってきていた時間になると 玄関の辺りをうろうろして 母に怒られた。

そしたら 縁側で いつも膝を抱えて座っている。


まだ 幼い萌子には 父のいない意味が なかなか理解できなかった。





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