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桜子編 3

昭和19年 初夏


ある 風の爽やかな 日曜日の 朝のことだった。



美月家は 朝から 下宿人の少尉さん を迎えるための 準備をしていた。


14歳になった桜子は 妹の 3つになる 萌子を連れて、波止場を散歩していた。


「いいお天気ね。萌ちゃん。 こんな日がずっと続くと いいのにね」


桜子に 手を引かれた 萌子は 笑って 「うん。」と頷いた。



萌子と一緒に 草花をとっていた 桜子は 浜辺で 一人たたずむ 学思を 見つけた。


最近、学思は 桜子に出会っても 目を反らして 話をしてくれない。

ほかの姉妹とは 普通に話しているのに・・・。


桜子は 学思に 嫌われているのでは ないかと 心配していた。



でも 学思の姿を見かけただけで、 暗い毎日が パッと華やぐ 気がした。


桜子は学思を見つめる。


彼は 海に向かって 何回も 小石を投げていた。


泣いているようにも 見えた。




「学思くん・・・」

心の中でつぶやいた

その時、白い海鳥が 大きく鳴いた。


二人はお互いに目を合わせたが、すぐにどちらからともなく反らせる。


学思は 桜子に 気がつくと、 慌てて 涙を拭き、浜辺を 後にした。



桜子は その姿を見つめていた・・・。




ふと 気がつくと 萌子がいない。




桜子は 海にでも 落ちてやしないかと 青くなって辺りを 探した。



「萌ちゃ〜ん。どこに行ったの? 萌子〜!!」


母に 何と 言ったら・・・。桜子は 自分の迂闊さに 情けなくなった。



しばらく辺りを探したら、船着き場で 萌子を見つけた。


「よかった・・・。萌ちゃん。」


萌子は 船着き場で 船の絵を 書いている 一人の青年と 一緒にいた。


「おふね たくさんあるよ」



萌子は 青年の絵を指差して 無邪気に 笑った。



その青年は 桜子に 話しかけた。


「この子は 君の妹さん?」

「はい。すみません。目を離した隙に いなくなってしまって・・。おじゃましました。」

「いや、いいんだよ。・・・ここは いい町だね。僕は 広島の市街の生まれでね。街中より こんなのんびりした ところに憧れていたんだ。つい 絵が 書きたくなって・・・。」


ふと 桜子は その青年の絵に 目を向けた。


彼の絵は 女学校の美術の先生の書くものより 上手かった。


そして 何か ほっとするものを感じた。


「君は このへんの子?」

「はい。」


「じゃあ また 会うかもしれないね。」

「は・・はい・・」


萌子が 帰ると言い出したので 桜子は その青年に あいさつして 自宅へ 帰った。



あの人 見かけない人・・・。 疎開でもしてきたのかな・・・? こんなご時世に 絵なんて書いて。兵隊にも 行かずに。どこか 身体でも悪いにちがいない。


そう 桜子は 思った。




次の日の 月曜日、桜子の父が 下宿される 少尉さんを連れ帰ることに なっていた。



午後、桜子が女学校から 帰ると 台所で 母が 魚をさばいていた。


「うわ〜おっきな魚!!」


「今日は お刺身に しようと 思って 沢村さんとこに 魚を頼んで おいたのよ。・・・それと、桜子、」


母は 手ぬぐいで 手を拭きながら 言った。


「沢村さんとこの 勝ちゃん、赤紙が 来たらしいよ。明日出発だって。」


「えっ!?」


昨日の 学思の涙の 理由が わかった。



「この魚、今までの御礼だって言って お金とらないのよ。沢村さんとこも、ご主人も 長男の勝ちゃんも 兵隊にとられて 心細いだろうに。・・・もうお魚は 当分食べられないかもしれないね。」




学思が かわいそうで しかたない。

さぞ 心細いだろうに・・・。

最近は 学思の つらい顔しか見ていない。


笑顔がみたい と思った。




夕方、 父と 部下の一人を連れて わが家に 下宿人の 少尉さんが やってきた。


「海軍少尉 山本広海 であります。」


夏の 白い軍服を来た その人が 玄関前で 私たちに 敬礼した。


それは 昨日の 絵の上手い 青年だった・・・。



少尉の姿を見た 萌子は

「昨日のおふねのひと」


と 桜子に 言った。


桜子は その時初めて気がついた。


「君は 美月さんのところの お嬢さんだったんだね。」


「はい・・」


両親や 姉たちは 緊張して 少尉を 自宅に 招き入れた。



目の前に 並ぶ ご馳走に 少尉は 恐縮していた。


「この ご時世に このようにして いだだいては 申し訳ない。」


雫子が

「粗茶ですが・・」


と お茶を持ってきた。


父は

「こら 今日は 少尉どのをお迎えする 祝いなのに、茶では なく、酒を持ってこんか」

と 雫子を たしなめた。


「いえ、 私は 酒は飲めませんので・・・」


「そうですか、実は 私も下戸なんですよ。」


と 父が 笑う。




台所では 姉妹たちが ひそひそ話していた。


「いい人そうで よかったね。」

「桜子は 知り合いだったの?」


薫子に 聞かれ、昨日の話をした。


「そう、そんなに絵が上手だったの?」


その時 父が 台所に来て、

「お前らも あいさつせんか」

と 姉妹たちを呼んだ。



客間に 家族が 揃った。


父は 家族を紹介した。

「本当に 女性ばかりですな。」

と少尉は 笑った。


「この ご時世に 面目ない次第です。」

と 父は 恐縮した。


「いや、 華やかで いいじゃないですか。」

「少尉殿は 御兄弟は?」


「兄が 一人。江田島の兵学校で 教鞭をとっております。」


「まあ 江田島で?!」


凛子が 声を大きくした。

雫子は 凛子の膝を叩き、たしなめた。



萌子は 食卓に 並ぶ 最近はめったに見ない ご馳走にくぎづけだった。


それに 気がついた 少尉は 萌子を呼び、膝に座らせ、刺身を 食べさせた。


姉妹たちや 両親は 少尉の人柄に ふれ、安堵した。

少尉は 時折、姉妹に絵を描いてみせてくれた。

徐々に 家族は 少尉に打ち解けて いった。



少尉が 美月家に やってきた次の日、学思の兄が出征した。



壮行会に出た母の話では、まだ 19歳になったばかりの長男を 学思の母は気丈に見送っていたらしい。涙が止まらなかったと母は 言った。


山本少尉が 美月家に来てから 少し家の中が 明るくなった。


少尉は 休みの日には 姉妹に 絵を描いてくれて、それが 姉妹の宝物となった。



少尉が 朝基地に出かけるときと 帰宅するとき 玄関で 出迎え、また 見送るのは 母と長女の雫子の仕事だった。



母が地域の行事などで 多忙なときは 必ず雫子がその役目をした。

最初は ぎこちない二人だったが そのうち、一言二言交わすようになり、やがて笑い合うようになっていった。


この二人の気持ちの変化に 母だけは気がついていた。



少尉は 朝 玄関を出ると 顔つきが 変わる。

キッと 顔が強張り、背筋が伸びる。

まだ 二十代前半の若者が年上の部下を従えて 歩く姿は 凛々しかった。


けれど、少尉の顔が 強張り、緊張する理由は その任務にあった。



向かいの海軍の基地で 何が行われているかは 少尉も 父も 軍事機密であり、一切話さなかったが、その基地が 人間魚雷 の搭乗員を 育てていたことがわかったのは 戦後ずいぶん経ってからのこと だった。




夏の盛りになり、女学校は夏休みになったが 姉妹たちは 勤労動員で 隣町の海軍工廠に行くことになった。


夜勤と日勤があり、休みなしに工廠を動かし、武器の生産を急いでいた。

十代の少女には 厳しい仕事だった。



桜子は 日勤を終えて 帰ってくると 疲れきって、そのまま眠ってしまうこともあった。


夜中 空腹で目を覚ました桜子は 凛子が まだ起きて、机に向かっているのに気づいた。


「姉さん、まだ起きてるの? 明日朝早いんじゃないの?」


「うん、そのうち。桜子のご飯 母さんがとっておいてくれてるよ。」



凛子の机の上には 君彦さんからと思われる 手紙があった。

凛子の表情は 暗がりであったが、いつもと違い 強張って見えた。


桜子が軽い夕食をとり、2階に上がると 凛子は まだ起きていた。

そして 桜子が 布団に入って うとうとし始めたころ、窓ガラスに 小石のようなものが 当たる音がした。


凛子は 窓の外を覗くと、着替え始め、それから階段を下りていった。


「お姉ちゃ・・」

と 桜子が追いかけようとしたが 隣で寝ていた雫子が止めた。

「これが 最後かもしれないから・・・」

「これが 最後・・?」


寝間着を着替えた 凛子はとても綺麗だった。

鏡に 薄明かりのなか自分の姿を 映す 凛子に 桜子は 大人の女性の色気を感じた。



雫子の話では 君彦さんが一時帰省しているようだった。


凛子は 君彦さんと逢っているのだろう。


きっと 君彦さんは 戦地へと近々出発されるに違いない。

凛子姉さんに 別れを告げに来たのだ。


桜子は そう思った。

二人のことが気になったが、昼間の重労働で眠さに耐え兼ね、桜子は眠りについた。



朝、桜子が目覚めると 凛子はもう起きていて、工廠へ行く準備をしていた。


まるで何事もなかったかのように・・・。



桜子は 君彦さんと何か約束事でもしたのか気になったが そっとしておいてあげようと 少女の心に思った。




この頃から 戦争は激しくなり 近くの大きな街には空襲が何度か あった。


桜子の家でも 小さいながら防空壕を掘り、近所では防火訓練が頻繁に行われた。



向かいの島に海軍基地のある 桜子の住む町にも いつ敵機が襲ってくるかわからない。

姉妹は身を寄せ合うようにして寝た。



勤労動員と空襲の恐怖、そしてつねにある空腹感で 彼女たちは疲れきっていた。


でも 日々の生活に何かそれぞれ、希望を見出だそうと 前向きだった。


それが 若さであったのか・・・。


当時の日本人はみな耐え忍んでいた。

戦争が激しくなっていても、凛子や薫子たち女学校生は 軍国主義教育を幼い頃から叩きこまれていたせいもあり、日本が勝つことを信じて疑わなかった。



しかし、同じ教育を受けたはずの 長女の雫子や まだ14歳の 桜子は どこか冷めた目で この戦争の行方を見ていた。



いったい自分たちが 耐え忍ぶことで 得するのはだれなのか、 たとえ、日本が勝ったとして、奢り高ぶるのは 軍人であって、戦争で死んでしまった人たちには なんの得もないのだ。


この戦争に 何の意味があるのだろうか・・・。



深く考えることもできないほどに 日々疲れきっていた。


そうさせることも 軍に支配された当時の日本の策略だったのかもしれない。

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