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桜子編 2

昭和18年 春



桜子は 12歳になり 女学校に進学した。


学思は 兄や母の勧めもあり、中学(旧制中学)に進んだ。


美月家では 雫子が 女学校を卒業し、 凛子、薫子、桜子の 三人が 女学校に通っていた。 父は学費を稼ぐため、家業の菓子屋を たたみ、向かいの島にある 海軍の基地に 料理人として 働きに行った。それでも、たまには祝い餅や 菓子の注文が入るから 母と雫子は 家事をしながら 注文に応じることも あった。



女学校に通う、三姉妹は、電車ではなく、自転車で 高女(女学校)までの十数キロの道のりを毎日通った。



太平洋戦争 真っ只中で 食べ物も 満足に 食べられない中、 空腹に耐えながら 毎日勉学に励んだ。


しかし、栄養不足で 貧血で 倒れることは 日常茶飯事だった。


その日、桜子は 学校の裁縫で作る、浴衣を仕上げるため、いつもより 下校が 遅くなった。


姉さんたちは 先に帰り、一人、桜子は 自転車で 家路を 急いでいた。


帰り道も 家の近くになり、 ひどい空腹感と 息切れを 感じた。


また 貧血かな?と 自転車を降りた後から 意識が ない。



「おい、桜子、 大丈夫か?」


遠くで声がするようだ。

聞き慣れない 声・・・。

桜子は 少し意識を取り戻す。・・・頭が痛い。


「桜子、しっかりしろ」


うつろな 意識の中で 見た顔は 学思 だった。



学思は 桜子を おぶって 家まで 連れて帰った。


「おばちゃん、桜子が 道で 倒れとった。」


学思が 大きな声で言うと、 母や 姉たちが 驚いて 出てきた。


桜子は すぐに布団に 寝かされた。


布団に横たわりながら 姉たちと話す 学思を 桜子はじっと見ていた。


「学思、 ありがとう。まあ すっかりたくましくなって。 声も 低くなって、お父さんの声に よく似ているじゃないの。」

「もう 中学生 だからな。 毎日 勉強と 軍事教練と 野球で 休むひまないよ」


「小さい頃は 色白で 弱かったのに・・・。男の子は変わるもんじゃね」


「ここの家は 相変わらず女ばっかりじゃのう」


桜子は 学思の 低い声と たくましくなった背中に今までの 彼に対する 気持ちと 別の感情を覚えた。



桜子は 学思に対する 気持ちが いったい何なのか、まだ 判らずにいた。


でも 学思の ことを 考えると 胸の奥が 苦しくなる。

それぞれ進学してからは なかなか 近所でも 出会うことも 少なくなった。時折 学思を見かけると 大きく心臓が 打つ。

つらいとも哀しいとも違うこの 感情。

桜子は 学思に 会いたいと 思うことが 多くなった。



一方、凛子も また 恋をしていた。



相手は近所に住む、年上の背の高い青年だった。



彼は その容姿と 頭の良さから このあたりの若い女の子にとって 憧れの存在だった。



でも 彼を先に好きになったのは 雫子のほうだった。 彼と 雫子は 幼なじみで お互いに 意識しあっていた。 将来は 結婚をと 彼は 考えていたが、いつの頃からか 雫子は 彼を 避けるように なった。



妹の凛子の 気持ちに 気づいたのと、 彼が 長男であったことから 雫子は 身を引いた。


薫子と 桜子は この変化に気づいていた。

桜子は なぜだろうと 薫子に聞いた。


「だって、 雫子姉さんは長女だもの。お嫁に行くわけに いかないじゃない」


「じゃあ、雫子姉さんは一生一人でいるの?」


「いずれ、父さん母さんの気に入る人を養子にもらうんじゃないかしら」


生まれた順序で 運命が変わるなんて 不公平だと桜子は 思った。


不意に 学思の顔が浮かんだ・・・。



その 凛子の 意中の相手は 君彦 という。


この春から 江田島にある 海軍兵学校に 入学する。


凛子は その当時の 女性には珍しいくらい 積極的だった。


君彦が 旅立つ日、凛子は君彦の自宅の前で 彼に思いを綴った 手紙を 渡した。



手紙を受け取ってもらえたことを 凛子は 姉妹の 間の 内緒に してね。 とうれしそうに 話した。


雫子は 幼い萌子を あやしながら 黙って 聞いていた。


薫子や 桜子は 何だかつらくなった・・・。



それから 君彦さんと 凛子姉さんの 文通が 始まった。


あの 男勝りの 凛子姉さんは 急に 大人びて綺麗になった・・・


暗い戦争の影は 桜子の住む田舎町にも 例外なく忍び寄っていた。


連日のように、近所の男の人が 兵隊にとられ、戦地へと送られた。

桜子たちも 何度となく 壮行会に参加した。


級友の中には 父親や 兄が戦死したものも 数多くいた。



近所の人からは 母が

「おたくは 女の子ばかりで。お国のために 男の子を産むように がんばったらいかが?」

なんて イヤミを言われるのも 聞いた。

姉妹は 自分たちだって、お国に 貢献しているのに、 と 悲しくなる。



男の子を 産んでいない 桜子の 母は 近所の 隣組の寄り合いでも 肩身の狭い思いをしていた。



母のことを思ってか、凛子や 薫子は 積極的に 近所の 寄り合いに 顔を出し、 軍国少女と なっていった。



両親や 長女の 雫子は 表向きは 戦争を 肯定していたが、 いったい、この戦争に 何の意味が あるのか、 耐え忍ぶ毎日の中に 虚しさを 覚えていた。



凛子の 机の 上には 海軍のセーラー服の 軍服を着た 君彦さん の写真が飾られていた。



二人の文通は まだ続いていて 凛子は 定期的に来る 君彦からの手紙を 励みにしていた。


どんな 内容の文章が 二人の間に 交わされていたのか・・・

桜子は 凛子の 手紙を読む 表情が ころころ変わるのを見て 自分の 学思への 思いが 『恋』なのでは ないか と悟った。



昭和18年の年の暮れも 押し迫った頃、 ある事件が 起こった。



桜子たちが住む港町の向かいの島には 父が 働く海軍の 基地が あったが、そこには 人手が 足りないせいか 囚人兵も 動員されていた。



ある日の 明け方、囚人兵が 何人か 脱走したという知らせが 近所から回ってきた。


囚人たちは 海を 泳いで 渡り、散らばって逃げているから 女 子供は 外に出ないように という言づてだった。


姉妹たちは 恐ろしさに震えた。


「2階から 絶対に 降りてきてはいけない」と 父は言った。


母も 2階に上がってきて、「心配ないから」と 安心させようとするが、囚人兵が どこかに潜んでいるかも しれない不安は隠せない。


窓から覗くと 憲兵たちが辺りを 探す姿が見えた。


幸い 逃げた囚人たちはすぐに 捕まったが 年が 明けてからも 何度か 同じような脱走騒動があった。


桜子の父は ある日仕事から帰り、一人縁側に座り何か考えていた。


幼い萌子は 「お父ちゃん」と 甘えて 父の膝に座った。



平和な時代なら よくありがちな 幸せな家庭のひとこまだが 戦時中のその頃、こんな幸せは 明日にも壊れてしまうかもしれない恐怖と 隣り合わせの毎日だった。



みんなが揃った 夕食の時間、 配給の野菜や すいとんを食べながら 父が話し始めた。



「この間から 脱走騒ぎがあって、基地のほうでも警備が 厳しくなっている。」

「そうね。軍のほうでも厳しくやってもらわないと家は 女ばかりだから怖くて・・・」

母が 不安げに言う。


「今日、同僚の入営が決まった。そいつは 今年、四十二になる。 この分だと、わしもいつ 赤紙が来るかわからん。」


「お父さん・・・!」

桜子は 思わず 叫んだ。


みんな、ご飯を食べる手が止まる。


重苦しい雰囲気になる。



「今 基地のほうで 軍人さんを下宿させてくれる家を 探しとる。囚人が 逃げないようにする対策の一つらしい。わしは この話 受けようと思うが どう思うか。」


「軍人さんを 家に!?」


雫子姉さんが珍しく大きな声を出した。


「うちには 部屋が空いとる。いざというときに 男が おったほうが安心じゃろう」


「・・・私は反対です!」


母は すぐにそう答えた。

萌子が 驚いて泣きだした。


薫子が おどけてみせて、泣きやまそうとしたが 薫子も 半分泣きそうな顔だ。



「こんな配給しか食料がなくて どうやって軍人さんを もてなしたらいいのですか。私は自信がありません」

「その配給も うちは女ばかりといって 少なめだったが、海軍さんを下宿させるとなると やっぱり、多めにもらえるようになるらしい。 萌子も病気がちじゃし、わしは 良いと思うが。」

「そんな・・知らない男の人が うちに・・・」

雫子はつぶやいた。


「考えさせてください。」

母は言った。

「わしがまだ おる間に。早いほうがええ」



その夜は みんな言葉が少なかった。


父は もうすぐ四十になる。本当に兵隊にとられるのだろうか・・・。

結局、桜子の父は 軍人さんを下宿させることを決めてきた。



「わしの知っている 信頼の おける 少尉さんだから心配ない。」

父は そう言った。


母や 雫子は 不安な表情を隠せなかったが、凛子は

「心配しないで お父さんを信じましょう。」

と、日本軍の軍人に対して、一点の疑念も 持っていない様子だった。





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