表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

桜子編 ①

凛子伯母さんは 昔の話を遠い昔を 懐かしむようにぽつりぽつりと 話し始めた。




昭和16年 春


美月家は 瀬戸内の静かな港町で 細々と 和菓子屋を営んでいた。


父は 寡黙な職人気質で、母は 明治生まれの人の多くがそうであったように、辛抱強く 夫や子供たちを支えていた。


二人の間には 五人の娘がいた。


長女 雫子しずこは大人しいが しっかり物で 辛いことが あっても口に出さず じっと耐え、父母をよく助けていた。


次女 凛子は 負けず嫌いで 言いたいことは はっきりいう、男勝りな性格。自然と 周りの友達の中心にいた。


三女 薫子ゆきこは人を笑わせるのが 好きだが、幼児の頃、目の病気をして、失明などはしなかったが 目に手術の傷痕が残り、父母は 気にして可愛がって育てていた。


そして

四女 桜子おうこ

おとなしく、姉妹の中では一番目立たない存在。だが自立心が強く、まっすぐな 性格だった。


五女 萌子 は 生まれつき身体が 弱く、10歳まで生きられないのではと 父母が心配していたほどだったが、 明るく自由奔放にやがて成長していく。



日米開戦の可能性も 色濃くなってきた この頃、田舎にも 物資が不足し始め、得に 菓子屋を営む 美月家では 砂糖が 手に入らない ことで 日々 両親の ケンカが 絶えない 毎日だった。



この日も 国民学校から帰ってきた 10歳の 桜子は両親が 言い争うのを聞き、つらくなっていた。


生まれたばかりの 妹 萌子を背負い、 海辺へと 散歩に出かけた。


少し前までは 夏になると 海水浴ができていた この海も 向かいの島に 海軍の 基地ができてしまったために 遊泳禁止となった。



桜子は ため息をつく。



最近では 両親が作る菓子の出来損じを もらうことも なくなった。


姉妹で ブリキの缶に ボウロやかりんとうを入れてとっていたのが もうすぐ空になる。



子供心に この先 どうなっていくのか 不安だった。



海辺を歩いていると 学校の同級生の男の子たちが こちらに 向かってくる。


桜子は 避けるように 漁師小屋の陰に隠れたが 萌子が 泣き出し、 彼らに見つかってしまう。

「あ、菓子屋の桜子だ」

「お前、いつも 菓子食べられるんだろ? オレらにも 分けろよ。」


桜子は 悲しくなった。背中で泣いている 萌子のように 大声で 泣きたい気分だった。


菓子屋の娘だから 手に入らない 甘いものをいつも 食べている と誤解されて いじめられることがよくあった。


そのたびに 桜子は 涙を目にため、じっとこらえた。



「おい 桜子 饅頭持ってこいよ」


同級生たちに 囲まれていると ちょうど、女学校帰りの 凛子が 通りかかった。



同級生たちに 囲まれていると ちょうど、女学校帰りの 凛子が 通りかかった。


「こらっ! あんたら いつも桜子をいじめて!!」


悪ガキたちは 男勝りな凛子を 恐がり 逃げていく。


凛子は ガキ大将格の 一人を捕まえ、げんこつを一発食らわせる。

「痛いよ〜。」

なきべそのガキ大将をみて、 目立たない存在の一人の 男の子が 凛子に歯向かってきた。

「女のくせに!」


凛子は その子の 首根っこを掴み、言った。



「あんた、漁師の沢村さんとこの 学思ちゃんじゃない。女をイジメてるようじゃ、立派な兵隊さんにはなれないよ。」


「うるさい!!」


学思は 凛子に向かって 行った。


桜子は いつも大人しい学思のそんな姿を初めてみた。 萌子をあやしながらじっと 彼を見ていた。


「こら 学思!何やっとる!」


怒鳴り声が 聞こえた。


学思の 父さんだった。


学思は お父さんに 引きずられ、泣きながら 帰って行った。



「桜子、怪我はないね?」

桜子は 凛子が うらやましかった。

同じ姉妹なのに なんで こんなに性格が 違うのか、凛子のように なりたい。と思った。


「お姉ちゃん、ありがとう」

「また あんなことがあったら すぐ姉ちゃんに 言いなさい」


「ねえ、お姉ちゃん、今日の 学思くん 何か変だったね」

「そうだね。 いつも 歯向かってくることなんてないのに・・・」



美月家と 沢村家は すぐ近所で 親同士も仲が良く、 桜子と 学思は 幼なじみの仲だった。


学思には中学生の 兄がいた。


兄は 漁師の後継者として父の 片腕となり 漁に出たりしていたが 幼いころから 身体が弱く、 色白で ひ弱な 学思は 将来勉強して 学者にでも と 両親は望んでいた。



その次の日の 夕方のことだった。


大雨が 降り始め、桜子は駅まで 女学校に通う姉の凛子を 傘を持って迎えに行った。


帰り道、蛇の目傘をさして、凛子と 桜子が 自宅への道を急いでいると、雨の中、傘も ささずにとぼとぼと 歩く 学思にすれ違った。



「学思じゃないの?どうしたの?」

凛子は 話しかけた。


顔を上げた学思の唇は寒さで紫色だった。


「お姉ちゃん・・」

桜子は学思がかわいそうになり、凛子にすがるように言った。

凛子は桜子な気持ちを悟った。


「学思、家に寄って あったまって行きなさい」



それから 学思を家に連れ帰った。


桜子の母が 温かいお茶を学思に入れてあげた。


「学思くん、何があったの?」

学思は 泣きながら 言った。


「父さんが・・・父さんが兵隊にとられるんだ。」

「えっ?!」


桜子は 母をみた。

母は 黙って頷いた。


「兄貴が 中学を辞めて 父さんの代わりに 漁師になるって 言ってるけど オレは 知ってるんだ。兄貴は漁師なんかになりたいんじゃなく、ほんとは勉強したいんだ。だから、そのことを 父さんに言ったら オレが 兄貴に 殴られたんだ。兄貴のために言ったのに・・・・。」



学思は 大粒の涙を流した。

「オレが 父さんや 兄貴の代わりになれたらいいのに。何にもできない。くやしい」



母は

「とにかく、沢村さんとこに 伝えてくるよ。心配してるだろうから」

そう言って 出て行った。

父は 仕事場で やり取りを聞いているだろうが ただ黙って 仕事をしていた。


凛子は 手ぬぐいで 学思の身体を 涙をこらえて 拭いていた。



私に 何ができるだろうか・・・。桜子は思った。



桜子は ブリキの缶の中の取っておきのボウロを手に握り、 学思に 渡した。


「学思くん、これ、あげる。最後の一個だからね。元気出して。お父さんも お兄ちゃんも わかってくれてるよ」



学思は ボウロを手にとると 黙って半分にして、桜子に 渡した。


涙を拭きながら 二人は一緒に ボウロを食べた。



翌日、学思の父さんの出征の壮行会が あった。


「勝ってくるぞと勇ましく〜」

日章旗をふり、知っている人を見送ったのは何度目だろうか。桜子は悔しかった。


学思は 唇をぎゅっと 噛み締め、前を見据えていた。まだ10歳の少年だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ