9、迷子たちと帰る場所
9、
自分に、帰る場所はなかった。
10歳のときに、養子として柏木本家に出されてから、俺の帰る場所はなくなった。
元々、兄弟も多かったから、自分ひとり居なくても両親は寂しがらない。むしろ、本家に行けたことで喜ばれていた。
柏木の人も良くしてくれていた。でも、会長はいつだって、息子さんを探していたし、その孫のことも気にかけていた。
だから、誰も俺を待っていてはくれない、とずっと思ってきた。
帰る場所すらない俺は、きっと何も与えることはできない。誰にも必要とされない俺は、誰も幸せにはできない。だから、俺なんかが好きになったら、相手が困ってしまうだろう。
そう、思っていたのに。
亜姫子さんのたった一言の拙い好きという言葉が、そんな俺の心を変えてしまった。
初めて、誰かを幸せにしたいと思ってしまった。
自分と同じ、迷子の目をした彼女と、一緒に生きたいと思ってしまったのだ。
ベッドの上で抱き合う男女は、優都と亜姫子である。
「一生離しません。後悔しないでくださいね。あぁ、でも、後悔する暇もないほど、愛します。亜姫子さんも、俺のこと愛していますものね 」
「優都さん、優都さん、さっきとキャラが違いすぎます。ちょっと、私ついていけません 」
「最終通告はしました。でも、亜姫子さんは逃げなかった。だから、もう逃がしません 」
最終通告というのは、先ほどの勘違い発言だろうか、と亜姫子は考える。
ならば、こちらも言ってやらなくては、と優都を抱きしめる腕を強めて言う。
「それは、こちらの言葉です。私だって、もう諦めてやりません。一生、離してやりませんよ 」
「ええ、望むところです 」
優都の満足げな返事が返ってきたことに、亜姫子は思わず笑ってしまった。
あぁ、こんなにも簡単なことだったのか。ここに辿り着くまでに、あまりに長い時間を有してしまったものだ。
腕を解いて互いに見合い、笑ってしまった。とはいっても、優都は微笑み程度であったが。それでも、その笑みはとても晴れ晴れとしたものであった。
気づいたように、優都が自分の左手から指輪をはずす。それを見て、亜姫子の表情が曇った。しかし、優都はそのまま指輪を亜姫子の左手薬指にはめた。
「3年前、あなたに好きといわれた夜に買ったものです 」
「え? え? ええええ~? 」
突然の告白。亜姫子は、自分の薬指にはまっている若干大きい指輪を凝視する。優都は、どこか照れたような笑みで、そんな亜姫子を見つめる。
「その、嬉しすぎて、つい買ってしまいました。元々、亜姫子さんのお世話役の役目が高校卒業まででしたので、帰ったらプロポーズでもしてみようかと・・・ 」
「私に、プロポーズ・・・? 」
「はい 」
3年前、あと1日でも決断が遅かったならば、と考えると亜姫子は悔しいような気持ちになる。
でも、翌日にプロポーズされていたとしたら、それはそれで色々と悩むような気がする。
「だって、ずっと妹みたいだって言っていたじゃないですか 」
「それは、そうでも言っていないと、色々してしまいそうだったので、自制心をつけるためにです 」
優都の言葉に亜姫子が、え?という顔になる。
「色々って、その、えっと 」
「抱きしめたり、キスしたり、ベッドに連れていった」
「ああああああーーーー!! 」
赤い顔して、亜姫子は耳をふさいだ。
知らなかった。微塵もわからなかった。いつでも、優都さんは冷静な大人だった。
ブツブツと呟きながら亜姫子はうつむく。そんな亜姫子を見て、優都はため息をついた。
「あなたがいなくなって、私は柏木顧問に正直に打ち明けました。亜紀子さんを愛してしまいました、と。そうしたら、あの方なんて言ったと思いますか? 」
まったく思いつかないという顔で亜姫子が首を傾げる。優都は疲れきった目で、遠くを見る。
「じゃあ、やる。ただし、あなたを自力で見つけられたらと。期限は無期限。但し、定期的な見合いをすることを条件にいれられました 」
「えええーー!? ちょっと、おじいちゃん何言っているの。私には、優都さんに見つかったら一人暮らしはさせないって。だから、全力で隠れろって。あと、1ヶ月に1回は、和馬さんに現状報告していました。その時に、優都さんのお見合いの話とか、ちょっと聞いた・・・ 」
「余計なことを 」
お互いに全力のかくれんぼをしていた。しかも、たった一人の老人の手のひらの中で。
そのことに腹立たしさを感じながらも、優都はある意味それで良かったのだと思った。
3年前にプロポーズしていたならば、亜姫子は外の世界を見ることはなかっただろう。
それに、大学もやめさせていたかもしれない。それほどまでに、自分の執着は強い。
離してやらないと亜姫子は言った。しかし、彼女はまだ若い。だから、未だに己の中の家族愛と恋愛を取り違えているのかもしれない。
思い出は美しいままと言う。この先、付き合っていく中で、彼女がその現実に気づいてしまうかもしれない。
だとしても、そのときにはもう彼女を手放すことはできないだろう。何があっても、誰がなんと言おうとも、自分は二度と彼女を逃がす気はない。それこそ、一生。
でも、今は、その結論さえあればいい。そう思って、優都は静かに笑った。
亜姫子は、己の指にはまるリングを見つめた。シンプルなデザインだが、小ぶりなダイヤが散りばめられている。そうとうな値打ちものだということが分かる。
この指輪から、優都の思いが痛いほど伝わってくる。自分がいなくなったと知ったとき、どんな顔をしたのだろう。
そして、どんな想いでこの3年の間リングを身につけていたのだろう。それを考えると亜紀子の胸はしめつけられた。
「それから、この家も私が買いました 」
「え? これっておじいちゃんからのじゃないの 」
さも心外だという顔で優都は言う。
「ここは、私が手配したものです。あなたの帰る家になれば、と思って設計から全て私がしました。お気に召していただけましたか? 」
「うん、なんか、とっても懐かしいって思えた。ありがとう、ありがとう優都さん 」
そこまで言って亜姫子の視界は歪んできた。あぁ、ここは安心して泣ける場所なのだと、そう思うと涙は止まらなかった。
泣き出してしまった亜姫子を見て、優都は抱きしめるでもなく手を握った。
ずっと、探していた掌。亜紀子が、ずっと欲しかったもの。
無愛想だし、威圧感ビシビシだし、怖い。だけど、自分を見つめる目は誰よりも優しい。自分の手を握っていてくれる掌は何よりも温かくて安心できる。
だから、私はいつだって迷子じゃなかった。帰る場所に向かって帰り道を歩いていた。傍らには、いつだってこの掌があった。だから、
「おかえりなさい、亜姫子さん 」
「うん、ただいま 」
私は、ようやくたどり着いたのだ。
(fin)
大人げない大人を書きたかったですが…(汗)
10歳差という設定も生かしきれないままここまで来てしまった。
優都さんは、どこまでも自分勝手な超ヘタれで、亜姫子さんは、めそめそ迷子な頑張りやさんのつもりでした。
つもりは、どこまでいってもつもりでしかないですね。
色々とありますが、書ききれてよかったです。
最後まで、ありがとうございました。