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8、彼の恋と決死の告白

8、


 亜姫子さんを大切にしたいと思ったのは、一年目の終わり頃だったと思う。正確には、2月。忘れもしないバレンタインデーの夜。

 急な本社からの呼び出しで、しぶしぶ会社に行けば、その帰りに紙袋2つを和馬から渡された。

 和馬曰く、「今日は、こういう日なんですよ」だそうだ。そういう和馬も、しっかりと紙袋3袋を持っていた。

 帰りが遅くなり、亜姫子さんの部屋に向かった。朝の約束では、夕飯を作っていると言っていた。

 最近、料理の腕を上げられたから密かに楽しみであった。

 一緒に暮らし始めて一年ほどになり、ようやく緊張なく過ごせるようになってきたと思う。

 柏木会長の大切な孫の世話係ということで、どうしたものかと思っていたが今ではそれなりに良好な関係を保っている。

 必要以上の過保護という注文だったから、できる限りのことはしてきたつもりだ。

 最初は大変だったが、今では当たり前になっているから不思議だと思う。送り迎えも、弁当も、大切な俺の仕事。

 最近では、仕事以上になってきている気もするけど、それがむしろ心地よい。

 仕事だから、と割り切れない感情があり、それに戸惑ってしまうこともある。10歳も下の女子高生が気になるなんて、笑ってしまうだろう。

 数回しか入ったことのない亜姫子さんの部屋。鍵をあければ、自分の部屋と逆の間取りになっている。

 「ただいま帰りました」と言えば、「おかえりなさーい」とエプロンをしたままの亜姫子さんが出迎えてくれた。


 その瞬間、この人を大切にしたいと思ってしまった。


 なぜだかわからない。しかし、とっさに抱きしめたいと思ってしまったのだ。

 さっきまで笑えると思っていたことが、いやにリアルに感じた。

 若干動揺しながら部屋に入った。そんな俺に気づかないで亜姫子さんは夕食の準備を始める。

 ホッとしながら、洗面所に行き、顔を洗った。一体、自分はどうしてしまったのだろうか。

 夕食が始まって少しすると、亜姫子さんが申し訳なさそうに食卓にチョコを出してきた。

「作りすぎてしまったから、食べてもらえませんか 」

 甘いものは苦手であったが、困った顔で出されれば食べないわけにもいかない。

 しかし、亜姫子さんが作ったと思うとそれがとても特別なものに見えた。一体、誰に渡すのだろう。そう考えて、我に返った。何を考えているのか。


 あぁ、そうだ、この気持ちは、きっと家族へのそれに近いのだ。

 亜紀子さんを大切に思う気持ちは、きっと妹に対する慈しみに近いもの。そして、受け取る相手を妬ましいと思う気持ちも、それに付随するものだ。

 そう結論づけた思いは、それからずっと続くことになる。むしろ、歪に正当化されてしまったせいで、強くなる一方だった。

 妹のようだからと言えば全てが許されるようで、つい亜姫子さんの前でも言っていた。

 言わなければ、大切にすることはできなかったから。言わなければ、一線を越えてしまいそうだったから。

 そんなこと、許されるはずもないのに。




 ものすごい勘違いと、小さなすれ違いと、とてつもない思い違い。

 それらは、私に無意味な行動力を与え、優都さんをおかしくしてしまうほど強力だったようだ。でも、今それが見えた。

 だったら、もう負けることはない。

 それらを打ち消す為にも私は、今度こそ自分の気持ちをはっきりと言わなくてはならないのだろう。

 まっすぐに、この気持ちと向き合って、渾身の力でぶつけなければならない。

 でなければ、この人との繋がりは本当に消えてしまう。私は完全に、帰る場所を失くしてしまうのだ。

 そう確信して、私はゆっくりと、口を開いた。


「私は、ずっと優都さんが、好きなんです 」

「は? 」

 顔を上げた優都さんの表情は、驚き通り越して信じられないというものだった。

 ここまで盛大にびっくりされたら、むしろ気持ちがいい。

「3年前のあの時から、いいえ、ずっと前から、私は優都さんが好きです。だから、優都さんがマリッジリングをつけているのを見て、とっても傷つきました 」

 こんな言葉で、私の気持ちは通じるのだろうか。優都さんは、わかってくれるのだろうか。

 信じられないという顔の優都さんは、訝しげに口を開く。

「でも、私と暮らすのが辛かったのでしょう 」

「ええ、辛かったです。好きな人に、妹みたいなものだって言われ続けるのは辛いです 」

 うっと唸ってしまった優都さん。その顔を見て、なんだかいい気味だと思った。

「だから、叶わない恋を続けたくなくて、あのマンションを出たんです。優都さんに好きになってもらえないまま、そばに居続けるのは、悲しいから 」

 でも、離れてからは、ずっと後悔していた。そばに居るのは悲しい。でも、そばに居られないのは、もっと悲しくて苦しい。

 会いたいって何度も思って、その度に優都さんの幸せを願った。願うふりを続けた。

 そうしていくうちに、いつか本当に、優都さんの幸せを願える日が来ると思ったから。

 でも、もうそんな日は来ない。だって今、私は私の幸せも願えるようになりたい。


「でも、亜姫子さん、あなたにとって私はきっと家族のようなものなのです。だから、その好きという気持ちはきっと勘違いですよ 」

 優都さんの瞳は穏やかで、どこか諦めた表情をしていた。まるで、私の言うことを信じていないというふうに。

 どうして、この人はもういいやって顔しているんだ。どうして、さっき言ってくれたことを言ってくれないんだろう。

 どうして、あなたに私の気持ちを否定されなきゃいけない。

 どうして、どうして、どうして、と考えているうちに、私のどこかで、何かが切れた。

 思いやりとか、配慮っていう気持ちが、完全にふっとんだ。

 私に分かった色々な間違いが、どうして優都さんには見えていないのか。

 見ようとしてくれないのか。


「勘違いってなによ!!優都さんに、私の気持ちがわかるか!!私がどれだけ優都さんを大事に思っているか、わかるか? わかるはずがないよ!!私が好きだって言っているの。 だから、 」

 悔しくって、悲しくって、優都さんをにらみつける。

 物分りの良い大人の顔をしている優都さんは、確かに大人なのだろう。キラキラした世界を、我が物顔で進んでいく大人。

 だけど、だけど私も、私だって。

「優都さんも、私が好きって言いなさいよ!! 」

 両手を伸ばして、優都さんの顔をつかんだ。そして、そのまま唇を重ねる。

 私だって、あなたが居ないこの3年間を、大人になろうとして努力していたんだ!!

 一方的に押し当てた唇を離す。もう優都さんの顔色をうかがっている余裕はない。

 言うんだ。

 言いたいことを、気持ちを全部吐き出すんだ。


「私たち、一緒に幸せになれるんだから!! 」

自分でも驚くほどの大声が出て、びっくりした。


でも、優都さんが抱きしめてきて、それどころじゃなくなった。



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