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6、誤解と涙

6、


 腕を掴まれて引きずられるのは、これで二回目だった。前回同様、機嫌の悪い優都さんからは、殺気らしいものが見える。

 頼みの綱だった和馬さんは、私を簡単に優都さんへと引渡し、大変良い笑顔で見送ってくれた。やはり、あの人は鬼であったのだ。

「あの・・・どこに向かっているんですか 」

 高級住宅街を突き進んでいく優都さん。その迷いのない進み具合に若干の不安を感じ、私は恐る恐る聞いてみた。

「・・・家に帰ります 」

「嫌です!! 」

 何を言っているのか、このメカ優都め!!今、一番行きたくないところである黒い家のことであると察した私は速攻で拒否する。行ってたまるか。

「嫌です。あの家には行きません。行くならば、優都さんが行ってください 」

「一人で行っても意味がないでしょう 」

「いやですー。いやだ、いやだ、いやだー 」

 再び涙声になりながら、拒絶の言葉を発する私。

 そんな私の声など聞こえないとばかりに、歩き続ける優都さん。閑静な高級住宅街ですることじゃないだろう。

「子どもではないのですから、少し静かにしてください 」

 呆れた目で私を見る優都さん。腕と掴む手は緩む気配がない。むしろ、ギリギリと強まっていくようだ。

「子どもです!!あなたよりも、10歳も下なんです!!そこんとこ分かってください 」

 もう、よくわからない懇願としか言えない言葉。

 二十歳過ぎたら歳なんて関係ないだろうとは思うけど、もう私にはこれくらいしか反撃は思いつけなかった。

 その途端、止まってしまった優都さん。

 止まったときに腕が離されていたから、私は勢い余って、大きな背中に激突する。痛い。

「・・・知っています」

 今にも消え入りそうな小さな声が聞こえた。直ぐ近くにいなければ聞こえないくらいの声だった。

「だから、今まで待ちました。貴女が望むならなんだってできる。でも、 」

 くるり、とこちらを向いた優都さんの目は切なげに歪んでいた。なんで、どうして、あなたが泣きそうな顔をしているんですか。

「ここをまっすぐ行けば、さっきの家です。貴女がいらないと言っても、あれは貴女のものなのです。どうしても、貴女へ渡したかったものです。それと、 」

 そう言って、優都さんは左手の薬指から指輪をはずした。そして、それを私の手に乗せてきた。

「これも 」

「これって、マリッジリングじゃ・・・ 」

 困惑しながら優都さんを見ると、どこか困ったように微笑んでいた。

「駄目ですね。舞い上がってしまって、つい勢いで買ってしまいました。三年前のデザインですから、古いですよ 」

 へぇ・・・と言いながら優都さんが乗せてくれた指輪を見つめた。これをくれるといっても困る。

 だって、これは優都さんの結婚指輪じゃないか。そんな大事なものを貰っても・・・ってまさか!?

 そこで私は、ある仮説を思いついてしまった。


 上司の孫娘を怒らせてしまったと思った優都さんは、もしかして凄い責任を感じてしまったのかもしれない。

 そして、そのため今の結婚生活を捨てて私の世話役を続けようとしているのではないだろうか。

 瞬間的に至った結論は、私の背筋を凍らせた。

 どうして、私はいつも優都さんの幸せを壊すことしかできないのか。

「いいいいりません!!優都さん、こういうことは一人で決めてはいけないと思います。

 じっくりと、相手と話し合ってからでないと 」

「でも、貴女が言ったのですよ。だから、 」

 一体、私が何を言ったのだろうか。だめだ、混乱している頭では思いつけない。何を言った私。

 何か、優都さんを追い詰めることを言ってしまったのか。だとしたら、早く否定しなくては。

「優都さん、それ無しです!!」

「え? 」

 ビシっという音がしそうなほど動揺した優都さん。凍りついた優都さんの表情を尻目に私は必死で言葉を続ける。

「えっと、そう!!勢いです。つい、感極まって言ってしまったことですよ。

 口からこぼれた戯言です!!信じないで、信じちゃだめ!!」

 必死で訴える私。果たして、私の誠意は伝わるのか。いや、伝えなければならない。

 今こそ、ずっと言えずにいたこと話してしまおう。

「私、あの頃、ずっと苦しかったんです。優都さんと居られるのは嬉しかったけど、優都さんは凄く疲れていた。

 そんな優都さんを見るのは、とても辛かった。だから、これ以上迷惑をかけてはいけないと思って、家を出たんです 」

 半分は本当で、半分は嘘の理由。優都さんを見ると辛かったというのは本当だ。

 でも、それは叶わない恋を思って辛かったというのもある。だけど、今それを口に出すのは得策ではないだろう。

「今の優都さんは、やつれてもいないし、疲れてもいません。だから、どうか 」

 私の説得は通じるだろうか。でも、優都さんは、優都さんだけは、幸せになってほしい。私の大好きな人だから。

 私の隣にいなくとも、幸せで居て欲しい。それは、あの頃からずっと変わらない私の願いだ。


「どうか、お願いです。優都さんは、幸せになってください。私なんかにかまわず、幸せに暮らしていてくだ、さ 」

「もう、いいです 」

 小さくため息をついた優都さん。わかってくれたのだろうか。優都さんが手を伸ばした先は、私の手に乗っていた指輪。それを自分の左手薬指にはめなおす。

 よかった、思いとどまってくれたようだ。きっちりと元の場所に戻った指輪は、相変わらずに私の胸をチクリと痛くさせたけど、同時にどこかホッさせた。あぁ、よかった。

 なんて、私が安心していると、またしても腕を掴まれた。

 え?え?え?今度はなんだ。なんか歩きだされても困るよ。あの家に向かっているみたいだけど。

 あまりの勢いに何も言えずにいると、黒い家が見えてきた。あぁ、結局帰ってきてしまったというわけか。

 それにしても、優都さんに似ている家だなぁと、どこかぼんやりしながら思っていると、あっという間に家の中だった。

 靴を脱いで、ドスドスと家の中を歩いていく優都さん。もちろん私も引っ張られているから、引きずられながら靴を脱ぐ。

 先ほどのリビングを通り過ぎて、階段を上った。圧迫感ヒシヒシの外見とは裏腹に、内装は優しい雰囲気のするなぜが安心できるつくりだ。

 二階の一番奥のドアを開けると、そこには大きなベッドが一つ。天蓋付ベッドはさながらお姫様のベッドだ。

 うわぁ、と感慨に浸る暇もなく、ポーンとベッドに投げ出された。

 ホテルのベッドよりもふかふかなため、投げ出されても痛くない。すごいなぁ、と思いながら天井を見ていたら、何故だか優都さんが圧し掛かって来た。

「ちょ、重いです。それに顔が近すぎると思います 」

「亜姫子さんって処女っぽいですけど、そうですか 」

「はぁ?なんでそんなこと言わなきゃいけないんですか? 」

 キッと睨んだが、それ以上の冷たい視線に思わず小さく悲鳴をあげた。

 メガ優都の光臨だ!!恐ろしい、恐ろしすぎる。

「う、未遂ですよ!!」

「その未遂という言葉は若干気になりますが、よろしい 」

 そう言ってスーツの上着を脱ぎ、メガネをはずした優都さん。これから、何が始まるのか。マッサージか何か?

「亜姫子さんが知っていて良いのは、私だけです 」

 にっこりと微笑む優都さんの顔は、今までにないくらいに晴れやかで、獰猛に見えた。

「あの、つかぬことをお聞きしますが、これから、なにを? 」

「決まっています。子どもを作ります。それ以外に、何が? 」

 質問に質問で返すのは卑怯者の手口だというのは知っているが、今はそれにかまっている場合ではない。

 子どもを作る?えっと、それは、どういう意味なのか。

「本当は全て終えてからにしたかったのですが、仕方ありませんね。結婚式で着るマタニティドレスも、きっと素敵なものがそろっていますよ。大丈夫です 」

「いや、大丈夫じゃないし!!」

 意味が分からないが、優都さんが変だ。壮絶に絶対的に変だ。おかしい、何を考えているのか分からない。何を言っているのかも、よくわからない。

「優都さん、変です。おかしいです。どうしたんですか。目を覚ましてください、現実を見てください 」

私の言葉を聞いて、微笑む優都さん。でも、その笑みは歪で、どこか恐ろしいものに見えた。

「おかしいのも、変なのも、目を覚ますのも、貴女の方ですよ。亜姫子さん 」

 そうして、着ていたカーディガンのボタンが外されていく。必死で止めようとした手はやすやすと上の方で一括りにされた。片手でも、ボタンは外されていく。

 嫌だ、嫌だ、いやだ。そりゃあ、好きな人と結ばれることは乙女のたしなみとして、夢見ていた。

 だけど、こんなのは酷すぎるだろう。こんな、淡々と、まるで義務みたいにされるのは、嫌だ。

「嫌です。こんなのは、変です。優都さん、どうして 」

 でも、優都さんの手は離れない。私は、この人に一体なにをしてしまったのだろう。どうして、こんなこと、に。


 歪む視界、嗚咽が止まらない。優都さんは、今、どんな顔をしているんだろう。

「私はね、勢いだとしても、口からこぼれた戯言だとしても、嬉しかったんです 」

 搾り出すような声は小さくて、悲痛な叫びを宿していた。

「10歳も離れた貴女から言われた、その一言が嬉しかったんです。だから、今まで待っていられた 」

 ボタンをはずす手がとまった。優都さんの声が、手が、震えているのがわかる。

「その一言だけを信じて、幸せにしようって決めて待っていました。だから、 」

 ポタ、と雫が私の顔に落ちてきた。カーディガンから手を離して、優都さんが顔を覆っている。泣いているのだろうか。


 腕が緩んで戒めが解かれた。

 優都さんの手の隙間から落ちる雫は、ポツリポツリと私の顔にあたる。

 声を殺して、静かに涙を落とす優都さん。

 

 そんな優都さんを見て、私は思わず手を伸ばし抱きしめた。

 抱きしめずには、いられなかった。


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