3、暴露と眠気
3、
懐かしさ探しをしていた私は、早くもつまずくことになる。
あれ、この人誰だ?
最上階の高そうなお部屋へ、優都さんに引きずられるようにして押し込められた。
そうして、応接間のようなところで、ソファーに座らされてから、早30分が経とうとしている。
その間、優都さんは向かいのソファーに座り、ずっと無言を貫き通していた。
ロビーでの私の渾身の微笑みには見向きもせず、優都さんは私の腕を掴み、この部屋までつれてきた。
その間も、やっぱり無言。通常装備の圧迫感がさらに増大され、殺気にまでなっていた。
なんだこれ、どんな進化を遂げたんですか?こんなの見たこと無い。
タバコを吹かしながら、ずっと眉間にシワを寄せてこちらを睨んでいる優都さん。
うさぎならば、五分で死んでいるだろう殺人光線に、私はただひたすら耐えていた。
だから、視線が自然とうつむきがちになるのは仕方のないことです。
三本目を吸い終わり、灰皿に押し付けながら、優都さんはため息をついた。
あ、ここいらで、この気まずい空気からぬけだせるのか!!
「それで、今は、何をなさっているのですか 」
不機嫌であるということを微塵も隠さぬ声。怖いぞ、さっきのスピーチの時みたいな優しい声は、何処に忘れてきたの?
「えっと、大学生を、しています 」
「へぇ、どこで? 」
答えにくい質問だ。今ここでゲロってしまえば、完璧に私の居る所もばれてしまう。
でも、この別人のような恐怖の優都さんに嘘をつけるほど、私のハートは頑丈でない。
「えっと、ここから車で30分から1時間のところです 」
「そういうことを、聞いているのではないのです。今から、六条のご令嬢にお聞きしてもよろしいのですが 」
「鳳学園です!! 」
六条のご令嬢というのは紫のことだ。やり方がやらしすぎる。
コイツは一体誰だ。優都さんの皮を被った、この悪魔は一体何処から来たのだろう。
もしかして、私のいない間に優都さんは改造されてしまったのだろうか。
だとしたら、悲劇だ。かわいそうだ。
「鳳学園・・・なるほど寮がありますね。ふぅん、驚きました。
まさか、亜姫子さんが鳳学園に入れるほどの学力をお持ちだったとは 」
はっと私を見下すように笑うソイツは間違いなくメカ優都だ。
ちょっと、おじいちゃん!!あんた、なんてことしてくれたのだよ。前の優都さんを返せ!!
「それで、理由をお聞きしてもよろしいですよね。三年前、理由も言わずに姿を消した理由を 」
耳に痛い言葉たち。チクリと胸が痛んだけど、傷ついた顔なんてできるはずがない。
そもそも、私に傷つく資格などなかった。
「お互いのためだと、思ったからです。ちょうど18歳になったし、ひとり立ちかなって考えたの。
あのままじゃあ、優都さんに頼りきってばかりだったから・・・ 」
実際、寮での暮らしは驚きばかりだった。初めて知ること、することばかりで戸惑ったものだ。
特に、電車の切符の買い方が分からなかったのは大変困った。
だから、あの生活から離れたことは間違いではなかったと思う。
「それでよかったのに 」
「え? 」
いきなり立ち上がった優都さん。びっくりして、思わず後ろにのけぞる。
「私に頼りきっていれば、よかったのです 」
圧迫感を増した優都さんの瞳は、どこにも優しさなんて見当たらなかった。
私が居ない間に、何があったのか。それは、もしかして、左手の指輪と関係しているのだろうか。
そう思うと、またチクリと胸が痛んだ。
手を掴まれて、そのままバスルームへ押し込まれ扉を閉められる。
え、ちょ、お風呂なんて別に結構ですよ。どうせなら、出口へ案内してください。
「お友達への連絡は、こちらでしておきます。明日は土曜ですし、こちらに泊まって下さい。
まずは、その仮面みたいな化粧を落としていただきます 」
「かかか仮面って、女は魔術師なんですぅー。こうやって綺麗になるの!!
てか、何言っているのですか?私は帰ります。寮の門限もあるんですぅ。
これ以上、罰則スタンプを増やすわけには、トイレ掃除は、もう、もう、いやですー!! 」
ドンドンとバスルームの扉を叩きながら私は叫ぶ。
寮の北トイレは半地下になっており、薄暗くてめちゃくちゃ怖いのだ。
一回だけバイトのしすぎでスタンプが貯まってしまい掃除をしたが、あれは人が入る空間ではない!!
使用する人がいないのに掃除なんて、ナンセンスだ!!
「大丈夫です。鳳学園ならば、顔がききます。外泊届けは出しておきますから、安心して泊まってください。
間違っても、逃げないで下さいね。迎えにいきますよ 」
可愛げも、愛しさも消えたメガ優都に、ぐうの音も出ない私は、お風呂へ入るという選択肢を選ぶほかなかった。
高級ホテルでのお風呂は大変に有意義であった。さすが、高級ホテルだ。ジャグジーだってあるぞぅ!!
洗面台には、化粧落としから、お風呂上りのスキンケア用品までばっちり揃っていた。しかも、使い心地がとてもよい!!
ドライヤーも、凄い風の威力に一瞬で髪が乾いてしまった。マイナスイオンも一緒だからごわごわしない。
住みたい!!ここに住みたい!!
着替えの入ったカゴには、何故か下着が揃えられてありビビったが、ここまでくればなんのその、ルームウェアを着て、脱衣室の扉を開けた。
先ほどまで冷戦を繰り広げていた場所では、優都さんがパソコンを広げていた。
あ、脇にはワインが置いてある。ずるい、ずるい。
「あがりましたー・・・ 」
恐る恐る回り込めば、優都さんは座りながら寝ていた。なんとも器用な人だ。
でも、こんなこと前にもあったっけなぁ。あぁ、懐かしい。
向かいのソファーに座って、優都さんを眺めれば、前と変わったようには見えない。
だけど、メガネもないし目の下のクマも薄くなっている。
どうやら、前よりも仕事は落ち着いたようだ。良かった。
高校の頃は、家に帰ればこうやって、一つの部屋で一緒に過ごしていた。あ、とても健全にね。
あの頃の優都さんの主な仕事は私のお守りだったようで、よく部屋に居てくれて、私は優都さんの部屋に入り浸っていたのだ。
学校の送り迎え、お弁当作り、ついでに家庭教師と、私の世話をよくしてくれたものだ。
それと同時に、会社の仕事もしていたのだから、明らかにオーバーワークであった。
お弁当も、送り迎えも、別にしなくても良いと言ったのに、断固として譲らなかった。
あ、でも迎えだけは拝み倒して途中でやめてもらったんだ。バイトあったからなぁ。
あまりにも申し訳なさ過ぎて、お夕飯だけは私が作っていた。
お世辞にも上手とは言えないものばっかりだったのだけど、優都さんは美味しいって言ってくれた。
それが、とても嬉しかったんだ。
ソファーに寝転べば、眠気が襲ってくる。あぁ、昨日のバイトの疲れが取れていないんだ。
本当は、優都さんを起こして、今までのことや、これからの事を話したい。
優都さんから離れていた間のこと、今の私の生活、そして今後のこと。
そして、できるならば、優都さんからの話も聞きたい。
私が居なかった間のこと、これからのこと、今の優都さんのこと。左手の薬指のこと。
だけど、化粧を落としてしまった今、泣かない保障なんてない。
だから私は全部に知らんふりをして、目を閉じるしかなかった。
それでは、また、明日。