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2、再会と思い出

2、


 何故こんなにも一日が終わるのが早いのか、と思いながら、車は指定させたホテルに着いた。

 どこの舞踏会に行くの!?ってくらいめかし込んだこの格好が、まったく浮かないほど煌びやかなホテル。むしろ、これくらいしなければ入れてもらえないんじゃないだろうかとすら思える。

 園絵は美しい黒髪を生かす高そうな着物。浅海は鮮やかなブルーのドレスが細身の体を引き立てる。冴子は髪をまとめ、大人の魅力溢れるセクシーな黒のドレスに身を包んでいる。

 そして、私はこれでもか!!というほどキラキラする白い生地のおとなしめのワンピドレスだった。

 しかし、髪はどこの姫だ!?というほどに巻かれて結われて飾り付けられているし、靴だって恐ろしいほどかかとの高い、ついでに値段も高いとわかるものである。

 園絵と紫から借りたイヤリングとネックレスも、値段的な意味で大変重く感じる。やめろダイヤ、そんなにキラキラするな。

 あと、どうしてハンドバックにもダイヤがついているのか知りたい。

 顔も、化粧のおかけで誰も私だと気づかないだろう。凄いよ浅海、あなたは魔術師です。

 女はみんな、こうやって化けていくのだろうか。だとしたら、みんな魔術師だよ。

 魔法にかかったシンデレラのようだなぁと思いながら、ふらつく足で、よたよたと階段を登った。


 淡いピンクのドレスを着た紫。シンプルなドレスだが、紫自身がキラキラしているから輝いて見える。

 あぁ、幸せオーラが漂っている・・・。隣にいる男の人もイケメンで、背が高くて優しそう。

 まさに美男美女のカップルというやつだろうか。

 一般庶民には居ずらいオーラが渦巻く会場で、私が逃げ出さないのは、紫のあんな幸せそうな姿を見ることができたからだ。

 けっして、食べ放題だから、とかってわけじゃない。でも、タッパーくらいは持ってくれば良かったかもしれない。明日のお昼ご飯として持って帰りたいものだ。

 ちらり、と人だかりを見れば、園絵も浅海も冴子もその中心で楽しげにしゃべっている。

 大変慣れている様子を見れば、彼女たちも紫と同様にお金持ちという部類に入っていたことを思い出す。

 愛想笑いと、うなずきしかできない私は、会話なんて高度なことはできない。「トイレはあっちです 」や「このお肉美味しいです 」くらいしか返すことができないのだ。

 そして、そんな返事は望まれていないことくらい分かっている。

 壁の花。いや、花ですらないな。壁のバッキュームカー。

 ほら、ほら、ほら、食べ物を吸い込んでいきますよ。あー、ソーセージが美味しいなぁ。ジャージならもっと食べられるのに。


 そうやって、ドレスと満腹の悲しい関係について私が嘆いていると、突然に照明が暗くなった。

 ざわつく会場。しかし、すぐにステージライトがつく。司会役のお姉さんが、マイクを持っているところをみると、何か始まるのか。

「さて、本日は当Kホテルグループの代表も、ごあいさつに来ております 」

 すごすぎる。ホテルの偉い人がわざわざあいさつにくるなんて。

 しかし、周りを見ると、さも当たり前の顔をしており、さらにビックリした。え?そういうものなの?

「それでは、ご紹介いたします。Kホテルグループ代表、柏木優都かしわぎゆうとです 」


 え?


 ライトが照らされ、私のすぐ横の扉が開いた。

 出てきたのは、黒い髪を奇麗にセットして、黒いスーツをビシッと着こなした30歳くらいの・・・いや、正確には今年で32歳になるはずの彼。

 見間違えるはずはない。だって、動けないままガン見する私と目があったもの。


 いつもかけていたシルバーフレームのメガネがなかった。

 目の下のクマもない。

 私の知らない人。

 なのに、私を見つめた瞳だけは優しくて、それだけは変わらない、と思った。


 衝撃的な一瞬の邂逅の後、彼は颯爽とステージへと向かって行った。

 キラキラと光る世界を、臆することなく堂々と歩くことができる大人。

 喋り始めた声も懐かしくてたまらなくて、内容なんて頭に入るはずも無かった。

 そして、彼が紫に花束を渡すそのとき、左手にキラリと光るものを見つけて、おもわず会場の外に飛び出した。




 卒業を控えた、中学三年の冬。両親の事故を聞いたとき、もう何も考えることはできなかった。

 駆け落ち同然で結ばれた二人だったから、親戚なんているはずもない。15歳の私は、正真正銘の天涯孤独になったのだ。

 永遠に、暖かな家族の元へ帰る道を失くしてしまったと泣き、絶望していた。

 そんなときに現れたのが柏木優都さんだった。

 父の家は大手企業の一族であった。一人息子の駆け落ちに困った一族は、後継者として遠縁の優都さんを養子に迎え入れたそうだ。

 全体的に、うちの家と父に人生を振り回された結果になった優都さんは、初めて会う私に優しかった。

 会長である祖父の命で私を保護しに来たと言い、私の手を繋いで住居であるマンションまで導いてくれた。というか、あてがわれたマンションがお隣だっただけのことなのだけど。


 いなくなってしまった家族のこと。新しい家のこと。今までと違う暮らし。それらに慣れるのは容易なことではなかった。

 でも、優都さんがいてくれたから、少しずつ慣れていくことができたのだと思う。

 黒い髪を撫で付けて、シルバーフレームのメガネをかけたその人は寡黙で、厳格で冷たいイメージを受ける。

 でも、私が寂しいときや苦しいときは、傍にいてくれた。時には手も繋いでいてくれた。

 その優しさに私がどれほど救われたことか。祖父と初めて会うときだって、手を繋いで本家まで行った。本当によくしてくれた、私にとっての恩人。


 だから、好きになってしまうのも、仕方がなかったのだと思う。



 ホテルのロビーに着くと急に足が痛くなった。

 こんな高いヒールで走ったせいか、靴擦れができてしまい、ヒリヒリと痛む。ヨタヨタとソファーに座ると、涙腺はもう一杯一杯だった。

 しかし、浅海にしてもらった完璧なメイクのため、涙を落とすことはできない。

 さすが、女の戦闘装備だ。心が折れることを許しはしないのか。


 自分の左手を見た。

 左手薬指、優都さんの指にはまっていた指輪があった場所。


 高校の卒業式の日。優都さんは、お祝いとして夕食に連れて行ってくれた。

 普段から夕食に行くことはあったが、その日は特別に高級な場所でドキドキした。

 それから、夜景が奇麗な公園に行って、そこでお祝いをもらった。シンプルな腕時計。とても気に入ったのを覚えている。

 そして、一緒にマンションまで帰った。

 ただ、その後に優都さんは仕事が入ってしまい、また出なければならなくなった。

 言葉少なく、一生懸命に謝る姿が愛しくて、抱きしめたくなってしまうほどだった。

 だから、その出かけ際の玄関で、私は思わず言ってしまったのだ。


「あ、その待ってください 」

「どうしましたか? お祝い、なにか足りませんでしたか? 」

 真面目な顔をして聞いてくる優都さん。無表情なんだけど、瞳は不安げにユラユラしている。

「そうじゃなくて、今日はとても楽しかったです。ありがとうございました 」

「良かったです。亜姫子さんのために計画したので、楽しんでもらえて何よりです 」

 そう言って微笑む優都さんを見ると、ついうぬぼれてしまいたくなる。

 こんな年の離れた小娘の為に、この人は今までとても丁寧にしてくれた。

 それは、優都さんの優しさが本物だからだ。見た目は、確かにちょっと怖いっていうか圧迫感ひしひしだけど、私を見る瞳はとても優しい。


 嬉しくて、愛おしくて、幸せ。だから、言わずにはいられなかった。


「好きです 」

「え? 」

「私、優都さんが好きです。大好きです!! 」

 深々と頭を下げていたから、優都さんの顔は見えない。でも、明らかに困惑した雰囲気は感じる。

 思ってもみなかった、考えてもいなかった、という優都さんの困惑した空気が伝わってきた。

 そんな雰囲気に耐え切れず「以上!!いってらっしゃい 」と言って、玄関の扉を力いっぱい閉じた。


 雰囲気とか手順とか、そういうものをすっ飛ばした、人生初の愛の告白。

 玄関にへたり込むと、心臓はバクバクして、手が震えていた。

 言ってしまった・・・。

 戸惑った声が頭から離れない。あぁ、そりゃそうか、びっくりもしますよね。妹のような存在ですものね。

 恋愛対象になんて見てなかったよね。知っていました、全部わかっていました。


 だから、あなたの傍を離れることを決めたのですよ。




 3年前の気持ちが蘇ってきて、思わず苦笑いしてしまった。「以上!!」って、なんだそれ。

 そりゃ、返事はいらないって思っていたけど、以上って、あまりにもさっぱりしすぎだろ。

 でも、あの頃は、毎日が楽しくてドキドキしていたっけなぁ。ため息をつきながら、ロビーにある立派なシャンデリアを眺めた。


 キラキラした世界と住人たち。

 そこには、私の帰る場所も、暖かな掌もない。

 あるはずがない。



「亜姫子さん 」

 急ぎ足で来たのだろう、普段よりも若干慌てている。

 あぁ、そういうところも変わらないのか。私なんかを見つけたくらいで急がなくてもいいんですよ。

 でも、懐かしい。

 なんだか、今日は懐かしさばかり探している気がする。


「お久しぶりです、優都さん 」

 だったら私だって、彼に少しでも懐かしいと思ってもらえるようにと

 精一杯の笑みで迎えた。



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