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1、決別と日常

1、

 小鳥のさえずりが清々しい朝のこと。


 清らかな朝日を感じながら、今まで住んでいた30階建てマンションに頭を下げた。

 下から見あげれば見あげるほど大きな建物だ。まだ、ほんの10代の小娘が1人で住むには、あまりに広すぎて豪華すぎた住居。

「いままで、ありがとう 」

 頭を下げながら小さい声で呟いた。

 制服も、通学鞄も、ローファーも、紺ハイソも、卒業証書も、その他もろもろの服とか靴とか、みんな置いてきた。

 高校入学のためにそろえてもらったものも、この三年間の間に買ってもらったものも、全て返したかったから。

 そんなものを置いてきても、あの人にとっては全然役には立たないことはわかっている。むしろゴミが増えるだけで、今までの恩を返したことにはならない。そもそも、今の私に、今までの恩を返すことはできない。

 だけど、いつか、貰ったもの全てを返したいと思う。この先、何年かかっても絶対に返していきたいと思う。

 なぜなら、それだけがこれから先、私とあの人の絆になっていくだろうから。

 たとえ、私だけが思う一方的な絆だとしても。

「さて、いきますか 」

 薄手のパーカーにジーンズ。あの人の目を盗んでバイトして買った服。いつも着ているものなんかとは 比べ物にならないほどの安物。鞄も、靴も、みんなそう。

 でも、これが何も持たない私に相応しい姿。身分相応というものだろう。

「いってきます 」

 帰るはずもないのにそう言って、私は三年間を過ごしたマンションを後にした。





 泣きながら歩いていると

 自分の手を握ってくれる手があった。

 温かくて安心することができる優しい手だった。

 帰り道が分からなくなってしまった自分にとって、その掌が全てだった。





「亜姫子、早くしないと朝ごはんに遅れるよ!! 」

 そう叫ぶ声が聞こえて、カーテンが勢いよく開かれた。

 寝ぼけ眼の私は突然の強烈な光に、くぐもった声しか出せない。いうなれば、吸血鬼が朝日を浴びて苦しんでいるような感じだ。

「後、五分・・・ 」

「ばか、後五分はこれで三回目!! 朝ごはんに遅れるよ 」

 バリバリとはがれていく温かい布団たち。代わりに、冷たい空気が私に襲い掛かる。

 声にならない悲鳴をあげながら、もんどりうつ私は、やはり吸血鬼だった。

 ぽいぽいぽいと、飛んでくる服たちを受け止めは着て、受け止めは着て、を繰り返していけばいつもの私の出来上がりだ。髪を整えるわけもなく、化粧など論外。


 手を引かれて部屋を出る。ルームメイトの浅海あさみは陸上をしており、鈍足の私を引っ張っていても早い。食堂に入れば、まさに朝食が始まるところでギリギリセーフだった。

「浅海、亜姫子、こっちよー 」

 声がしたほうを見れば友人たちが揃っていた。ゆかりは手を振っており、近くには冴子さえこ園絵そのえもいる。

「ふー、間に合ってよかったー 」

「さすが浅海ね、亜姫子を引っ張ってもあんなに早いなんて 」

「冴子、なんで早いってわかるんだよ 」

「あら、見えていましたわよ。ほら、あそこから 」

 そう言って園絵が笑う。いつもと変わらない会話。いつものメンバー。そして始まる、いつもの朝食。

 変わらず過ごしてきた、大学4年生の春。麗らかな日差しを浴びながら、いつもの日々が始まろうとしていた。




 さて、私が足りない頭をフルに使って、やっと入学した鳳学園大学は、中高大一貫の学校だ。

 しかしながら、いつでも優秀な者にはその門を開くということで、エスカレーター組みとはまた別に、大学では半数を外部から取っている。

 私は、その幸運な外部生として、現在鳳学園大学に通っている。

 学費は学校の鳳奨学金とバイトでまかなっているが、奨学金に頼るところが大きい。さすが有名私立とだけあって、学費なんて一般市民が払えるものではなかったが、鳳学園の奨学金も一般市民が貰える額を遙に凌駕していた。

 しかも、そのお金、ある一定の成績をキープできたら返済は半額で良いというから、凄いものだ。

 私が鳳学園を選んだのは、もちろん寮があったからである。正直、寮があるところならば何処でも良かった。

 高校卒業と同時に住む場所を失う予定だった私にとって、住むところの確保は重要だった。それに、ここの寮は朝と夕のご飯もついて、大変美味しいのだ!!

 安易にアパートなんて借りれば、すぐにあの人に見つかってしまう恐れがある。それだけは避けなければならない。



 私がのほほん、と白いご飯を口に運んでいると、園絵が優雅に紅茶の入ったカップを置き話し始めた。

「ところで、今日の夜のご予定は、みなさま空いていらっしゃるかしら? 」

「園絵が予定を聞くなんて珍しいね。金曜日の夜・・・悲しいけど、私は空いているよー 」

「確かに珍しいわ。私も空いている 」

 物珍しそうな顔の浅海と冴子。確かに、園絵が予定を、しかも夜の予定を聞くなんて珍しい。その話を聞いて、紫だけが難しい顔をしている。

「ちょっと、そのちゃん、今日の夜ってアレでしょう? 」

 紫の含みのある言い方。それを聞いて、園絵がニッコリと笑った。

「あら、いいじゃありませんか。そろそろ皆さんにお知らせしても宜しいでしょう 」

「う、そうだけど。アレは、一応形式っていうか、名目っていうか・・・ 」

 いまいち、はっきりしない紫。それを見ていた園絵はため息をついて、視線を私に向けた。

「亜姫子さんは、いかがかしら? アルバイトはあるの? 」

「いや・・・今週はないから、大丈夫だよ。でも、一体なにがあるの? 」

 私の質問に、浅海と冴子もうなずく。隣では紫が唸っている。なんだか顔が赤い。

「もう、白状してしまってはいかがですが、どうせ卒業までにはお伝えしなくはならないのですから 」

 有無を言わさぬ園絵の笑顔に、紫も決心がついたのか口をひらいた。

「えっと、その、私の、婚約発表会をしまーす、なんて 」

「「「こんやく!?」」」

 私たちの声に驚いたのか、周囲もびっくりした顔でこちらをみている。しかし、私たちはもっと驚いている。

「紫って、付き合っている人、いたの? 」

「うん・・・寮に入る前から付き合っていたの。その、家同士の付き合いもかねて、結婚を前提としてね。結婚は卒業してからなんだけど、一応婚約発表だけはしておこうと思って・・・ 」

 もじもじと恥ずかしそうな嬉しそうな紫。そんな紫と見ていると、本当に好きな人と結婚するのだということが伝わってくる。

「で、みなさんは、行かれますの? 」

「「もちろん!!」」

 浅海と冴子は元気よく返事を返した。しかし、私はすぐに答えることができなかった。園絵と紫が不思議そうな顔をする。

「えっと、紫の家ってたしかお金持ちだよね? 」

「いちおう、ね 」

「ということは、その紫の婚約発表会ってことは、偉い人とかお金持ちとかがくるんでしょう? 」

 私にとって、お金持ちや偉い人というキーワードは避けるべきものだ。

 それらは、全てあの人に繋がっており、警戒すべきことである。

「大丈夫。亜姫子の知り合いなんていないわ。だって、うちの親族や知人だけですもの 」

「そっか・・・。じゃあ、行きたいなぁ。あ、でもドレスとかないからやっぱり・・・ 」

 園絵を始め、私以外の友人たちは、なんだかんだいっても名家や財閥や有名企業などの家柄である。しかし、私は正真正銘の一般庶民。いや、それ以下の貧乏学生だ。

「何を言っているのよ。招待するのは私なのだから、ドレスくらいは手配させて!! 」

「じゃあ、私はメイク手配ねー 」

「では、私は髪を 」

「なら、私はアクセサリーを選んであげるわ 」

 各々面白そうな顔をしている。絶対に遊ぶ気だ。間違いない。あぁ、なんだか不安。

「亜姫子、ありがとね 」

 でも、紫の嬉しそうな顔を見ていると、そんな不安もどこかへいってしまった。



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