第8話 噛み合わない歯車
戦闘が終わり、俺たちは戦利品の回収を行った。
といっても、ジャイアントラットが落としたのは、小指の先ほどの魔石が三つだけだ。
ドロップアイテムとしての「ラットの皮」や「牙」は、損傷が激しくて売り物になりそうにない。
「……これだけかよ」
権田が掌に乗った魔石を睨みつけ、不満げに鼻を鳴らした。
Fランクモンスターの魔石は、一つ数百円から千円程度。
三人で命がけの戦闘をして、報酬は牛丼一杯分にもならない。
「赤字だな。ポーション代も出ねえ」
「まあ、研修ですから。生きて帰るのが目的ですし」
俺がなだめると、権田は忌々しそうに舌打ちをした。
そして、何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「けっ、シケてやがる。……おい、この魔石は俺が預かっておくぞ」
「え?」
「当たり前だろ? 俺が体を張って敵を引きつけたから勝てたんだ。一番の功労者は俺だ。それに見てみろ、俺の美しい鎧に傷がついちまった。この修理費も必要だからな」
権田は自分の脛当てについた小さな擦り傷を指差した。
どう見ても、自分で転んだ時についた傷だ。
ジャイアン理論ここに極まれり、といったところか。
実際には足を噛まれて転がっていただけだが、彼の中では「囮になって敵の隙を作った英雄」に脳内変換されているらしい。
ここで「ふざけるな」と言うのは簡単だ。
だが、ここで揉めてパーティが崩壊すれば、このダンジョンから生きて出られないかもしれない。
俺はグッと言葉を飲み込み、溜息をついて頷いた。
「……分かりました。管理は任せます。でも、換金したら三等分ですよ。修理費は経費として計上しましょう」
「チッ、分かってるよ。ケチくせえな。細かい男はモテねえぞ?」
権田は魔石をポケットにねじ込むと、ドカッとその場に座り込んだ。
湿った地面に直接座る神経が信じられない。
「休憩だ! 腹減った!」
俺たちは少し開けたスペースに移動し、小休止を取ることにした。
下水の臭いが充満する中での食事だ。
メニューは、コンビニで買ってきたカロリーメイトと水。
正直、食欲なんて湧かないが、エネルギーを補給しないと体が持たない。
権田は持参した巨大な握り飯を、ガツガツと頬張っている。
咀嚼音がうるさい。
神経が太いというか、デリカシーがないというか。
その時、通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。
俺たちは緊張して身構えるが、現れたのはモンスターではなく、人間だった。
揃いの装備に身を包んだ、五人組のパーティ。
先頭を歩く剣士の鎧は、ミスリル銀のような輝きを放ち、魔法使いが持つ杖には大きな宝石が埋め込まれている。
装備の質も良く、動きに無駄がない。おそらくDランクかCランクの上位パーティだろう。
俺たちの薄汚れた装備とは雲泥の差だ。
彼らは俺たちの横を通り過ぎる際、チラリとこちらを見た。
まるで道端の石ころを見るような、関心のない目。
そして、すれ違いざまにクスクスと笑い声を上げた。
「おい見ろよ、あの装備。寄せ集めか?」
「ここで飯食ってるよ。鼻イカれてんじゃねえの?」
「関わるなよ、貧乏が移るぜ」
「やめなよ、彼らも必死なんだからさ(笑)」
嘲笑を残して、彼らは闇の奥へと消えていった。
遠ざかる背中から、「今回の『深層』の湧きはどうだ」とか、「『紅蓮の翼』クランがどうした」といった、俺たちには縁のない会話が聞こえてくる。
悔しいが、言い返せない。
今の俺たちは、傍から見ればただの「掃き溜め」だ。
彼らのようなエリート探索者から見れば、俺たちはダンジョンの背景の一部でしかないのだろう。
「……クソが。偉そうにしやがって」
権田が悪態をつきながら、握り飯を乱暴に口に放り込む。
俺は黙って水を飲んだ。
ぬるい水が、喉を通って胃に落ちる。
俺は少し離れた場所に座っている水無月に目を向けた。
彼女は膝を抱え、フードを深く被ったまま、何も口にしようとしない。
さっきの嘲笑が堪えたのか、さらに小さくなっているように見える。
「水無月、食べないのか?」
「……食欲、なくて」
「少しでも入れた方がいい。後半バテるぞ」
俺は未開封のゼリー飲料を差し出した。
彼女は少し躊躇った後、小さく「ありがとうございます」と言って受け取った。
「……さっきは助かったよ。君の指示がなかったら、俺も権田さんも死んでた」
お世辞抜きで、彼女の索敵能力は本物だ。
敵の位置だけでなく、攻撃のタイミングまで正確に読んでいた。
あれはただの「目がいい」というレベルではない。
「……私、見るだけなら得意なんです」
水無月はゼリーの飲み口をいじりながら、ぽつりと呟いた。
「『戦況読解』……それが私のスキルです。視界に入った情報の、少し先の未来予測ができるんです。筋肉の動きとか、魔力の流れから」
「未来予測? すごいじゃないか。それなら、どこのパーティでも引く手あまただろ?」
そんな強力なスキル持ちが、なぜ売れ残っていたのか。
俺の疑問に対し、彼女は自嘲気味に笑った。
「……見えすぎるんです」
「え?」
「敵の殺意も、味方の悪意も。全部、情報として入ってきちゃうんです。……養成所の訓練でも、『お前が指示すると気が散る』とか、『いちいちうるさい』って言われて……」
彼女の声が震える。
「『お前の目は気持ち悪い』って。『何でも見透かしてるみたいで、ストーカーみたいだ』って……結局、パーティを追い出されました」
なるほど。
彼女の挙動不審や対人恐怖症は、そこから来ているのか。
人の顔色を窺いすぎるあまり、コミュニケーションが取れなくなってしまったんだ。
優秀すぎるがゆえに疎まれる。
それは、どこか既視感のある話だった。
俺の会社員時代もそうだった。
効率化を提案すれば「余計なことをするな」と怒られ、ミスを指摘すれば「生意気だ」と干される。
組織というのは、異物を排除しようとする。
彼女もまた、組織の論理に押し潰された被害者なのだ。
「……俺は、助かるけどな」
俺は素直な感想を口にした。
同情ではなく、事実として。
「俺のスキルは、タイミングが命だ。君の『読み』があれば、俺はもっと動ける。……権田さんはああいう人だけど、壁としては優秀だ。君が司令塔になって、俺たちが動く。それができれば、このパーティはもっと強くなれると思う」
水無月が顔を上げた。
フードの奥のアメジスト色の瞳が、少しだけ光を取り戻したように見えた。
「……私で、いいんですか? 気持ち悪くないですか?」
「全然。むしろ頼もしいよ。頼むよ、観測士さん」
俺が笑いかけると、彼女は耳まで赤くして、コクンと頷いた。
初めて、彼女と心が通じた気がした。
「……おい! いつまでイチャついてんだ! 行くぞ!」
空気を読まない権田の怒鳴り声が響く。
彼はいつの間にか仮眠を取っていたらしく、大あくびをしながら立ち上がった。
せっかくの良い雰囲気が台無しだ。
「……はいはい、行きますよ」
俺たちは苦笑いを交わし、腰を上げた。
噛み合わない歯車。
凸凹な三人。
だけど、少しだけ潤滑油が差された気がした。
この後、俺たちを待ち受ける本当の絶望も知らずに、俺たちは再び暗闇の奥へと足を踏み入れた。
地下水道の奥から、不気味な風が吹き抜けていった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
このあたりから、主人公たちの立ち位置や戦い方が
少しずつ見えてくるようになっております。
第一章のラストまではすでに書き上げてあり、
しばらくは毎日更新で進んでいきます。
「もう少し先も読んでみようかな」と思っていただけましたら、
ブックマークしていただけると励みになります。
ふと思い出したときに、また覗きに来てもらえたら嬉しいです。




