第6話 売れ残りたちの集い
指定された集合場所は、ダンジョン管理局の地下にある『第1ブリーフィング・ルーム』だった。
無機質な蛍光灯に照らされた広い会議室には、既に五十人ほどの新人ハンターたちが集まっていた。
今日行われるのは、新人ハンター向けの『実地研修』だ。
研修といっても、教官が手取り足取り教えてくれるわけではない。
即席のパーティを組み、実際に管理された低ランクダンジョンに潜って、生きて帰ってくること。
それが唯一の課題であり、合格条件だ。
部屋の空気は、張り詰めた糸のようにピリピリとしていた。
誰もが緊張した面持ちで、周囲を値踏みしている。
誰と組むか。誰が使えるか。誰が足手まといか。
命がかかっている以上、その選別は残酷なほどシビアだ。
「……うわ、見ろよあいつ」
「装備、あれだけか?」
「棒一本って……自殺志願者かよ」
部屋に入った瞬間、突き刺さるような視線を感じた。
俺の腰にある『戦術ロッド』と、安物のプロテクター。
周りの連中がフルプレートや魔法の杖で武装している中で、俺の姿はあまりにも貧相だった。
俺は視線から逃げるように、部屋の隅へと移動した。
壁に背中を預け、腕を組んで目を閉じる。
心臓が早鐘を打っている。
怖い。
ゴブリンと戦った時とは違う、社会的な恐怖。
いくらソロで潜る間もしれないという覚悟を決めていても、 ここで誰とも組めなければソロでダンジョンに挑むことになる。それは今の俺にとって自殺と同義だ。
「それでは、時間になりましたので説明を始めます」
定刻になり、演台に立った管理局の職員がマイクを握った。
事務的な説明が続く。
今回の研修地は『練馬区に出現した地下水道タイプのダンジョン』。
出現モンスターはFランク相当のジャイアントラットやバット。
制限時間は六時間。
最深部にあるチェックポイントに到達し、帰還すること。
チェックポイントの奥にはダンジョンボスがいる部屋があるそうだが、死ぬ覚悟のあるもの以外は決して入るなとの忠告もあった。
「なお、パーティ編成は自由とします。最大六名まで。編成が決まったグループから、受付で申請を行ってください。制限時間は三十分です。……始め!」
職員の合図と共に、部屋の空気が一変した。
まるで婚活パーティーか、あるいは就職活動の集団面接のような、必死のアピール合戦が始まった。
「おい、俺はDランクの剣士だ! 前衛なら任せろ!」
「回復魔法使えます! 誰か入れてください!」
「タンク募集! 装備のしっかりした奴求む!」
怒号のような勧誘の声。
優秀なスキルや装備を持つ者は、あっという間に囲まれていく。
逆に、俺のような半端者は、誰からも声をかけられない。
俺も勇気を出して、近くにいたグループに声をかけてみた。
「あ、あの……俺、軽戦士なんですけど、入れてもらえませんか?」
「あ? スキルは?」
「えっと、ベクトル操作っていうユニークスキルで……」
「ユニーク!? すげえじゃん! で、何ができるんだ?」
「……1センチだけ、物を動かせます」
その瞬間、相手の顔から興味が消え失せた。
「は? 1センチ? 何それ、手品?」
「いや、あの、防御とかには使えるんで……」
「悪いけど、他当たってくれ。俺たち、遊びじゃねえんだわ」
冷たい拒絶。
背を向けられる惨めさ。
その後も数人に声をかけたが、結果は同じだった。
『ハズレ枠』。
その烙印が、俺の額に押されているようだった。
十分が経過し、二十分が経過した。
部屋の中央には、いくつかの即席パーティが出来上がり、談笑すら始まっている。
一方で、壁際や部屋の隅には、俺と同じような「売れ残り」たちが取り残されていた。
どうする。
このままじゃ、本当にソロだ。
焦りで掌に汗が滲む。
その時だった。
俺の視界に、二人の人物が入ってきた。
彼らもまた、どのグループにも属さず、孤立していた。
一人は、巨漢の男だ。
身長は二メートル近いだろうか。
全身を分厚い金属鎧で固め、背中には巨大なタワーシールドを背負っている。
見た目だけなら、この会場で一番強そうだ。
だが、誰も彼に近づこうとしない。
理由は、その態度だ。
腕を組み、貧乏ゆすりをしながら、周囲を威嚇するように睨みつけている。
そして何より、目が泳いでいる。
虚勢を張っているのが丸わかりだった。
もう一人は、小柄な少女(?)だった。
性別すら定かではない。
灰色のローブを目深に被り、顔の半分以上をフードで隠している。
部屋の最奥、柱の陰に隠れるようにして体育座りをしていた。
手には杖を持っているが、その先端は震えているように見えた。
……あいつらしか、いない。
俺は覚悟を決めた。
選り好みしている場合じゃない。
ソロで死ぬよりは、地雷でも何でも、肉壁がいた方がマシだ。
俺はまず、巨漢の男に近づいた。
「あの、すみません」
「あぁん!?」
男が過剰な反応で振り返った。
近くで見ると、その顔は脂汗でテカテカと光っていた。
「な、なんだよテメェ。俺に何か用か?」
「いえ、まだパーティが決まってないなら、組みませんか? 俺も余ってるんで」
「ハッ! 俺が余ってるだと? ふざけんな! 俺は選んでるんだよ! どいつもこいつも貧弱そうで、俺の背中を預けるに値しねえからな!」
男は唾を飛ばしながら捲し立てた。
典型的な、プライドだけ高いタイプか。
面倒くさいが、今はそのプライドを利用するしかない。
「そうですよね。周りの連中は見る目がない。……でも、俺ならあなたの盾役としての実力を活かせると思います」
「……ほう?」
男の眉がピクリと動いた。
「俺は軽戦士で、前衛のサポートができます。あなたが敵を引きつけている間に、俺が隙を突く。完璧な連携だと思いませんか?」
「ふん……まあ、悪くねえ提案だな。俺様の実力を理解してるなら、組んでやってもいいぜ」
チョロい。
男は鼻を鳴らし、俺の方へ歩み寄ってきた。
「俺は権田。クラスは重戦士だ。ランクはFだが、実力はCランク相当だと思え」
「俺は相沢です。よろしくお願いします、権田さん」
とりあえず、一人は確保した。
次は、あの子だ。
俺と権田は、柱の陰にいるローブの人物に向かった。
近づくと、彼女(体格からして女性だろう)はビクリと肩を震わせ、さらに小さく縮こまった。
「おい、そこの陰気なチビ! 俺たちのパーティに入れ!」
権田がいきなり怒鳴った。
デリカシーの欠片もない。
彼女は「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、涙目でこちらを見上げた。
フードの下から覗く瞳は、綺麗なアメジスト色をしていたが、今は恐怖で揺れている。
「あ、あの……私……」
「ごめんね、驚かせて。俺たちはパーティメンバーを探してるんだ。君、魔法使い?」
俺がなるべく優しく声をかけると、彼女はおずおずと首を横に振った。
「……ち、違います。私は……観測士……です」
「観測士?」
聞き慣れないクラスだ。
確か、索敵や分析に特化した支援職だったはずだ。
戦闘力は皆無だが、ダンジョン攻略には欠かせない「目」となる存在。
「いいじゃん! ちょうど索敵役が欲しかったんだ。俺たちと一緒に来てくれないか?」
「え……で、でも……私、その……役に立たない、かも……」
「いないよりマシだ! とっとと立て!」
権田が強引に彼女の腕を掴んで立たせた。
彼女は抵抗することもなく、されるがままだ。
「あ、あの……名前は……」
「俺は相沢。こっちのデカいのが権田さん」
「……水無月、です」
消え入りそうな声で、彼女は名乗った。
水無月。それが苗字なのか名前なのかは分からない。
こうして。
ハズレ枠の軽戦士。
虚勢を張る地雷タンク。
対人恐怖症気味の観測士。
誰がどう見ても「全滅候補ナンバーワン」の、掃き溜めパーティが結成されたのだった。
「おい相沢! 申請に行くぞ! リーダーはもちろん、最強の俺様だかんな!」
「はいはい、分かりましたよ」
「……うぅ、帰りたい……」
三者三様の思いを抱え、俺たちは受付へと向かった。
周囲からの「あーあ、あんな連中と組んで」「ご愁傷様」という視線が、痛いほどに突き刺さっていた。




