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第5話:五年の空白、それぞれの軌跡

真白の左手の指輪。その意味を確かめることができないまま、僕たちの再会は回数を重ねていた。メッセージのやり取りも増え、他愛ない日常の報告から、お互いの休日の過ごし方まで話すようになっていた。


ある晴れた週末、僕たちは都心の公園を散歩していた。五年前、高校生だった僕らには縁遠かった、大人っぽい場所。並んで歩く僕らの間に、心地よい風が吹き抜けていく。


「真白は、高校を転校してから、どうしてたんだ?」


僕は、意を決して尋ねた。僕が五年間、彼女からの連絡を待ち続けていた空白の時間を、真白がどう過ごしていたのか、知りたかった。


真白は、僕の言葉に少しだけ目を伏せた。

「転校したばかりの頃は、やっぱり大変だったよ。新しい学校にも、なかなか馴染めなくて。陽翔のこと、よく思い出してた」


その言葉に、僕の胸が温かくなる。僕だけが、彼女を想い続けていたわけではない。真白もまた、僕のことを思い出してくれていたのだ。


「でも、転校先の高校で、すごくいい友達ができて。みんな、私がどんな子でも、そのまま受け入れてくれたんだ。それで、少しずつ、自分の殻を破れるようになった気がする」


真白は、遠くの空を見上げながら、優しい声で語った。その顔には、過去の苦しみを乗り越えた、確かな強さが感じられた。


「卒業してからは、やっぱり好きなファッションの道に進みたくて、専門学校に通ったんだ。今の仕事も、そこで見つけたご縁なんだよ」


真白は、僕に満面の笑顔を向けた。その笑顔は、彼女が充実した日々を送っていることを物語っていた。僕は、真白が自分の道を切り開き、輝いていることに、心から感動した。


「陽翔は? 五年間、どうしてたの?」


今度は真白が僕に尋ねてきた。僕は、自分の空白の五年間を、彼女に話す番だった。


「僕は……まあ、相変わらずかな。大学に入って、卒業して、今の会社に入った。正直、特にこれといったこともなくて」


僕は、そう言って笑った。自分の五年間は、真白のように華やかなものではなかった。ただ、平凡な日々を過ごし、そして、ずっと真白のことを想い続けていた。


「でも、陽翔はすごいよ」


真白が、僕の言葉を遮って言った。


「私が転校して、急に連絡も取れなくなって……すごく心配だったと思う。それでも、こうしてまた会ってくれて、話してくれて。私、本当に嬉しい」


真白のまっすぐな言葉が、僕の胸にすとんと落ちてきた。僕が一方的に彼女を想い続けていたと思っていたけれど、真白もまた、僕との関係を大切に思ってくれていたのだ。


「だから、陽翔も、無理に何か特別なことを話そうとしなくていいよ。私は、今の陽翔が、こうして私の隣にいてくれるだけで、十分嬉しいから」


真白はそう言って、僕の目を見て微笑んだ。その笑顔は、僕の心の中の、伝えられなかった想いへの焦りを、少しだけ和らげてくれた。


だけど、その笑顔の奥で、僕はまた彼女の左手の指輪に目を奪われた。真白は僕の言葉を受け入れてくれた。僕の五年間が、彼女にとって意味があると言ってくれた。でも、あの指輪だけが、僕たちの間に横たわる、唯一の真実だった。


僕の心には、まだ伝えられない言葉が残っている。

そして、その言葉を伝えるためには、この指輪の意味を、どうしても知らなければならない。


僕は、深く息を吸い込んだ。


(次こそは、聞こう。この指輪の、本当の意味を)


公園のベンチに腰掛け、僕は真白の隣で空を見上げた。青い空に、白い雲がゆっくりと流れていく。五年の空白が、少しずつ埋まっていく中で、僕の心は、次のステップへと進む覚悟を決めていた。


五年前。


真白が転校するまでの数日間、僕たちはほとんど会話を交わさなかった。教室の隅で俯く真白と、遠巻きに見つめることしかできない僕。


真白が僕を避けているわけではないと、頭では理解していた。彼女自身も、突然のことに戸惑い、寂しさを感じているのだろうと。だけど、僕の心は、伝えられないままの「好き」という言葉と、もう二度と会えなくなるかもしれないという絶望感に支配されていた。


放課後、僕は真白の席の前で立ち止まった。真白は、カバンに教科書を詰め込みながら、俯いている。


「真白……」


僕が声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳は、少し潤んでいるように見えた。


「陽翔……」


僕たちは、しばらくの間、ただ見つめ合っていた。このまま、何も言わずに別れてしまうのか。


僕の口が、震えるように開いた。

「あのさ、真白。俺……」


その時、真白は、なぜか僕の言葉を遮るように、小さく首を横に振った。そして、弱々しく、しかしはっきりと、僕にこう告げたのだ。


「ごめんね、陽翔。私、もう行かないと」


真白はそう言って、カバンを抱え、駆け足で教室を出て行った。その背中は、僕に「さよなら」を言うことを許さなかった。


僕は、残された教室で、ただ立ち尽くしていた。

あの時の真白の表情。あの言葉。まるで、僕が何かを伝えようとしていることを察して、それを避けようとしたかのように。


僕は、あの日の真白の行動の真意を、ずっと理解できずにいた。そして、そのことが、僕の心に深い傷を残していた。


僕の初恋は、あまりにも一方的に、未完のまま幕を閉じたのだ。

そして、五年の時を経て、今、その続きを、僕は彼女に話そうとしている。

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