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第1話:雨上がり、隣にいた君

春の雨が、しとしとと駅前のロータリーに降り注いでいた。傘を差した人々が行き交う中、僕は濡れるのも構わず、ただ一点を見つめていた。目当てのバスがなかなか来ないことに苛立ちながら、ふと視線を向けたバス停のベンチ。そこに、傘も差さずに座っている女性の横顔に、僕は釘付けになった。


その瞬間、心臓が大きく跳ねた。見慣れない服、見慣れない髪型。なのに、その輪郭は、僕の記憶に焼き付いたままの姿と寸分違わなかった。


五年前、突然転校していったまま、音信不通になっていた——高校時代の初恋の人、真白ましろ


体が、勝手に動き出す。雨が顔に当たるのも気にせず、僕は彼女の元へ駆け寄った。


「あの、もしかして……真白?」


僕の声に、彼女はゆっくりと顔を上げた。


濡れた前髪の間から覗く瞳は、あの頃と同じ、吸い込まれるような深い色をしていた。そして、次の瞬間、彼女はふわりと笑った。


「あれ……陽翔はると? ひさしぶり。覚えてる?」


その笑顔は、僕が何度も夢に見た、あの頃と少しも変わらなかった。胸の奥にしまい込んでいた、伝えられなかった想いが、一気に溢れ出しそうになる。


「覚えてるに決まってるだろ……って、真白、傘は?」


咄嗟に僕が差していた傘を差し出すと、真白は苦笑いした。


「忘れちゃって。でも、もうすぐバス来るし、いっかなって」


相変わらず、少し抜けているところも変わらない。そんな他愛ない会話に、僕の心臓は高鳴り続けていた。五年間、ずっと会いたかった。話したかった。


当時、伝えられなかった想い。

伝えようとして、伝えそびれた言葉。


喉まで出かかった「ずっと会いたかった」という言葉を必死で飲み込み、僕は真白の顔をまじまじと見つめた。その細い指が、バスの時刻表を指した時——僕の視界の端に、キラリと光るものが入った。


真白の左手。そこに、見慣れない指輪が光っていた。


その瞬間、高鳴っていた僕の心臓が、急に冷たい氷を掴まれたように、きゅっと縮み上がった。


まるで、時間が止まったみたいに、周囲の喧騒も、雨の音も、何も聞こえなくなった。僕の目に映るのは、ただ、彼女の左手の指輪だけ。


(そんな……)


頭の中が真っ白になる。これが、五年間、僕が抱き続けてきた想いの、答えなのか?


だけど、まだ終わってない。


あのとき、突然の別れで交わせなかった“さよなら”の続きを。

そして、伝えそびれた“好き”の続きを、今から話そうと思う。


それが、僕の五年間の遅刻の答えだから。


五年前。


桜並木が、まぶしいほどのピンクに染まっていた。新しい教室の窓から見える景色は、どこまでも希望に満ちていて、僕の心も少しだけ浮ついていた。


僕は、クラスの隅で、周りの様子を伺っていた。人見知りで、新しい環境に馴染むのが苦手な僕にとって、高校入学は期待と不安が入り混じるものだった。


そんな僕の目に飛び込んできたのは、窓際の席に座る、一人の少女。


長い髪を揺らし、窓から差し込む光を浴びながら、彼女は静かに文庫本を読んでいた。まるで、周りの喧騒とは関係ない、自分だけの世界にいるみたいに。


その横顔を見た瞬間、僕は息を呑んだ。


彼女が、僕の初恋の人、真白だった。


彼女の周りには、どこか柔らかな空気が漂っていて、まるで光が当たっているかのように見えた。

僕の高校生活は、その日から、彼女の存在を中心に回り始めることになる。

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