9話 とんでもない奴がとんでもない能力を持ってしまった最悪の例
『世界の中心より愛をお届け教』教団本部。
2階、教祖の間にて竹生島 幽玄は座していた。
「!」
「……どないした?」
部屋には大きな鏡が無数に置かれている。
その中で教祖はデスク上に鏡を置いて、自らを映しながら話をしていた。
教祖の声に反応して、どこからか別の男の声が聞こえる。
「反呪の陣が発動した」
「どういうことや?」
「魔法陣を使ってこちらの様子を伺ってきた奴がいる……我々のことに気付き嗅ぎまわっているようだ」
「魔法陣を宿す奴なら相手の魔法陣が見えるんやろ?ってことは術者がお前のこと見つけて調べてきたってことかい?」
「問題は俺を特定した上で魔法陣を使ってきたということだ。こっちの人間で自発的に魔法陣を発動させてくる奴がいるとは思えない」
「何者や?」
「反呪の陣が発動したおかげで一瞬術者の姿が見えた。若い男だ、学生か?ここから随分と離れた公園に女といた」
「信者を向かわせるか?」
「いや、相手は魔導士だ。俺の用意するふたりを向かわせよう……先手はこちらが必ず打つ。これは対魔導士時の鉄則だ」
――――
先生は凪と先見に公園から離れるように伝えた。
追手を差し向けて来る、そう直感した。
「先見は凪から離れるな。追手と戦闘になればお前など即死だ」
「ひっ!だから嫌だったんですよ魔法陣と関わるの!」
「良く言うよ、ノリノリでビンビンだったろうが……」
ふたりは身を隠す場所を考えた。
近くに先見のマンションがある。教祖が感知系の魔導士でないことを祈りながら、いったんはそこまで移動することにした。
魔導士同志の戦いにおいて、相手の能力がわからないのは辛い。
こちらは教祖の手の内がわからないが、相手には遠目の魔法陣使いだということは認識されてしまった。
教祖は反呪の陣を常に発動させているほど警戒心の強い術者だ、おそらく戦いなれしている。
ー『魔力感知を不可能にする』ー。
先生は相手に感知されないように呪言の陣を発動させた。
魔力感知されない状態でこの場所から移動をすれば、相手に移動先はわからない。
「急いでマンションまで移動してくれ」
「先見、案内よろしく!」
「へ、部屋に女子がくる!これは赤飯ものですよ!」
「早くして!」
ふたりは急いでマンションへ向かった。
先見の部屋は思っていたよりも綺麗に片付けられており、本や漫画が多くあって読書好きなのがうかがえた。
「ママが夜勤なんです。ふたりきりを良いことに変なことしないでくださいね」
「顔面殴り潰してやろうか、おい!」
「ひっ!」
ふたりのやりとりを見守っていた先生が口を開く。
「喧嘩は止めないが、奴らの動きに警戒は必要だ」
「でもわたしたち感知されないんだよね?」
「あぁ、奴が感知系の魔導士であっても感知を封じている。安心して良い」
しばらくすると曇り空から雨が降り出した。
不安を流す雨。
いや、不安を予知した曇り空なのかもしれない。
「舌さん……さっき僕が見ていた普通の人の見え方では無いふたりがマンションまで来ています」
「なに!?」
「この部屋に向かってくるようです。噓……なんでぇ!」
呪言の陣によって復活した眼の力は消し飛んだはずだが、先見は少し先の未来を話し始めた。
驚いた凪が先見の顔をみると、両目に魔法陣が戻っていた。
「先生、こいつの眼!」
「自然に力が戻ったのか……。これから起こる厄災に対して防衛本能が復活させたのかもしれないな」
「どうするの?」
「どうしてこの場所がわかったのだ……。感知できないように手は打ったはず」
「もうすぐエントランスに着きますよ」
「……私たちもそこに向かう、そこで相対する」
ふたりは部屋から飛び出して、1階エントランスまで急いで向かった。
移動の中、感知対策が通用しなかったことに不安を持った先生が先見に問う。
「こちらに向かっているふたりとは教団本部で見えたふたりと同じか?」
「男子の方は同じなのですが、もうひとりが女の子から小さな男の子にかわっています」
「小さな男の子……?」
――――
マンションのエントランス。
右を向けば中庭があり、それを囲むようにマンションは建っている。
先生は先見に隠れている様に伝えて、凪が単身で対峙することにした。
この時先生は、心のどこかでネゲロとツーフーに会えるかもしれないと淡い期待を持っていた。
対峙の際、凪には戦闘になるまで舌の魔法陣を見せないように伝えた。
相手にはまだ呪言の陣を知られていない。
今から来るふたりも、先見に見えるということは呪反の陣が施されていないため、対応は簡単と判断した。
雨の中をくぐるように、白の作務衣を来た2人がエントランスに到着した。
こちらの存在に気付き歩み寄って来る。
先生は凪に少しだけ口を開けるように依頼した。
「間違いない、ネゲロだ、そして相方がフンリュウに代わっているようだ」
「ネゲロは強いんだっけ。フンリュウはなんだっけ……」
「なるほどな、動植物や虫と会話できるフンリュウなら我々を追跡するなど簡単なことだ」
「先生、あいつ等と話するの?」
「……まず様子を見る。適当に凪が会話をしてくれ、どうしてこの世界にいるのか聞いてみたい」
「……」
ネゲロとフンリュウが凪の前に立った。
ふたりの表情と眼からは生気を感じられない。
凪は恐怖を打ち消すかのように大きな声をあげた。
「なんか用あんの!?」
「……」
ふたりから返事はない。
ネゲロは表情をまったく変えないまま、右手に火を纏わせ始めた。
ネゲロお得意の白魔術、聖炎の陣。
「ガチで!?」
ネゲロは一言も発さないまま聖炎を凪に放った。
直撃すれば、骨まで一瞬で炭になりそうな炎が凪を襲う。
「先生!ヤバいって!」
ー『攻撃魔法陣の効果を無効にする』ー。
呪言の陣で凪に直撃するはずだった炎は、見えない壁に当たったかのように散って消えた。
そんなことは気にも留めず、ネゲロは左手に攻撃魔法を準備し始めた。
聖風の陣が来る。
ー『すべての術の使用を禁ずる』ー。
続けて先生はネゲロの術発動を完全に封じた。
しかしネゲロは動揺する素振りも見せず、体術攻撃にシフトチチェンジして凪に襲い掛かる。
ー『動くな!』ー。
ネゲロとフンリュウの動きが止まった。
凪は呪言の陣の凄さを知っているつもりでいたが、いまの戦いを見て圧巻の強さだと再確認した。
そして先生からの依頼で、術と動きを封じたネゲロとフンリュウに向かって凪は近づいて行った。
「本物の教え子なの?」
「あぁ」
「なんかおかしくない?この子たち普通じゃない……」
教え子との再会。
それは感動的なものにはならなかった。
自分たちの先生が凪の舌にいるなどネゲロには知る由もない。
教え子たちに向かって先生は落ち着いた口調で唱えた。
ー『すべての魔導術を封じる』ー。
そう言い終わると、ネゲロとフンリュウの姿は泡のように消えていった。
「!」
「彼らは死霊だ」
「死霊って!?」
「殺されたあとに魂を抜かれ、術者の手足のように扱われていただけ……」
「誰がそんなこと!」
「教祖の竹生島 幽玄」
「!」
「奴の魔法陣の正体がわかった。黒魔導士のネクロマンサーだ」
「なに?ネクロマンサーって?」
「死霊使い、黒魔導士の中でも下の下の下の魔導術だ。殺した相手の魂を奴隷のように扱う者」
「なにそれ……最低じゃん……」
先生はそれ以上何も言わなかった。
ただ、凪は先生の静かな怒りを感じ取っていた。
「先生、これからどうするの?」
「……凪には申し訳ないと思うが……」
「うん」
「教団本部に向かって欲しい。どうしても放っておけない」
「わかった、OK、行こう!」
先生の思いを汲んで、凪は二つ返事で応えた。
そこに隠れていた先見が姿を見せる。
「ちょっと待ってくださーい!」
「今から教団の本部に行ってくる」
「僕も行きますからぁー!」
「ヘタレは来なくていい」
「先輩、酷い!この眼が必ずお役に立つと思うのです!」
凪は先見を拒絶しているが、先生は口の中から先見を連れて行くように囁いた。
眼の力が必要とかではなく、連れて行く理由は他にあるようだ。
「何かあった場合、凪の肉の壁くらいにはなるだろう」
凪は先生からの恐ろしい提案を聞かされ、目を大きく見開いた。
一呼吸付き、先見の方を向く。
「よし!付いてこい!」
「ありがとうございます!」
先見は晴れて凪の肉の壁としいう立場で同行していくことになった。
――――
「!」
「どないしたん?」
「差し向わせた死霊が屠られた」
「ネゲロってなかなかの使い手を送ったんちゃうんけ?」
「相手はただ者ではないな……。遠目の魔眼使いではなかったのか」
「魔眼ってなんや?」
「生まれつき魔法陣を眼に宿している特異体質の黒魔導士だ。魔眼にもいろいろな種類がある……危険だな」
「あんたの黒魔導士の能力より危険なもんあるんか?殺した相手を霊にしてから奴隷にするなんてド外道の所業やで」
「危険な黒魔導の魔法陣はいくらでもあるさ。前に話した伝説級の黒魔導を使う賊に襲われた時は、抵抗できず殺されそうになった」
「聞いたな、仲間全員やられた時の話やろ。相手の魔法陣は言葉に呪いが宿っていて、言った通りのことを現実に起こす魔法陣や」
「そうだ、俺の仲間は全員そいつに殺された。前の世界で黒魔導はご法度だと言ったろう、使用するところを見つかればそれだけで処刑される。あの時は大勢の人が居たため俺は死霊の陣を使えないまま殺されかけた」
「でも返り討ちに成功したんや。そんでもって報復がないようにそいつの関係者を皆殺しにして死霊に変えたんやろ」
「危険因子はすべて排除するのがベスト、それが長生きの秘訣だ」
「そやけどあんたの最後は処刑されたんやろがいな」
「迂闊だった。魔導士はロクな最後を迎えないと定説ではあったが、黒魔導士ということがばれて、即刻処刑されることになった」
「こっちの世界ではミイラ取りがミイラになっるってことわざがあるんやけど、それやな」
『世界の中心より愛をお届け教』教団本部。
教祖の間にて竹生島 幽玄はひとり腰かけながらデスクの鏡に顔を映しながら誰かと話し続けていた。
「何でもない人間を黒魔導士とでっち上げて処刑し続けて来た罰だったのだろう。審問官だった俺が審問官に処刑されたのだから」
「ククッ、間違いなく罰やな。処刑されてからも死ねてないし」
「そうだ。死んだはずが気が付けば異世界人の首に宿る魔法陣として生き返った。これも罰なのだろう」
竹生島 幽玄の首元の魔法陣が青白く光った。
幽玄の会話の相手は鏡に映す首元の魔法陣だった。
先生と同様、異世界からやって来た元魔導士。
「こっちの世界にこんな姿で生き返った理由はわからないが、何も気にせず死霊の陣が使えることには喜びを感じている」
「俺はあんたの死霊の陣より降霊術に助けられている。死者と会話できるなんて俺からしたら金儲けにこの上ない素晴らしい術や」
竹生島 幽玄と死霊の陣の魔法陣。
以前、凪が先見に放った言葉を一部借りるなら、とんでもない奴がとんでもない能力を持ってしまった最悪の例が現れたことになる。