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8話 パパラッチはあっちこっちどっち?


 

 先生がこっちの世界に来てから1カ月が過ぎようとしていた。

 凪との共同生活にもなれ、こちらの文明にもずいぶんと馴染みつつあった。


 高校生の凪は、洋食屋のホール店員としてアルバイトをしている。

 家からほど近く、頑固親父が作るハンバーグとグラタンが人気の名店だ。

 オーナーが個人経営している店舗で、近くに大学があることもあり平日のランチタイムは大忙しだ。

 逆に土日は学生がいないため、地元人だけが来る暇な店へと激変する。

 

 「オーナー、今日はクッソ暇だね」

 

 「土曜だからな。白居ちゃん、なんぞ食うか?暇だからなんでも作ってやるぜ」


 「マジで!んじゃラーメンがいい!」

 

 「白居ちゃん、うちはハンバーグとグラタンが自慢の洋食屋だぜ」

 

 「でもさ、オーナーのまかないラーメン鬼うまいじゃん。ラーメン屋やったら流行ると思うんだけど」


 オーナーはまかないになんでも作ってくれる。

 凪はオーナーが作る洋食よりもまかない飯の方が好きで、特にラーメンを推していた。

 

 「牛骨から出汁とってねーしラーメンは次にしてくれや。今日は天ぷらうどんにきつね丼とかどうだ?」

 

 「好きー!きつね丼大好きー!それでお願いしまーす」


 オーナーがまかないを作り始めた時、店の外に20人ほどの人だかりが見えた。

 みんな一様に真っ白な作務衣のようなものを羽織り、のぼり旗を掲げて振っている。

 どうやら新興宗教の信者達が勧誘活動を始めたようだ。

 のぼりには『世界の中心より愛をお届け教』と刷り込まれている。


 「オーナー、何あれヤバくない」


 「あれは今流行りのセカチュー教じゃねーか」


 「営業妨害だし文句言ってこようか?セカチュー教とかネーミングヤバイっしょ!?」


 「変な連中だから関わらん方が良い。教祖の竹生島ちくぶじま 幽玄ゆうげん はテレビにも出ているし知ってるだろ?」


 教団名からして普通ではないことが充分にわかる。

 しばらくすると大きな歓声が聞こえて、信者達が拍手で誰かを迎え始めた。

 真っ白なスーツを身に纏った、いかにも胡散臭い小柄な男性が2人の教団関係者を引き連れて手を振りながら姿を見せた。

 そして満面の笑顔でみんなに向かって叫ぶ。


 「うれしさ、楽しさ、幸せ、すべてに感謝してますかぁー!」


 信者はすかさずレスポンスをする。

 

 「してまーす!」


 竹生島 幽玄の代名詞と言われているコール&レスポンスだ。

 テレビやネットで登場すれば必ず、「うれしさ、楽しさ、幸せ、すべてに感謝してますかぁー!」と叫んで周りを煽る。

 凪はこの前、ネットニュースになっていたことを思い出した。

 

 「信者になれば、先祖と会話をさせてもらえるらしいぞ。寄付金は半端じゃないらしいけどな」


 「先祖と会話がさせてもらえるって、そんなんで寄付する奴いるの?」


 「この前テレビでやってたけど凄かったぜ。先祖と会話して莫大な金塊を見つけた奴とか、知らなかった土地の持ち主だってわかった奴がいてよ」


 「仕込みじゃないの?」


 「どうだろうな」


 以前の凪なら頭から嘘だと決めつけていたが、魔法陣の存在を知ってからはすべてが嘘に思えない。

 あの教祖も何らかの魔法陣を無意識で扱えているのかもしれない、そう考えた矢先。


 「凪、口を開いてくれ」


 「ちょっと、バイト先でしゃべんなし」


 「あの男を見たい!」


 先生はいつになく強い口調で凪に訴えた。

 しぶしぶ凪はオーナーに見られないように口を開けて教祖が見える方を向いた。


 「見える?」


 「初めてだ……」


 「何が?」


 「この世界にきて初めて私の世界の魔法陣を持つ者を見つけた」


 「マジで?いつも魔法陣の式や形は似ているけど結局は違うって言ってるじゃん」


 「いや、そのものだ。私の世界のものだ。奴の首元に刻印されてる。なぜこっちの世界に存在しているんだ?」


 「直接聞いてみる?」


 「危険だ。何者かわからないし能力もわから……!」


 「どうしたの?」


 「そんな……あれは……」


 「なによ?」


 「男の両隣に立っているのは……ネゲロとツーフーではないか?」


 「はぁ!?」



 ――――



 アルバイト先からの帰り道。

 先生は明らかに動揺をしている。

 教団は5分ほどの勧誘活動をしたあと、すぐに場所を移していった。


 「見間違えじゃないの?」


 「見間違えか……その可能性もある。しかしあの魔法陣は見間違いではない。確かに私のいた世界の魔法陣だ」


 「ならどんな効果があるのかわかるんでしょ?」


 「白魔導の式では無かった、おそらく黒魔導のものだろう。効果は解らない」


 「手出しが難しいじゃん」


 「……」


 「そうだ!教団関係者の知り合いがいないか調べてみよっか」


 「下手に嗅ぎ回れば脚がつくかもしれん」


 「友達に関係者の知り合いがいないか聞くだけだって」


 凪は『世界の中心より愛をお届け教』の入信者がいないか、友人へ一斉送信した。

 先生の口数はもともと多くなかったが、今は一層少ない。

 教祖と一緒に登場した関係者が、元教え子と瓜二つなのが気がかりのようだ。

 先生もそっくりさんで片付けたいところだが、元の世界の魔法陣を宿す人間を見た後でのことで簡単には見過ごせないのだ。

 

 一斉送信から15分ほど経った。

 既読は着いても返信は誰からも無かった。


 「やっぱり、新興宗教のこと聞いてくる奴なんて警戒して関わりたくないのかな?」


 「知っていても言わないように教団から釘を刺されているのかも知れん」


 「そっか……」


 「……」


 「呪言の陣で洗脳させた人をスパイとして送り込むとかは?」


 「そんな風に魔法陣を使ってはいけない。危険な考え方だ、凪は邪導士が考えそうなことを言っている」


 「いい案だと思ったのになぁ」


 「凪はこちら側の人間になってはいけない」


 「……」

 

 「他の手を考える」


 「……こちら側」


 「?」


 「シャクだけど元こちら側の奴に聞いてみるか。アイツ変な奴だし詳しいかも」


 凪はスマホを取り出し先見に電話を掛けた。

 待っていましたと言わんばかりの1コール鳴り切る前に電話は取られた。


 「もしもし!先見でございます!」


 「早っ!そして元気だな引退野郎!」


 「先輩、引退って辛いものですよ。二度と連絡はないと思っていました。嬉しいです」


 「わたしも二度と連絡をするつもりは無かったよ」


 「先輩も寂しくなってご連絡をくれたのですか!?」


 「違うわ。お前変な奴だから『世界の中心より愛をお届け教』のこと知ってるかなって連絡しただけだし」


 「そうなんですね。教団の何が知りたいんですか?」


 「なんだお前、教団のこと知ってるのかよ?」


 「えぇもちろん、うち信者ですから」


 「……」


 「先輩?」


 「先見、お前は時々見た目以上に面白いな」


 「お褒めいただき光栄です」


 先生もこの偶然に驚いた。

 凪と先見はすぐにいつもの公園で会う約束をした。



 ――――



 この公園にはいい思い出が無い。

 でも2人が合うとなれば都合のいい場所にある。

 来るときはいつも夕暮れ時で、今日は天気が悪い。

 凪が到着してしばらくすると、先見が教団のパンフレットや教祖と信者の集合写真を持ってきてくれた。


 「お待たせしました!」


 「おう!悪いな、先生たってのお願いなんだ」


 「舌さんのお願いとあらばお安い御用ですよ」


 凪と先生はパンフレットと集合写真を食い入る様に見始めた。

 2つを見る限り、教祖の首元に魔法陣は見当たらない。

 そして教え子の姿も無い。


 「これっていつ頃の写真?」


 「1年前とかじゃないですかね、しかし驚きですね教祖の首に魔法陣が見つかるだなんて」


 「それだけじゃないよ、先生の教え子まで見つけたっていうんだから……」


 「パンフと写真に教え子は見当たりませんか?」


 先生は集中して写真を見ているが、教祖の首の魔法陣と教え子の姿は見付けられなかった。


 「わたしと一緒で最近魔法陣が身体に現れたとかじゃないの?」


 「!?」


 「教え後も最近こっち来たとかじゃね?」


 「……私がここに来た同じタイミング」


 先生はそのあとの言葉に詰まった。

 なにか繋がりを持っている気がしているようだ。


 「お前んち信者なら、教団の見学とかさせてもらえるように頼んでくれよ」


 「いやー、それがお恥ずかしい。最近ママはお布施していないらしくて教団本部への出入りを禁じられているらしいんです。まぁ、もともと知り合いの勧めで一緒に入信しただけなんで熱心な信仰者ではないんですよね」


 「その知り合いと連絡取れないの?」


 「その人昇進して本部付けになってから連絡取れないらしいんですよ。金で立場も買える世界なんですよね」


 「なんか気になるなぁ、いろいろとー!」


 「そういえばママが言ってましたけど、最近若い取り巻きが常にいるようになったって……もしかして教え子ってその人達のことですかね?」

 

 先生がはたと先見の話に割り込んだ。


 「若い取り巻きがいるようになったのはいつ頃だ!?」


 「1か月くらい前じゃないですかね」


 「……」


 先生は自分と同じ時期にネゴロとツーフーがこちらに来たのでは?と考えた。

 しかし理由が解らない。そして教祖の魔法陣の謎もある。


 先生は教団に直接乗り込みたかったが、凪に何かあってはいけない。

 相手は同じ世界の魔法陣を持つ者だ、ある程度の実力者ならこちらのことを感知して先手を打ってくる可能性もある。

 幸い今のところ凪と先生へ教祖の意識は向いていないので、先手を打てるのはこちらなのだ。


 「先見、千里眼の陣を使ってくれないか」


 「いいましたよね。僕は魔法陣を使えなくなった引退者ですよ」


 「呪言の陣で使えるようにする」


 「僕はもう魔法陣を扱いたくないんです。そんなことができるなら先輩にやってもらってくださいよ」


 「凪に迷惑を掛けたくない」


 「過保護か!」


 ー『眼に宿りし力よ、戻れ!』ー。


 「!」


 拒否する先見に、先生は強制的に呪言の陣を発動させた。

 先見は日差しが目に入った時のように目を細めた。


 「うぅ、目が!」


 「おい先見、大丈夫かよ?」


 「……舌さん、酷いっす」


 「教団の方角はお前の背の方向にある。今すぐに見てくれ」


 先見は踵を返して指示された方向へ身体を向けた。

 凪には気のせいか、先見が自信に溢れた男の顔のように見えた。


 「千里眼の陣使えの?」


 「そりゃもうビンビンに!」


 「何が?」


 「ビンビンですわ」


 「だから何が……?」


 「教団本部はすでにロックオン済みです。今から内部調査致します」


 左の黒目にくっきりと魔法陣が見える。

 本当に目の力が復活しているようだ。

 先見は目の前を遮るマンションもなんのそので遠くにある教団が見えている。


 「もともと冠婚葬祭の式場を教団に改装しているんですよ。ところで僕は何を見たらいいんですか?」


 「教団内にいる人の数、教祖の動き、若い取り巻きの様子を知りたい。見えるか?」


 「少々お待ちください」


 先見は教団の方向をまっすぐに眺めて調査を始めた。

 先生は前の世界で遠目の魔法陣を使える魔導士を何人も見てきたが、先見の目は別格なようだ。

 遠目の魔法陣には望遠の陣、遠視の陣などいろいろあるが、千里眼の陣は別物でどんなに遠くにある物でも障害物を全てすり抜けて見ることができる上級魔法陣になる。

 

 向こうの世界では魔導士としての才がある場合、その人の体質にあった魔法陣を探してから練習していく。

 それに対してこちらの世界では魔導士としての才がある場合、その人の体質にあった魔法陣が自然と身体に発生している。術効果の当たり外れがあるものの、大変合理的な習得方法だと思っている。

 言うまでもなく、その中で先見の慧眼の陣と千里眼の陣の習得は大当たりの魔法陣なのだ。


 「土曜日の夕方だからでしょうか、人は少ないですね。1階受付に警備員2名と道場や休憩室に幹部信者が8名はいますね。2階には教祖の部屋があって……ん?」


 「どうした?」


 「若い男女が教祖の部屋の前に立っているのですが……」


 「その2人がきっとネゲロとツーフーだ、彼らは何をしている?」

 

 「舌さん、この2人……。人間ですか?」


 「何を言っている?」


 「いえっ、なんて言えばいいのかわからないのですが、立体感?体温?色?が2人にはないんです。普通の人の見え方と違うんですよね」


 「……」


 「教祖の部屋を見ますね」


 先生は先見の普通の人の見え方と違う、という言葉に引っ掛かった。

 先見が特別な眼を持つ魔導師であることは間違いないが、いかんせん経験が浅い。仕方の無いことだがイレギュラーがあった場合に理由を把握できない。


 「これはどうしたことでしょう?」


 「なんだ?」


 「部屋の中が見えません、そこだけ黒い霧に囲まれていて見えないんです」


 「部屋が見えない?」


 「えぇ、見えな……」


 「!」

 

 「先見、術を解け!呪反の陣だ!」

 

 「ひっ!」


 突風に襲われたように先見は目を閉じた。

 そしておそるそろる目を開けた先見の眼から魔法陣が消えていた。

 呪言の陣の効果がかき消された。


 「何があったのさ?」

 

 「わかんないんです。突然黒い霧の中から目が見えて、僕を見返して来たんです……」

 

 「千里眼の陣を返されたな。どうやら向かう側に私たちの存在がバレてしまったようだ」


 「え!?」

 

 「呪反の陣を常に施しているのか、それとも反呪物を常に持ち歩いているのか……。とにかく警戒心の強い奴のようだ」


 「どど、どうしましょう!」


 先見に見え方が違うと言われた元教え子たち。

 そして千里眼の術を返したきた教祖。

 謎は深まるばかりだ。

 

 千里眼を返され、一瞬だけれどもこちらの姿を教祖に見られてしまった。

 これで隠密に先手を打てるチャンスを失ってしまったことになる。

 教祖もこちらの存在を意識してすぐに行動をとってくるだろう。

 のんびり構えている場合ではなくなった。


 先生たちと教団は、互いに見過ごすことのできない緊迫した状況に入ってしまったのだ。

 


 

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