7話 異世界人は名付けのセンスがない。名前って大切なんだぜ
「なんだよ話って?」
昼休みの時間に屋上で2人は会う約束をしていた。
あかねの死から4日が経ってのことだった。
先見は笑顔を見せているものの、いつものような元気は無い。
凪にもわかるくらい表情に生気は感じ取れなかった。
「いろいろとご迷惑をお掛けしました」
「いいよ、あんたが謝ることじゃないし」
「電話でも良かったのですが、舌さんにもお話聞いていただきたくて御呼び立ていたしました」
「で、話って?」
「あかねちゃんが死んだ日から、眼の力が消えました」
「えっ?」
「1日2日経てば戻るかな?くらいに思っていたのですが、全然ダメで」
「マジかよ……原因は?」
「わからないです。とにかく未来も見えなければ遠くも見えないんです」
肩を落とす先見と、それを心配そうに見つめる凪に先生が言う。
「魔法陣の力は魔導士の精神状態が大きく変わる。あかねの死が余程のショックだったのだろう。自らの力に蓋をしたのだ」
「時間が経てば元に戻るんだろ?」
「さて、それは自分次第といったところだ」
それを聞いた先見は悲しそうな笑顔を凪に向けた。
その目には溢れんばかりの涙が溜まっている。
あれからずっと自らを責めて、涙を流していたのだろう。
「もういいんです。僕の魔法陣生活は終了です。魔法陣を使う人間としてはあまりに不適合ですから」
「おい、あきらめんなよ!変な人間がわたしひとりになるじゃんか!」
「先輩は大丈夫。舌さんと相談し合っていけるから、これからもやっていけます」
「テキトー言うなって!」
「先輩のことは誰にも言いません。信用できないなら僕の記憶を消してもらってもいいです」
「……なんだよ……そんなことしねーよ」
「すみません、先輩。今日はそのお話でした」
「先生の力で眼の回復ぐら……!」
「すみません、もう決めたんです」
「……」
「……」
「なんだよ!そうかよ!電話で良かったんだ、こんな話。わたしは教室に戻るからな」
「はい、お時間いただいてありがとうございました」
「けっ!」
「先輩、舌さん。なにか困ったことがあればいつでも相談してください。僕にできることなら何でもお手伝いいたします」
凪は振り帰りもせず屋上を後にした。
このイライラした感情は怒りだけではなく、魔法陣を持つ仲間が居なくなった寂しさからが大きいのだろう。
「なんだよ、あのヘタレ小僧!先生に眼の力の復活をお願いするのかと思いきや、僕の魔法陣生活は終了です、だって?ざけんなよ!」
「怒ってやるな。魔法陣を使うのも、使わないのもの先見の自由だ。本来は魔法陣など使わない方が良いのだ」
「思いっきり使っている人のセリフとは思えないんだけど!」
「魔法など自然の理を無視したものだ、私の世界では魔導士として生涯を全うした者はまずいない。魔導士を続けた者の最後は一概にして皆空しいものだった」
「だったらさ、わたしって大丈夫なの?」
「凪は大丈夫だ。凪自体何も魔法陣を使ってはいない。先見も今ならまだ引き返せるレベルだ」
「ちょっとさ……個人的になにか1つ先生から魔法陣を学ぼうかなって思っていたんだけど……」
「そんな必要はない。私が居ればすべて済むことだ」
凪は先生ができるだけ凪に迷惑を掛けないように接していることを理解していた。
最近では本当の教師のように凪と接し、凪の相談事まで聞いている。
チョベリバという名前の先生を、魔術の指導者をしていたということで先生と呼び名を変えたことを思い出した。
前の世界ではどのような人となりだったのだろうか?凪はふと気になった。
「ねぇ、先生ってさ。昔どんなだったの?」
「どんなだったとは?」
「心の底から興味が無かったし聞かなかったんだけど、向こうでの暮らしぶりとか家族構成とか」
「枕詞は不要に思うが、ようやく気になったか。出会ってひと月近く経っているのに聞かれなかったので本当に心の底から興味が無かったのだろうな」
「やっと聞けるくらい暇な時間ができたってことよ」
「ふむ。それでは今から話してやろう。家族構成は父と母、私の3人家族。父の名はチョベリグ、母の名がソベリバだ」
「やっぱり緊張感のない名前よね」
「こっちの世界の本で読むところの中世ヨーロッパに雰囲気は近いかもしれないな。貧富の差は激しいが、それなりにみんな楽しく生活をしている世界だ」
「黒魔導士狩りとかあるのに?」
「城内の貴族連中は別だ、町の者同士は仲がよかった。文明はこっちの世界に比べて圧倒的に低い。テレビ、スマホ、冷蔵庫、エアコン、自動車、電車、飛行機には本当に驚かされた」
「魔法陣あれば何でもできるじゃん」
「魔法陣を扱うのは魔導士のみだ、それに万能ではない。この世界はみんなが同じものを使える素晴らしい仕組みの世界だと思う」
「そうかなぁ」
「食べ物はパン、煮物、スープばかりで肉などは貴族連中しか食べられなかった。しかしこっちの世界ではみんなが食べられている。裕福な世界だ」
「わたしんちはいつもお金が無いって困ってるけどね……」
「私の世界とは無いのレベルが違うのだろう」
「先生って男前だったの?」
「金と食料にはいつも困っていたが女には困らなかった」
「なんかムカつくわね……」
「結婚の儀を結ぶまで男女ともに不特定多数との交際が許されている。こっちの世界より自由度は高いな」
「それっていろいろ問題ありそうね?」
「そうだな、嫉妬から中々に殺し合いが多かったりする」
「殺すんだ……」
「結婚すれば違うぞ。付き合うのは結婚相手だけになる。結婚の儀を行うと男女互いの下半身に破壊の陣が施される。結婚後に他所の相手と関係を持とうものなら、登録の違う破壊の陣同士が接触することで爆発する仕組みになっているのだ。遊べばその日に死ぬ」
「けっこう簡単に人殺すよね先生の世界って……。結婚する人少なそう」
「結婚せずに生まれた子供は基本奴隷になる。子供のことを考えれば、みな結婚の道を選ぶ」
「その辺は国もしっかり考えてんだ」
「たまに下半身が破裂している男女の死体が見つかるがな」
「……それでも不倫する奴いんだ」
先生はいつになく饒舌に話を続けた。
凪からの質問が嬉しかったのだろう。
話をしているうちに、先生もいろいろと昔を思い出して楽しくなっているようだった。
「教え子って何人いたの?」
「全員で30人くらいだ。最後の年は教え子をとるつもりは無かったのだが5人だけ指導をした。最後に何かを残しておきたかったのだろうな」
「教え子に会いたくならない?」
「そうだな。最後の教え子、ネゲロ、ツーフー、ケッセキ、ウオノメ、フンリュウ、彼らには私の魔導をすべて教えたつもりだ。しかし道半ばでの別れとなった。その後どうしているのか気にはなる。良い生涯を迎えていればいいのだが」
「本当に緊張感無い名前ばっかよね。その人達とは急に別れたんだ」
「両親の復讐のことを告げずに彼らの元を去った。言えばきっと止めてくるだろうからな」
「どうしても復讐だったんだね」
「そうだ。あかねと同じだな。いろいろな道があったはずなのに私は復讐を選んだ」
「……後悔してる?」
「あぁ」
「正直!」
「すべては自分次第だ。私の今をみて自業自得だと思わざるを得ない」
先生があかねの死に対して厳しい態度だった理由が少し解った。
先生は凪の知らない、想像もできない辛い人生を送ってきていたのだ。
――――
教え子たちはみんな訳ありの子供たちばかりだった。
結婚の儀を交わさない男女から生まれた子供、また身寄りのない子供たちが施設に集められる。
多少の魔力があるとわかれば、未婚の両親や施設からの期待を一身に受けて先生のもとに預けられた。
魔導士として大成すれば、今より確実に子供たちには幸せな人生が待っているからだ。
先生の最後の教え子たち。
16歳で最年長の男子ネゲロ、向上心が強く攻撃系の魔法陣を使わせれば一番の使い手。
15歳の女子ツーフー、回復系魔法陣を得意としていて、心優しいみんなのまとめ役。
8歳の男子ケッセキ、黒魔導に興味を持っており、少々気の荒い一面を持つ。
8歳の女子ウオノメ、どんな魔法陣でもそつなく熟した天才児。5人の中でもズバ抜けた魔力量を体内に保管。
6歳男子フンリュウ、臆病で魔導の物覚えは良くなかったが、魔法陣を使わず動植物や虫と念話できる能力を持つ。
先生のいた世界では魔法陣が描かれた紙や布を所持し、必要な時にそれをかざして魔導を発動させるのが主流だった。
身体の一部に痣として魔法陣を持つ人間は先生くらいで、入れ墨にして自在に発動させる魔導士も珍しいくらいだった。
教え子には数多の魔法陣が描かれている紙を渡して、一度発動させてみるように促す。
その時に反応が良かった魔法陣から魔導の練習をはじめていく。
得手不得手は誰にだってある。
先生は白魔導では火炎系と稲妻系を得意としていたが、回復系や幻術系はからっきしダメだった。
最年長のネゲロは先生とタイプが似ており、火炎系と風系の術を得意としていた。
タイプ的に指導がしやすいこともあり、将来有望な魔導士だと期待していた。
「先生、俺はいつか最強の魔導士になってこの国とみんなを護ってやるんだ」
ネゲロがいつも言っていた言葉。
頼もしい自慢の教え子。
――――
女子ツーフーは攻撃系の魔法陣を嫌い、最後まで学ぼうともしなかった。しかし回復系の魔法陣を使わせると広範囲に発動させることができ、同時に複数人の回復を可能にする珍しいタイプだった。
回復は先生の得意分野では無かったが、先生からの魔導に対する心得を深く理解し学んでいた。
「戦争なんてなくなればいいのに、誰も死んでほしくない。死なせたくない……」
心から平和を願う慈悲に溢れた女の子。
ツーフーとウオノメ、フンリュウは施設から指導を任された子達だった。
――――
ケッセキは浅く広く魔法陣を扱えた。
ただ禁忌と呼ばれる黒魔導に興味を示しており、8歳ながら魔導の研究を独自に行なっていた。
「この魔法陣、ここの式を書き変えれば火炎魔法の色が青に変わる……熱量が上がるんだよ。こう書き換えれば魔界の炎に……」
ひとつ間違えれば黒魔道士になりかねない常に心配な子ではあるが、魔導の先を見越して物事を考えていた頭のいい男の子だった。
――――
そして、先生が生涯忘れることはないと思うほどの天才児がウオノメ。
攻撃系、回復系、幻術系、援護系あらゆる魔法陣を8歳で扱うことができた。
何より先生が驚いたのは、同時に3種類の魔法陣を発動させることだ。ネゲロに気を使ってウオノメが本気を出すことはなかったが、練習試合に本気を出せばネゲロでも手に負えなかった。
先生と2人きりの時に本気を出すように伝えて手合わせをしたことがあったのだが、教え子たちにも隠していた呪言の陣を思わず発動させてしまうほどの実力だった。
「ネゲロやツーフーにはわたしが強いとか言わないでね、先生の呪言の陣のことも絶対に言わないから……」
自信のない天才。
常に周りに気を使い、感情や力を抑えていた頭のいい女の子だった。
――――
魔法陣にまったく興味がなかった最年少のフンリュウ。
彼は魔法陣にはまるで興味を示さず、使おうともしなかった。ただ彼は人間以外の生き物と念話ができるという特殊能力を持っていた。
人間同士での念話はそう珍しくもないが、動物や植物、そして虫ともなると黒魔導術と怪しまれかねなかった。
そのため先生のもとに預けられた。
「森が眠りについて動物や虫たちが怖がりながら巣に籠り始めたよ。もうすぐ嵐が来るみたい、僕たちの授業も明日は中止だね」
生まれ持っての特殊能力者は黒魔道士狩りの対象。
フンリュウを見ていると幼い頃を思い出し、先生はなんとか魔導師として独り立ちさせたいと願っていた。
先生は教え子の思い出をひとりずつ話した。
話を聞くだけで大切に思っていた教え子だったのだと凪にはわかった。
「長い話だったけど、今日の話はスッと理解できたよ。大事だったんだね、みんな」
先生は少し照れているのか間を空けた。
「そうだな。彼らがあの頃の私の全てだったと思う。彼らといる時だけは復讐を忘れることができた」
「魔導でなんとか会えないの?」
「異世界だぞここは」
「来られたんだからみんなを呼べるかもしれないし、先生が戻れるかもしれないよ」
「戻れたとしてあの時代に帰れるわけでもない。そもそも私はすでに死んでいる人間だ、彼らも今頃天寿を全うしているだろう」
「そっか」
「あぁ」
「あのさ、やっぱりなんか魔法陣教えてよ」
「必要ない、私がいる」
「先生がいなくなったらなんも残らないじゃん、この世界にいた証みたいな物がひとつくらいあっても良くない?」
「ふむ……」
「こっちの世界にも教え子できんじゃん」
「……いつになく凪は口が上手いな」
「攻撃的なものじゃ無い方がいいな」
「魔法陣は好きなものを選べる訳ではない。適正というものがあるんだ。色々な魔法陣を試してみて反応があったものから練習していくんだ」
魔法陣を使う先見が離脱した。
凪は魔法陣を使えず、傍観しているだけの自分に嫌気が差していた。
自分だって何かの役に立ちたい、純粋にそう思い始めている。
魔法陣を教わることを先生がこの世界にいた証となる、という言葉も嘘ではない。
凪はこの生活が長く続くものではないと思っているのだろう。
先生も同じだ。
この生活が終わりを告げるとき、呪いと化した自分自身は無に還るとわかっている。
ここに生きた証を残したい。
そんな思いは今さら微塵もないと思っていた。
しかし凪の申し出に困惑しつつも、嬉しい気持ちになってしまった先生だった。
「家に帰ってから色々試してみるか」
「わたしが何の魔法陣を使えるのか楽しみだわ」
魔法陣を通して2人の信頼関係が築かれ始めていく。