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6話 ある晴れた日曜日の朝だった 


 街灯の並びに沿ってマンションまであかねは1人で歩いた。

 エレベーターに乗って部屋へ向かう。

 いつも通っている道をはじめて歩くように一歩ずつ進んでいく。

 

 「ただいま」


 「ちっ!今日もお荷物が帰ってきたわ」


 再婚相手の母親を横目に、あかねはキッチンまで歩いて冷蔵庫の扉を開けた。


 「わたしはいつも水道水しか飲んでいないのに、オレンジ、リンゴ、お酒とかいっぱい飲み物があるんだね」


 「!」


 「このケーキみたいなのおいしそう」


 「あんた!」


 「……そんな顔していたんだね。おばさん」


 「まさか……眼が見えてるの?」


 「はじめまして。もう、あなたに迷惑をかけることないから」


 「どっどうして!?」


 「さぁ、どうしてだろう……」



 ――――



 翌日の土曜日の朝。

 先見からの電話で凪は目覚めた。


 「先輩おはようございます」


 「なによ、こんな早くから。寝させろよ」


 「あかねちゃんと連絡ついて、明日の日曜11時に駅ビル集合でいいですかって?」


 「それはいいけどさ、あかねさん元気そうだったの?」


 「それが凄く元気そうで、明日をすごく楽しみにしていました」

 

 「よかった!それでも、念のため先生が遠視の陣での監視は怠るなって言ってるよ」


 「大丈夫です!今朝はトーストを焼いてジュース飲んだりしていました。おばさんが出かけているようで自由に過ごしていますよ」


 「いいじゃん、いいじゃん!」


 「昨日は1人でお風呂にも入って……」


 「おい!お前、まさか監視をいいことに覗いたのか!?」


 「ちちっ違いますよ!お風呂場に入っていくところを見ただけでそこで止めてますよ、さすがに!」


 「本当かよ、ひとの胸を見るクセのある変態だから信用できねーな」


 「信じてくださいよ、そんな常識のない人間ではないです!」


 「お前なんて、とんでもない奴がとんでもない能力を持っちまった最悪の例だろ」


 「それは先輩もでしょ!」


 「あんっ!なんだって!」


 「ひっ!」


 ふたりは不安な気持ちのまま過ごしていたが、この電話でその不安は一掃されたようだった。

 あかねは今まででできなかったことを、誰に頼ることなくひとりで生活ができるようになった。

 昨日は現状に取り乱し、絶望へ落ちていくような姿を見せたけど、眼の見える喜びを思い出してなんとか立ち直れたのだろう。

 そう2人はそう理解した。


 「まぁ、あかねさんが立ち直ったってことで今回は許してやるよ」


 「ありがとうございます」


 「それじゃ11時に駅ビルのカフェ前集合な。遅刻すんなし」


 「あかねちゃんと一緒に行くので大丈夫です。よろしくお願いします!」


 電話を切ったあと、ふたりは互いに微笑んでいた。

 凪は明日着ていく服を考えて、先見は明日の予定を計画し始めた。


 「問題なかったじゃん、先生」


 「そうか」


 「なんだよ、まだ結界陣だか何だかを気にしてんのかよ」


 「当然だ」


 「きっと陰湿ババァがあかねさんに眼を見えなくさせる魔法陣を掛けてたんだよ」


 「あかねが光を失ったのは再婚前だと言っていた。それは考えられない」


 「時系列言い始めた、探偵かよ!」


 「リストカット、あれは結界陣を傷つけるためだったのではないだろうか?」


 「なんでそうなるのさ?」


 「……」


 「まぁ、明日また会うんだしいいじゃん。考えすぎは舌に良くないよ、せんせっ」


 「やれやれ、凪と会話をしていると真剣に考えてる私の方が間違っているような気分になる」


 「こっちの世界は剣や魔法で人を殺したりしないんだよ。平和な世界っだてことをそろそろ理解しなよ」


 「それは理解している。しかし魔法陣が絡むと話は別だ」


 「へいへい。気分直しに寝起きのコーラを飲んであげるからリフレッシュしてよ」


 「おっ!黒色のシュワシュワした甘い飲み物か、あれはたしかに美味だな……」


 「よし、この件はこれでおしまい!あとは明日考えるってことで」


 「……。果たしてこんなに呑気でいいものなのだろうか」


 先生は一抹の不安を拭いきれぬままでいた。

 しかしその不安は、見事に的中するかのように日曜日の朝を迎えることになる。

 


 ――――



 お出かけ日和の晴れた空。

 せっかくの日曜日なのに凪はいつも通り7時には目が覚めていた。

 駅までは歩いて15分ほどの距離、11時までずいぶんと余裕がある。


 「今日は電車というものに乗るのだろう?あのような長い鉄の塊がどのようにしてあの速度で走っているのか非常に興味がある。楽しみだ」

 

 「乗るかわかんないよ。駅ビルで買い物してご飯食べて、時間あったら移動しようかと思ってるくらいだから」


 「ぜひ乗ってみたいものだな」


 先生の不安は続いてはいたが、興味のある電車に乗れることを楽しみにしていた。

 その時、凪のスマホが揺れた。

 先見からの連絡だ。


 「もしもーし」


 「先輩、あかねちゃんが……」


 「あかねさんがどうしたよ?」


 「……川で見つかりました」


 「川で何してるの?」


 「川で……死んでいるのが見つかったんです」


 「死ん!……ってお前、嘘にも限度ってもんが!」


 「この前のマンション裏の河川敷までこれますか?警察もいっぱい居るのですぐにわかると思います」


 「おっ、おい!」


 そのまま電話は切られた。

 凪には先見の様子から、今の話が嘘などでは無いと察した。

 

 「先生……どうしよう」


 「とにかく向かおう」


 凪は急いで出かける支度を始める。

 その時頭の中で色々なことを考え巡らせた。

 死因は聞いていないが、事故死では無い気がした。


 おそらく自殺。

 

 それが1番最初に頭を過ぎる。

 どうして死んだのだろう?もしかして眼を治したことが原因だろうか?

 

 それならわたしの責任ではないのだろうか。


 母親の自転車を借りて河川敷まで急いだ。

 先日ガス爆発のあったマンションの裏が川だ。

 橋には人だかりが見える。

 赤色灯もたくさんあって、ただ事ではない雰囲気を出していた。


 タンカーに運ばれて行く人がいる。

 ぶら下がっている左手にリストカットの跡が見えて、それがあかねだとわかった。

 凪は息が詰まった。

 

 「先生」


 「私からは見えなかった。あかねだったのか?」


 「……うん」


 少し離れたところでもサイレンを鳴らしたパトカーが走っていくのが見えた。

 先見やあかねのマンションがある方向へ向かって行く。

 

 「先輩」


 顔面蒼白の先見は大勢の人が集まる中、凪を見つけてやって来た。

 

 「先見!どういうこと?」


 「川で女の子が死んでるって朝から騒ぎがあって、その女の子があかねちゃんだったんです。それでマンションにも警察が来ていて……」


 「意地悪なババァに虐められての自殺だったってことか!?」


 「おばさんは部屋ですでに死ん……、殺されていたみたいなんです」

 

 「……ちょっ、訳わかんないんだけど」


 「殺人事件もあったからマンションは警察だらけなんです」


 「ババァが殺されったって、犯人は?」

 

 「……」


 「犯人がババァ殺ったあとにあかねちゃんを殺したんじゃないの!?」


 「母親を殺してから、自らの命を絶ったのだろう」

 

 拙い推測で事件の詳細を話すふたりの間に、先生が割って入った。


 「なんでそう思うのさ?」


 「あの手首の魔法陣はやはり結界陣だった。今まであかねの感情を封じ込めるために結界を張っていたのだろう」


 「全然意味わかんないって」


 「眼が見えたら、どうしてもやりたいことがあると言っていたらしいな。それは義理の母親への復讐だったのではないだろうか」


 「いやいや、いくらなんでも話が飛び過ぎっしょ」

 

 「本能的に手首の結界陣が殺意を抑えていることに気づいていたのかもしれない。だから結界陣を壊すためにリストカットを繰り返した。魔法陣ならともかく結界陣は傷つけたくらいで効果をなくさない。だから今まで感情を抑え続けることができていた」


 「なんで結界陣は消えたのよ?」


 「眼が見えるようになったからだろうな」

 

 「!」


 「魔法陣は基本的に術者の精神状況が大きく反映されるものだ。あかねは義母に対しての殺意はあるものの、復讐がダメなことだと理解をしてしていた。だから殺意を自ら発生させた結果陣で押さえ込んでいたのだ。しかしある日突然奇跡が起こってしまう。その軌跡によって復讐がより簡単なものになってしまった」


 「想像でしょ?」


 「押し殺せていた感情はボロボロの己の姿を見ることで津波のように押し寄せて戻って来た。恨みの感情が結界陣を崩壊させる大きなきっかけになったのだ」


 「……もし眼を治さなければ」


 「こんな事にはならなかった……いや、あるいは」


 「なら、これわたしのせいじゃん……」

 

 「最終的に決断をして実行したのは私だ、責任は私にある」


 「先生は眼の回復があかねの幸せに繋がるのだろうか?って言ってた。それをわたしが無理やりお願いしたもん……」


 「良かれと思ってのことだ、自分を責めるな」

 

 「で、結果がコレかよ……」


 「あかねが自分で選んだ道なのだ」


 「……呪言の陣で生き還らせるって無理なの」


 「無理を言うな。蘇生と人工生命に関しては白魔導、黒魔導を以ってしても悲願にして禁忌の術。命という奇跡だけは触れられないのだ」


 凪はあかねの死が自分のせいだと思い込んでいる。

 先生が考え渋っているのを面倒にさえ感じて、深く考えもせずに眼の治療を押し進めた。


 「もともとお願いしたのは僕です、先輩は何も悪くないです。」


 先見は涙を流しながら凪に謝罪した。

 凪の耳にはすでに声が届いておらず、呼吸が乱れて様子がおかしい。

 顔が青白くなり、激しい動悸を起し呼吸ができていない。

 

 過呼吸。

 

 苦しそうにその場で崩れ落ちそうになる凪を先見が支えた。


 「先輩!大丈夫ですか!?しっかりしてください」


 「凪、呼吸を正せ。死んでしまうぞ!」


 「ハッ!……ハッ!……ハッ!」


 先生はとっさに呪言の陣を発動させる。

 

 ー『正常な呼吸法に戻せ』ー。


 凪の呼吸のリズムが徐々に落ち着き始める。

 自責の念からの激しい後悔と不安に飲み込まれたことが原因の過呼吸だった。

 先見から場所を移そうと促された凪の目には、涙が溢れていた。

 

 2人は公園まで移動し、先見は買ってきた水を凪に手渡して飲むように勧めた。


 「落ち着きましたか?」


 「……うん」


 「先輩は悪くないです。お願いですから思い詰めないでください、全部僕のせいなんです。舌さんに監視をするように言われていたのに勝手に安心して止めていた。ずっと見ていればこんなことにはならなかった」


 先見も自らを責めている。

 あかねと凪を出会わせたこと。

 そして眼の治療を依頼したこと。

 自分の選択がすべて間違いだったと思っているようだ。


 「このような結果に自らを責めるのも仕方がないことかもしれない。しかしお前たちは悪くない、最終的にあかねが選んだの結果なのだ」

 

 「……」


 「魔導とは思いや念を実現させるための術だ。殺意を押し殺したいとの強い思いがあかねに結果陣を発生させた。そこまでは良かったのだが眼が見えるようになるといったイレギュラーが起こってしまった。本来なら人生の転機と捉えなければいけないものを、あかねの感情は結界陣を破ってしまうほどの復讐心へと傾倒したのだ」


 「そのきっかけを僕が作ってしまった……」


 「お前はチャンスを与えただけ、あかねはそのチャンスを復讐に使ってしまった。自業自得なのだ」


 「先生は最初から乗る気じゃなかった。もしかして結果がわかっていたの?」


 「まさか、慧眼の陣を使えぬ私がわかるはずもない。今までの経験から感じたことだ。絶望している者に手を差し伸べたとて、こちらの理想通りに道を進んでくれる者などほとんどいなかった」


 「助けた側のエゴ?」


 「そうだな。助けたところでその後の人生まで介入できない、ましてや期待などすべきではない」


 「せっかく奇跡が起こったのに……」

 

 「魔導とは思いや念を実現させるため術、魔導士とは思いや念を実現させる術を扱う者。魔道士は凪の言う奇跡を起こす者かもしれない。しかしな、結局奇跡を起こしたところでその奇跡をどのように扱うかはその人間次第なのだ」

 

 「あかねちゃんは復讐に使った……」


 「そうだ。奇跡を得たあかねは数多の未来への道が見えたはずだ。しかし選んだ道は復讐への道だった。と言う話だ」

 

 沈黙の中、ふたりは公園のベンチからしばらく動けずにいた。

 凪の目にはブランコが映る。

 この前久しぶりに遊ぶと幼かった頃両親に遊んでもらった記憶が蘇った。

 楽しかった思い出。

 あかねにはそんな家族との思い出がなかったのだろうか。

 少しでも思い出があればこんな道を選ぶことも無かったのではないだろうか。

 

 「なにもしなきゃよかった……」

 

 凪はそう呟いて、塞ぎ込んだ。

 


 ――――


 

 しばらくして、あかねの遺書が見つかったと警察から先見へ連絡が入った。


 透くん。

 

 今までこんな私を相手にしてくれて本当にありがとう。

 この御恩は決して忘れません。凪ちゃんと会わせてくれたこと本当に感謝です。

 これで夢を叶えることができる。

 日曜日のお出かけは行けそうにありません。約束守れなくて本当にごめんなさい。

 透くんは私を軽蔑すると思う、だけどこれが私の幸せなんです。

 さようなら。


 のちに事件の真相は、概ね先生の予測通りだと警察からの発表で知ることになる。

 

 ふたりは魔法陣を扱う者として心のどこかで慢心があり、魔導を軽んじているところがあったのだろう。

 しかし今回あかねの死と直面したことで、魔導を扱う者としての責任の重さを学ぶことになった。


 奇跡を起こせても結局奇跡をどのように扱うかはその人間次第。

 先生のその言葉は凪の心に深く刻まれた。


 こんなことが起こっても世間は通常運転。

 橋の人だかりもすぐに無くなった。

 すぐに今日のことはみんなから忘れられていくのかもしれない。

 

 でも凪と先見は自らの戒めとして決して忘れることはないだろう。

 晴れない心で魔導を学んだ、ある晴れた日曜日の朝だった。


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