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3話 ニラもコンビニで買えたらいいのにな


 「凪。今日大変だったんでしょう?ごめんね警察署まで迎えに行けなくて」


 「別に」


 「前に言ってたアルバイト先で絡んできたおっさんでしょ?やっぱりストーカーだったんだね」


 「うん……」


 「で、ベロのイボは取れたの?」


 「ヤブ医者のせいで舌の感覚が無い」


 「麻酔がまだ聞いてるのね、ご飯はまだ食べない方がいいわね」


 凪の母親が帰ってきた。

 ストーカー事件があったと知り、仕事から急いで帰って来たのだ。


 「お粥でも作ろうか?」


 「沁みそうだからやめとく」


 「それじゃ明日ベロが痛く無かったらあなたの好きな物を食べに行こうか?」

 

 「焼肉かな……」


 チョベリバが言った通り、普通に会話をすれば外食の希望が叶った。

 本当は舌のアザの話もしたかったが、まだ言うべきではないと留まった。

 

 しばらくすると母親は食事の摂れない凪のためにと、飲むゼリーを買いに出かけた。


 

 「おい、凪」


 「なに?」


 「身体が痛い」


 「はぁ?」


 「私の身体に激しい痛みがじわじわと迫ってきている」


 一瞬、呪言の陣の代償ではないのかと思ったが、凪は痛み止め薬の効果が切れたのだと気付いた。

 麻酔が切れて痛み始めたら薬を飲むように言われていたことを思い出し、慌てて飲み込む。


 「15分くらいしたら痛み治まると思う」


 「そうか……」

 

 「家族いるときには話しかけないようにね」

 

 「承知している。しかし優しい母親だな」


 「普通っしょ」

 

 チョベリバは凪の母親をみて、自らの母親を思いだした。

 とても優しい母親だった。

 幼い頃は母のつくるスープが大好きだった。


 「あのさ、異世界から来たくせになんで日本語しゃべれんのよ?」


 「それを言うなら、なぜ凪はアンダース語を話せるのだ?」


 「?」

 「?」


 「異世界転生って、その辺りは調整されてるってこと?」


 「わからん……」


 会話で意思疎通が図れていることは救いだった。

 しかし産まれた世界が違い過ぎて、1つ1つの事柄をすり合わせることに苦労した。

 そんな中、凪の質問は続く。

 

 「魔法陣って呪いその物なんでしょ?そのあんたが黒魔術使った場合でも代償必要?呪いが呪いを呪うとどうなんの?」


 「!?」

 

 「自分自身を使ってんだしさ、代償とか罰とか無いんじゃないの?ある方がおかしくない」


 「……前例が無いので考えもしなかった。その理論がもし通るなら……」


 「あんたやりたい放題じゃん」


 「……」


 「ってことはよ。わたしも無敵の力を得たことになるね」


 チョベリバは凪の指摘に驚いた。

 口の悪さが先行しているが、凪の洞察力や考察力を目の当たりにしたことで頭のいい人間だと思った。

 だからこそ危険だと判断する。

 この呪言の陣の使い方をいち早く理解し、この世界の秩序を乱しかねる恐れがあるからだ。


 「人を呪わば穴二つだ。私はこの力で人を殺めたため罰を受けてここにいる。たとえ呪いの代償が無くなったとしても2度とそのようなことに力を使うつもりはない。人としての理性を失ってはいけない。凪までこちら側の人間になってはいけないのだ!」


 「当たり前っしょ!なんで人を殺すから入るかな!そんな恐ろしいことに使う訳ないわ!」


 「……そっそうなのか?」


 「まったく、転生前の世界どんなよ」


 

 口と舌の会話は当分噛み合いそうにない。

 



 ――――


 

 朝のさわやかな日差しが凪の瞼を照らす。

 凪はベッドに横たわりながら伸びをしてゆっくりと身体を起した。

 いつもなら目が覚めても10分はベッドの中で時間を持て余す。

 それなのに今日はシャキッと目覚めて、すぐに起き上がることができた。


 「起きろ、朝から修練所に行くのだろう。おい!」


 昨夜、いろいろとこの世界のことを教えている時に学校の説明をしたらやたらと興味を持ったこの舌が起こすからだ。

 

 凪はチョベリバとの登校を不安に思っていた。

 一般人には舌の魔法陣は見えないらしいのだが……本当だろうか。

 いささか信用し難いものがある。

 当然ながら2人きりの時以外は声を出さないように約束を交わしている。

 

 人の心配をよそに、チョベリバは授業を凪より真剣に受けていた。

 そのおかげで凪に話しかけてくることは無かった。

 また本当に舌の魔法陣は友人達に見えないようで、口をめいっぱい開けて笑ったとしても誰にも気付かれることは無かった。

 

 ようやく昼休みを迎えた凪は、ひとりになるため昼食も食べずに屋上へ急いだ。


 「そんなに授業って楽しい?」


 「あぁ無論だ。内容はもちろんのこと、人への教え方も勉強になる」


 「チョベリバって、生きてた時なにか教える仕事をしてたの?」


 「それも昨日言ったはずだが……魔術の指導者をしていた」


 「えっ!すご!」


 「言ったぞ……本当に人の話を聞かん奴だな」


 「あんな話下手で、よくも教えられたもんだわ」


 「……」


 両親が処刑されてからチョベリバは独学で魔術を習得した。

 魔術資格は10段階あり、素晴らしい才能を持っていたチョベリバは5年ほどで7段階の魔術資格を獲得することができた。

 6段以上の魔導士は下位の魔導士を指導できる権限を得られるので、チョベリバは指導者を生業としていた。

 

 「それじゃチョベリバって呼び難いしさ、先生って呼ぶわ」


 「先生!?」


 「うん、そっちの方が呼びやすい。いいっしょ?」


 「久しぶりだな、そう呼ばれるのは……」


 「決まりってことで」


 数時間ぶりに会話を交わし、凪とチョベリバから改名を受けて先生になったコンビが教室に戻ろうとした。

 その時、階段から男子生徒が屋上へ上がって来る姿が見えた。

 凪は気にせず階段へ向かって進むと、その男子生徒は凪へ向かって叫んだ。


 「そこから動かないで!」


 「!」


 凪は驚き立ち止まると、目の前を鳥の糞が通り越して足元に落ちた。

 あと一歩進んでいれば頭頂部に直撃しているところだった。


 「ぎりぎりセーフ!危ないところでした」


 そう言うとその小柄な男子生徒はニコニコしながら、凪の横を通り過ぎていった。

 凪は叫ばれたことに驚いたものの、すぐに彼のおかげで鳥の糞直撃を回避できたのだと理解した。

 

 「えっと……あんがと」


 凪は男子生徒の背中越しに礼を言った。

 彼は振り返り、恥ずかしそうに凪を見ながら会釈をした。

 凪がそのまま階段を降りようとすると、今度は先生が凪に止まるように囁いた。


 「なによ?」


 「あの男」


 「糞からわたしを救ってくれた奴」


 「気付かないか?」


 「なにが?」


 「糞が凪に当たることを防いだのだぞ」


 「鳥に詳しいか眼がいいんじゃね?」


 「奴の眼を見なかったのか」


 「つぶらだった」


 「……奴の両目に魔法陣が刻印されていた」


 「はぁ!?」

 


 ――――


 

 魔法陣なんて異世界の物。

 ましてやその魔法陣を身体に宿しているなど、この世界では凪だけだと思っていた。

 しかし共同生活2日目にして、両目に魔法陣を刻印している男子と出会った。


 「凪は私をみて驚いていたが、こっちの世界でも案外ポピュラーなようだな」


 「それはないから……」


 「術の系統は白魔術の慧眼けいがんの陣といったところか。攻撃的な印象はない」


 「向こうもこっちに気付いたかな?」


 「わからん」


 「呪言の陣で聞いたらいいんじゃない?」


 「それは危険だ」


 呪言の陣は最強の黒魔術にあたるが、事前に術の存在を知られていると対処方法で構えられる可能性が高くなる。

 呪反の陣や呪解の陣を宿されていると、呪言そのものを返されたり無効化して対応されることがある。

 呪反の陣で呪い返しを喰らうと、危険な状況に追い込まれかねない。


 「奴のことは警戒しつつしばらくは静観だ。こちらからのアプローチは避ける」


 「悪い奴じゃねーし、そんな警戒しなくてよくない?」


 「念のためだ」


 先生には懸念ができた。

 それは凪以外の人間で魔法陣を宿す人間が簡単に見つかったことだ。

 もしかするとこっちの世界では魔導士という存在が居ないだけで、知らず知らずに魔法陣を身体に宿して無意識に扱っている可能性がある。

 一般の者には見えないが、魔法陣を扱えて魔道に精通する者なら凪の魔法陣の存在にすぐ気付いてしまう。

 そのためしばらくは警戒を解くべきではないと判断した。

 

 「最悪だ!」


 「どうした?」


 「パパの都合で今日の焼肉は延期だって連絡きた」


 「そうか」


 「今日は鍋って」


 「鍋?どのような物か楽しみだ。昨日のゼリーも美味かったが昼に食べたベントウも美味かった」


 「なんか先生って寄生虫みたいよな」


 「……」



 ――――


 

 母親から下校時に鍋の具を買ってくるように連絡が入った。

 キムチ鍋にするのにニラを買い忘れたとのことだ。

 ニラはコンビニで売っていないからスーパーまで行かなくてはならない。

 面倒くさい頼みごとに凪は不貞腐れた。

 ただ先生は異世界の景色や街並み、人や店が観察できるから喜んでいた。


 家までは少し遠回りになる。

 先生は景色を見やすい様に凪へ常に大きく口を開けて歩くよう注文を付けたが凪は断固拒否した。

 先生はこの異世界の物に対して興味津々だ。

 とにかく質問が多く、電車を近くで見て大興奮している。

 馬より早く鉄塊を動かしていると言い出して、その魔導術を勉強したいと言っていた。

 それとは別に、テレビとスマホには恐怖を感じているようだ。


 「万物を薄い板の中に封印する外道魔術。こんな術聞いたことが無い。封印された者は板の中で生活をさせられているのか?」


 「だからこれはスマホといって電話や調べ物ができる機械だって。映ってるのは動画ってやつで、全部作り物だから」


 「創られた者?ホムンクルス!この世界ではホムンクルスの創造に成功したのか!?」

 

 こんな感じなので話はなかなか進まない。

 昨日はゼリーの食感に驚き、今日は凪の母親が作った弁当のから揚げ(冷凍物)を絶賛していた。

 先生の母親が作ったスープを簡単に超えるおいしさだと言っていた。

 凪の好物である焼肉を楽しみにしていたが、すでに変更になった鍋へ興味を持っている。

 なんだかんだで新世界を楽しんでいるのだ。


 

 スーパーへ向かう途中にある公園前の交差点。

 赤信号で凪は立ち止まった。


 「ボールを追いかちゃダメだよ!」


 聞き覚えのある声がした。

 慌てて周囲を見渡すが周辺には人もボール見えず、左から来る自動車だけを確認できた。

 

 すると突然公園から跳ねたボールを追いかけた子供が自動車の前に飛び出してきた。

 そのあとを追って、あの男子学生が追いかけて来たが躓いて道路で倒れてしまった。

 2人に自動車が迫る。

 凪は轢かれる2人を目の当たりにして叫んだ。

 

 「あぶなーい!」

 

 先生は凪の叫びに併せてとっさに呪言の陣を発動させた。

 

 ー『止まれ!』ー。


 すると自動車はブレーキ音も出さずに2人の直前で静止した。

 男子生徒は腰が抜けて立ち上がれず、運転手も人を轢いたと思ったのか自動車から出てこれず固まっている。

 凪はすぐさま子供と男子生徒の元へ向かい、ふたりを歩道に移した。

 

 騒ぎに気付き子供の母親が駆け寄って来た。

 母親は子供抱きしめて無事を喜び、凪たちに何度もお礼を告げて帰って行った。


 「先生いいとこあんじゃん」


 「あの瞬間、凪の感情が何を望んでいるのかがわかった。無事で何よりだ」


 男子生徒は跪いたまま放心状態だ。

 先生は凪に頭を叩いて意識を戻させるように提案をした。

 凪は速やかに大きく振りかぶって躊躇なく頭をひっぱたたいた。

 その力加減の無さに先生は少し引いてしまったが、その衝撃で男子生徒は正気を取り戻した。


 「はっ!ぼっぼくは……」


 「よう。気ぃついたか」


 「あなたは……鳥の糞の人」


 「呼び方な」


 「そうだ、子供は!?」


 「無事ママと帰って行ったよ」


 「僕、間違いなく死んだと思ったのに」


 男子生徒は躓いてからの記憶がなかった。

 子供が無事だったことも知らず、母親とともに帰宅していったことも記憶がない。

 助かったことに不思議そうだった。

 

 凪はこの機会に彼の目のことを聞こうかと考えた。

 その時、先に男子生徒から質問が飛んできた。


 「あの……白居先輩、気になっていたんですがその舌の絵はなんですか?」


 「えっ?」


 「舌にタトゥー入れてるんですか?」


 「あんた見えてるの?」


 魔導に精通する者なら舌の魔法陣の存在にすぐ気付かれる。

 男子生徒に舌の魔法陣は見えている。

 先生の言っていた通りなら、男子生徒は魔導にかかわりがある者になる。

 

 ただ魔法陣という物をわかっていないような口振りだ。

 そして、なにより気になったのは凪の名前を知っていたことだ。

 いろいろと聞きたいことがある。

 

 ー『術の発動を禁ずる』ー。


 先生はすみやかに呪言の陣を使って、男子生徒の力を使用不可にした。

 これから話し合うのに、変な行動を取らせないように先手を打ったのだが、男子生徒は急にうろたえ出した。


 「あれ?なんか目が変だ。いつもと見え方が違う、コンタクト外れたのかな……」


 「あんたに聞きたいことがある」


 「なんでしょう?」


 「なんでわたしの名前知ってる?」


 「学校でぺちゃパイのヤンキーで有名ですから」


 「……。私の舌、学校で気付いてた?」


 「いえ、胸ばかり見ていたので舌見てませんでした」


 「……」


 「舌の絵が何か知ってるの?」


 「なんです?変な質問ばっかり。僕のこと好きなんですか」


 「……。お前殺す!」


 「凪、落ち着け」


 先生が割って入ってきた。

 術の封印に成功したので、なにかあれば記憶を消せると判断したのだ。

 先生は男子生徒に問い掛ける。


 「お前の目に宿りし魔法陣の効果はなんだ?」


 「だっ誰がしゃべってるんです?」


 「見えているはずだ。私は目の前にいる凪の舌の魔法陣だ」


 「ひぃ!」


 ー『答えろ、お前の目の能力を』ー。

 

 「……」


 応答がない。

 呪言の陣を使って質問を答えさせようとしているのに男子生徒は答えようとしない。

 ということは本人が目のことを理解していないということになる。


 「こいつは魔法陣のことをなにも知らない、自分自身の能力も……」


 「マジか!」


 男子生徒は目を擦ったり、まばたきを繰り返して目薬を打ったりと落ち着きがない。

 術の発動を禁じたため、目の力が封じられて視界がおかしいようだ。

 今度は凪が質問をした。


 「あんた、名前は?」


 

 「僕は1年の先見……先見 透です」

 

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