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1話 異世界へ転生した異世界陣(人)


 聖教アンダース王国。

 

 

 各国が武力や魔力により激しい戦争を繰り広げる中、広大な土地と豊富な資源を保有し、優秀な剣士と魔導士を多く抱えている強大国だ。


 神により造られた国と謳い、神の御加護から授かりし白魔術の研究に国をあげて取り組んでいた。

 相反する黒魔術は御法度とされて、黒魔導士狩りが頻繁に行われているほどだった。


 この国では白魔導士を官職に分類しており、国王直属はもちろん城内貴族直属となると宮廷魔導士と称されて神格化されていた。

 宮廷魔導士は民間魔導士とは次元の違う待遇が約束されるため、貧富の激しい民間魔導士のほとんどが城内入りの魔導士を夢見ていた。


 城内入りできる魔導士は白魔導士に限られ、黒魔導士は認められない。

 求められし聖法白魔術と、忌み嫌われし邪法黒魔術。

 国中の魔導士は権力を求め、白魔術の鍛錬に人生のほとんどの時間を費やしていた。

 

 魔導書にて学べる白魔術ではみんなの実力が横一線となり、注目を得るための決めの一手が不可欠となった。

 貴族の目を引くために周りの魔導士が持たない力を求め、隠れて黒魔術の研究や習得に精を出す者も少なくはなかった。

 ただ黒魔術は悪魔との契約を果たし借り入れる力であるため、代償に悪魔へ供物を捧げなくてはならない。

 それゆえ神により造られたこの国では、黒魔導士は悪魔に仕える者と忌み嫌われた。


 黒魔術の研究や習得の噂が立つだけで、魔導審問官の手により処刑の対象となる。

 生まれつき特殊な能力を持つ者も黒魔導士と見なされるため、幼い頃からひた隠しに生きなければならなかった。

 

 

 優しい両親の元、貧しいながらも幸せな家庭で育てられた彼もその1人だ。

 幼い頃に不思議な力が覚醒してからも両親は彼を愛し、彼も両親を愛した。

 

 生まれつき舌に円形の痣があったのだが、成長するにつれてその痣は魔法陣の形を成していった。


 のちにその魔法陣は呪言の陣というものだとわかった。

 

 呪言の陣とは対象に向かって放った言葉が、その言葉通りの効果を対象へ与える呪いの一種。

 魔導書には記載があるものの、伝説扱いにされている黒魔術の1つだ。

 

 そんな術を魔導士の家系でもない男の子に宿ってしまった。

 驚いた両親は、今まで縁の無かった魔法陣について慌てて勉強を始めた。

 

 彼は6歳の時に舌の魔法陣に気付き、8歳でその能力を発動させてしまう。

 両親は呪言が黒魔術の一種だと知り、彼が呪言の陣の発動をコントロールできなかったため、外部での会話を一切禁止にするよう命じた。


 周りには喉の病で言葉を発せなくなったと嘯いた。

 そこまでして家族は平和に暮らす道を選んだ。

 万が一に黒魔術がバレても、呪言の陣により相手の記憶を消すことくらい容易だった。


 しかし、彼が18歳の時に事件は起こった。

 彼の両親が黒魔導士だとあらぬ噂が立ってしまったのだ。

 いや、噂が立たずとも魔導審問官は自分たちのノルマのために何人もの村人を強制連行し処刑していた。

 

 事実無根だと訴えたところで、目を付けられればすべてが終わり。

 魔導審問官に連れていかれて、即日処刑が執行さる。


 両親は公衆の面前で張り付けにされ、3度の火炙りを課せられた。

 彼は両親の無実を訴えたかったが、周囲には声を出せないことになっている。

 それに連行される直前に、両親は彼に耳打ちをしていた。


 「何があっても、声を出してはいけないよ」


 その時の彼は両親からの最後の言い聞かせを守るしかないと思っていた。


 目の前で火炙りにされる両親。

 声を出さずに泣くことなどできる訳がなかった。

 そのため彼は初めて公の場で呪言の陣を発動させることになる。



 ー『僕の声は誰にも聞こえない』ー。


 

 その一言で、彼の声はその場にいる誰の耳にも届かなくなった。

 どんなに叫んでも泣いても聞こえない声。


 その日彼は、周りを気にせずひたすら咽び泣いたのだった。



 ――――



 彼は国と法、なによりも魔導審問官を恨んだ。

 

 優しい両親を処刑し、幸せだった家庭を壊した魔導審問官8人に対して彼は復讐を決心した。

 唯一使える黒魔術、呪言の陣を一層研究して己の力へと昇華させようとした。


 両親から黒魔術を発動させるには代償が伴うことを聞かされていたため、術を発動させるにしても内容は至って簡素なものだけだった。

 

 一瞬だけ人や動物の動きを止める。

 黒魔術師と疑う人物の記憶を消す。

 家族の軽い怪我の回復。

 そして両親が処刑された日の、周囲に彼の声を聞こえなくする。

 

 くらいのものだ。


 

 人を呪わば穴二つ。とはよく言ったもので、術を発動させる度に呪言とは呪いの一種なのだと気付かされた。

 大した内容ではなくとも、術を発動させた後に必ずしっぺ返しがやってくるのだ。


 相手の動きを止めた後には、己の身体にダルさを感じたり、相手の記憶を消せばこちらも相手に対しての何かしら記憶が消えて行く。

 誰かの怪我を治せばこちらに傷が移り、声を聞こえなくするば自分の聴覚にも支障がみられるようになった。

 ただすべて一過性のもので、代償で返ってきた呪いも数時間経てば回復するといった軽いものとして済んでいた。

 

 その観点から言えば、対象に「死ね」などと呪言を掛けるようなことがあれば、たちまち自分自身の命を落とすことになる。


 呪言を研究して数々の実験を繰り返したうえで、彼はこの術を安易に使用してはいけない術だと決定付けた。

 復讐を実行する時の切り札としてだけ使うと決めた。

 復讐の際、呪言だけで魔術審問官8人と対峙することはむずかしいと判断し、白魔術の習得も目指した。

 両親を失ってから10年もの月日を掛けて独学で魔導を習得し、魔術審問官8人への復讐を着々と準備した。

 

 魔導審問官への復讐がうまくいけば、国王や貴族をも巻き込むつもりだった。

 彼はこの国自体が変わらねばならないと、心から思った。

 罪なき弱者を噂や気まぐれだけで処刑するなど許してはいけない。その思いが強かったのだ。


 彼は周到に準備をすすめ、両親が処刑されたちょうど10年目にあたる日の夜に、1人城内へと復讐のため攻め込んだ。


 

 ――――



 たった一人の民間人の反乱。


 深夜に突然城が攻め込まれる。

 そんな前代未聞の出来事に城内は震撼する。

 

 城に常駐するのは騎士や憲兵、そして宮廷魔導士に魔術審問官だ。

 そんな強者が待ち構える城に対して、反乱や謀反を起す者など考えたこともなかった。

 そのためたった1人の侵入に城内は大混乱を見せた。

 

 城内の部屋の配置は、その昔召使として働いていた者から金を握らせて聞いていた。

 とにかく彼の狙いは8人の魔術審問官の命。


 彼は城に侵入すると真っ先に魔導審問官の宿舎の前に向かった。

 手練れの審問官とはいえ、寝込みを狙えば一溜まりもない。

 彼は白魔術の聖炎の陣を使い、いとも簡単に5人の魔導審問官の殺害に成功した。


 ところが6人目を仕留める際に攻防が発生し、その騒ぎを聞きつけた憲兵達が集まり始めた。

 憲兵は笛を鳴らして緊急事態を周囲に知らせる。

 宮廷騎士団や宮廷魔導士の到着は時間の問題となった。

 審問官だけでも充分に厄介なのに、他が揃うとかなり面倒になる。


 審問官は残り3人。

 彼は命を捨てる覚悟でここまでやって来た、なんとしてでも3人の魔導審問官を殺さなければならない。

 今のところ狙いは魔導審問官だと気付かれてはいない。

 おそらく国王か貴族狙いで攻めて来たと思われているはず、守りの兵力がそちらに分散されるので好都合だと思った。


 2人の審問官も駆けつけてきた。

 これで8人が出揃ったことになる。


 騎士団や魔導士が来る前に復讐を終えなければならない。

 憲兵が集まり弓や剣を構えている。

 中長距離攻撃できる弓隊は厄介だ。

 

 彼は封印していた黒魔術をいよいよ解禁することにした。

 舌に刻印されし魔法陣が青白く光る。

 

 ー『全員動くな!』ー。


 大声をあげ呪言の陣を開放した途端、その場に居る全員の動きを封じることに成功した。

 そして彼は3人の審問官にとどめを刺すため、右腕に白魔術の聖炎を召喚した。

 審問官達は動けず恐怖に慄いている。


 これで決める。

 

 1つ目の目標達成を確信して彼は聖炎を放つ。

 しかし、その瞬間彼の右腕は切断された。


 「痛ぅ!」


 反応すらできなかった突然の攻撃、それは宮廷魔導士の到着を知らせる攻撃。

 遠方から聖風の陣を使い、風の刃にて彼の腕は切断されたのだった。

 彼の手から放たれた聖炎の軌道はずれて審問官1人にだけ直撃し、他も2人はその場から逃げがしてしまった。

 腕を切断された衝撃で、呪言の陣が解除されたのだ。


 彼は最悪の状況を迎えてしまった。


 少し離れたところから一人の宮廷魔導士が声をあげた。


 「その賊は呪言の陣を扱うようだ、近づいてはならない気を付けよ!」


 「なんと!」


 周囲がざわつき始めた。

 

 「両親を魔導審問官に処刑された報復のようだ。狙いは審問官だ」


 宮廷魔導士の中に心を読む術者がいる。

 心を読むなど黒魔術にあたるはずだ。

 公にしていないだけで宮廷魔導士の中には黒魔術に精通する者がいたのだ。

 

 彼の情報はすべて筒抜けにされてしまった。


 全員が彼から距離を取るため離れ始めた。

 呪言の陣は距離が遠のくほど効果が薄まると知られているようだ。


 彼は遠隔から宮廷魔導士の聖雷と聖風の白魔術による連続攻撃で狙い撃ちにされ、全身に大ダメージを受ける。

 絶え間ない衝撃が彼に襲いかかった。

 全身の血肉が辺りに飛び散り、復讐に終わりが見えた。


 死を覚悟した彼は、2人の審問官の内1人でも道連れにしようと最後の呪言の陣を発動させた。


 ー『死ね!』ー。


 その言葉を大声で叫ぶと、逃げて行く審問官の1人がその場で倒れた。

 呪言の陣の効果により即死だ。


 人を呪わば穴二つ、今の呪いの代償は間違いなく己の命。

 宮廷魔導士の攻撃で死を覚悟した彼は、最後の切り札を使った。


 彼は両脚を聖雷で打ち抜かれ、その場に倒れ込む。

 すでに虫の息だ。

 積年の復讐を果たしきれず、ひとりの魔術審問官を残して背を地に着けてしまった。

 

 ピクリとも動けなくなった彼から、戦意が消えたことを宮廷魔導士の感知術で確認された。

 死にかけとは言え、呪言の陣の使い手には警戒は必要だ。

 審問官の最後の1人は呪反の陣をその身に宿し、死に逝く彼へと近づいた。

 数多の人間を処刑してきた審問官は、彼の顔を見ても何の記憶もない。


 「貴様、よくもやってくれたよなぁクソがよぉ!」


 審問官はそう言うと彼の頭を蹴り上げた。

 蹴られても反応が無いことを確認すると、安心してゾロゾロとみんなが集まり始めた。


 「あんまり近づいてはならんぞ。少しだがまだ意識はあるようだ」


 審問官のその言葉を聞いて周りは足を止めた。


 「今の俺は呪反の陣を施しているため呪言の陣は効かん。こいつのとどめは俺に任せてもらおうか」

 

 呪反の陣の付与によりすべての呪いを弾くことができる審問官は、恐れることなく彼に顔を近づけた。

 そして今にも死にそうな彼の耳元でささやく。


 「悔しいだろう復讐も果たせずによ、何か言い残すことはあるか?聞いておいてやるよ」


 「…………す」


 「あん?」


 「いつ……わっ……で……殺す」


 「……あっそう」


 審問官はそう言うと、彼の喉元へ手に取った短剣を突いてとどめを刺した。

 

 これで完全に復讐は失敗に終わり、返り討ちにて彼は生涯を終えたのだった。



 

 ――――



 

 かすかな痛みを身体に感じ、彼は目を覚ますと真っ暗な空間の中にいた。



 時々、強い光が前方より差し込む。

 自分の意思とは裏腹に身体が波打つように動いていることがわかる。


 「ここは洞窟の中か?確か私は復讐に失敗して……」


 彼が自らの状況を把握しようとしていると、また前方から強い光が差し込み後方から大きな声が聞こえた。


 「舌癌の一種かもっていうから手術したのに、違いましたってふざけんなし!」


 その音量に彼の全身は震えた。

 その震えで身体が痛む。

 声の出所へ向きたいのだが、どうも身体が自由に動かせない。

 

 しばらくすると大きな光が正面から差し込み、外の世界を少し見ることができた。

 彼が目にしたものは、女の巨人が舌を出しながらその顔を鏡で見ている姿だった。

 巨人の舌には見覚えのある魔法陣が刻印されている。

 

 「なんか舌のアザでかくなってんじゃん!模様みたいになってっしキモ!」

 

 再び凄い音量で声が後ろから襲ってくる。

 驚いた彼は思わず声を出した。

 

 「なんだこの巨人は、私は巨人の口の中にいるのか!?」


 「んっ?誰かなんか言った?わたしのこと巨人って言った?」


 そう言って巨人が口を閉ざすと、辺りはまた暗闇に包まれた。

 今の出来事で、先ほど背中から聞こえた声の主がこの巨人だということが理解できた。

 また彼が洞窟の中だと認識していたこの場所が、巨人の口の中だということも理解できた。

 ただ理解できないことがひとつある。

 勘違いだと思いたいけれど、巨人の舌に見えた魔法陣は勘違いで片付けられなかった。

 あれは間違いなく呪言の陣だったのだ。

 巨人の女が鏡に舌を出して映った時、本来彼の姿が確認できるはずの場所に彼の姿はなく、そこには巨人の舌に刻印されている魔法陣が映っていた。

 

 それが何を意味するのか。

 

 彼は落ち着いて現状を理解しようとした。

 周りから話し声が聞こえてくるため、外部にはこの巨人を囲むように何人かの巨人がいるとわかった。

 声の数からして巨人が外に2体はいる。

 彼は呟く。

 

 「この巨人の正体は……」


 するとまた巨人の口が開き大音量で声が発せられた。

 

 「おい、また誰か巨人っていったよな?」


 外からは「言っていないよ」と合唱しているかのように数人の声が聞こえてくる。


 「身長160センチなんて普通っしょ!あんたらが150センチとかでちっさいだけだし」

 

 女の巨人は160センチと言った。

 160センチと言えば普通の人間のサイズだ。

 彼が巨人だと思っていたこの女は、実に普通の人間サイズということになる。


 ということは。

 

 彼は今、普通の人間の口の中に居るということだ。

 彼は人間の舌に魔法陣として刻印していることになってしまう。

 頭の整理が追い付かずパニック状態だ。

 

 そこにまた大きな光が差し込み、女が舌を出しながら鏡を見つめて話しだした。


 「手術したのになんで消えてないんよ、この舌の丸いアザぁ……」


 復讐に失敗し、絶望しながら命を落としたはずの彼はさらに絶望した。

 

 黒魔術とは悪魔との契約。

 呪いには代償が必ず発生する。

 その代償は一生をかけて続くものだと思っていた。


 でもそれは違ったようだ。

 一度、黒魔術へ足を踏みいれると、呪いも代償は死んだ後にでもついて回るようだ。

 

 

 彼の転生先、それは人間の舌に刻印された魔法陣そのものだったのだ……。


 


 

 


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