第五話『揺れるブランコと、最初の共同作業?』
翌日の放課後、美術室の片隅(私の定位置)には、昨日まで存在しなかったホワイトボードが立てかけられていた。ご丁寧に「港町ゴースト(未満)バスターズ 作戦本部」なんていう、私が全力で却下したい名前までマジックで書かれている。もちろん、こんなものを持ち込んだのは、隣で目を輝かせている張本人、天野 晴、その人だ。
「よし! じゃあ、記念すべき初活動のターゲットを決めよう!」
ハルちゃんは意気揚々と、自作だという調査ノートを開いた。表紙にはデフォルメされた私とハルちゃん、そしてなぜかニャンゴロ先生(妙にリアル)のイラストが描かれている。中には、昨日話した港町の怪奇現象の噂が、几帳面な文字と下手うま系のイラスト付きでまとめられていた。
「まずは手始めに、『夜中に誰も乗ってないブランコが勝手に揺れる』公園から行ってみない? なんか、一番怖くなさそうだし!」
「……怖くないって、ハルちゃん昨日怖がってたじゃん」
私が冷静にツッコミを入れると、彼女は「あれは幽霊だと思ったから! ナゴリちゃんなら大丈夫!」と、よく分からない理論で胸を張った。ナゴリちゃんなら大丈夫、とはどういう基準なのか。
結局、ハルちゃんの勢いに押し切られる形で、私たちの「初任務」は、例の公園のブランコに決定した。ホワイトボードに「ターゲット:公園のブランコ(ナゴリちゃん?)」と書き込むハルちゃんを横目に、私は重い腰を上げた。本当に、大丈夫なんだろうか。
公園へ向かう道すがら、ハルちゃんは質問攻めだった。 「ナゴリちゃんって、いつもどんな風に見えるの? 透けてるの?」 「色は? やっぱり青白いのかな?」 「声とか聞こえる?」
私は一つ一つ、なるべく簡潔に答える。「透けて見えることも、普通の人みたいに見えることもある」「色は色々。その時の感情とかで変わる気がする」「声は、ニャンゴロ先生みたいな特別なナゴリじゃなければ、基本的には聞こえないかな。雰囲気でなんとなく分かる感じ」。
私の拙い説明に、ハルちゃんは「へえー!」「なるほどー!」と感心しきりだ。その反応が、なんだか新鮮だった。今まで、この力のことを話せる相手なんていなかったから。誰かに話しても、きっと気味悪がられるだけだと思っていた。でも、ハルちゃんは違う。怖がるどころか、純粋な好奇心で私の世界を受け入れてくれている。それが、少しずつ私の心を解きほぐしているのを感じていた。
公園に着くと、夕暮れ時のオレンジ色の光が、遊具たちに長い影を落としていた。子供たちの姿はもうなく、静かだ。そして、問題のブランコは……確かに、ゆっくりと揺れていた。キィ…コ、キィ…コ、と、か細い金属音を立てて。誰も乗っていないのに。
「……本当だ。揺れてる」
ハルちゃんが、ごくりと唾を飲む。さっきまでの威勢はどこへやら、少しだけ緊張した面持ちだ。
私は目を凝らして、揺れるブランコを見た。いる。やっぱり。 ブランコの座面に、小さな子供くらいの大きさの、半透明のナゴリが座っていた。おかっぱ頭の、ワンピースを着た女の子のような姿だ。足元は地面についていないのに、楽しそうに足をぶらぶらさせている。その動きに合わせて、ブランコが揺れているようだった。特に邪悪な感じはしない。ただ、少し寂しそうな、誰かに気づいてほしいような、そんな気配が漂っている。
「……子供のナゴリみたい。たぶん、昔ここでよく遊んでた子の想いかな。寂しくて、誰かに遊んでほしくて、ブランコを揺らしてるのかも」
私が小声で説明すると、ハルちゃんは「そっかー、寂しいんだねー!」と、妙に納得したような顔をした。そして、次の瞬間、誰も予想できない行動に出た。
「よーっし!」
気合を入れると、彼女はいきなり問題のブランコの隣にある、もう一つのブランコに向かって駆け出したのだ。そして、ひらりとそれに飛び乗ると、勢いよく漕ぎ始めた。
「ねーっ! 一緒に遊ぼーっ!」
ナゴリに向かって、彼女は満面の笑みで叫んだ。
「ええっ!? ハ、ハルちゃん!?」
突然の出来事に、私は素っ頓狂な声を上げるしかない。ハルちゃんの突飛な行動には、ブランコに座っていたナゴリも驚いたようで、ピタッと動きを止め、きょとんとした顔でハルちゃんを見つめている。
しかし、ハルちゃんはお構いなしだ。ぐんぐんブランコを漕ぎ、高いところまで達すると、「やっほー!」と楽しそうな声を上げる。そのあまりにも楽しそうな様子に、子供のナゴリもつられたのだろうか。ゆっくりと、またブランコを揺らし始めた。
夕暮れの公園に、二つのブランコが並んで揺れる。片方には太陽みたいに笑う女の子、もう片方には半透明の小さなナゴリ。少し不思議で、でもなんだか微笑ましくて、コミカルな光景だった。
しばらくの間、ブランコを漕ぎ続けたハルちゃん。子供のナゴリも、さっきよりも少しだけ嬉しそうに揺れているように見えた。やがて、満足したのか、子供のナゴリの姿はすうっと薄くなり、掻き消えた。同時に、ブランコの揺れも、ぴたりと止まった。
「やったね、雫ちゃん! ナゴリちゃん、満足してくれたみたい!」
ハルちゃんが、汗をかきながら得意げに振り返る。私は、呆気にとられていたが、なんだか可笑しくなって、ふふっと笑いがこぼれた。
「……ぷっ、あはは! なにそれ、ハルちゃん!」
「えー? だって、一緒に遊びたそうだったからさ!」
そう言って笑うハルちゃんが、ブランコから飛び降りようとして、少しだけ体勢を崩した。
「わっ……!」
私は思わず駆け寄り、とっさに彼女の腕を掴んで支えた。
「……っと、大丈夫?」
「わ、ありがと、雫ちゃん」
掴んだ腕から、ハルちゃんの温かい体温が伝わってくる。近い距離で、不意に視線がかち合った。夕日に照らされたハルちゃんの顔が、いつもより少しだけ大人びて見えて、ドキッとする。
「……あ、うん。平気」
ハルちゃんが、少しだけ顔を赤くして視線を逸らす。私もなんだか急に恥ずかしくなって、慌てて腕を離した。まただ。この、心臓が妙に騒がしくなる感じ。
「……と、とにかく! これで一件落着だね! 私たち、最強コンビかも!」
気まずさを吹き飛ばすように、ハルちゃんがわざと明るい声を出す。
「……まあ、今回はうまくいったけど。いつもこうとは限らないからね」
私はそう返しつつも、内心では少しだけ、ハルちゃんの言葉を肯定していた。ハルと一緒なら、この厄介な力も、少しは誰かの役に立つのかもしれない。そう思えたのは、初めてのことだった。
「よーし! じゃあ明日は、例の空き家の物音を調査だね! きっと、もっと面白いナゴリちゃんに会えるよ!」
もう次の計画を立て始めているハルちゃんに、私はやっぱり小さくため息をつく。
けれど、その隣を歩く帰り道の足取りは、昨日よりもずっと、軽くなっている気がした。
この小説はカクヨム様でも展開しています。
そちらの方が先行していますので、もしも先が気になる方は下記へどうぞ。
https://kakuyomu.jp/users/blackcatkuroneko
よろしくお願いします。