第一話 絶望
初めての作品なので温かい目で見ていただけると幸いです!不定期更新なのはご了承ください(_ _;)
夜の海辺にある小さな漁村、いつもなら海から涼しい穏やかな風が吹いていて静かだがこの日は違った。燃えている。村の全ての木製の家や建物から月の光よりも明るい火の粉が舞っている。家々から炎の爆ぜる音がきこえ、時折建物が大きな音を立てて崩れる。そして老若男女の村人の焦げて顔がわからない焼死体に覆いかぶさる。しかし生きている人間が三人いる一人の青年は恐怖で腰が抜けて地面に這いつくばっている。その青年の名は「アオ」平均的な身長で灰色の髪をしている。他の2人はアオを見下ろしている。
(どうしてこんなことに…)
アオは今日起こったことを振り返ってみた。
―十四時間前―
アオは潮風に吹かれボロボロになってしまった質素な小屋の二つあるうちの一つのベッドで小さい窓から差し込んでくる日光で目覚めた。アオは眠たい目をこすりながら起き上がった。この質素な小屋には、二つの寝具二つの椅子そして一つのテーブルしかない。軋むドアを開けて外の錆びた蛇口で顔を洗おうとした。その時、頭を誰かに叩かれた。アオは驚き一瞬飛び上がった。そして振り返ると、茶髪が肩のあたりまであり、アオよりも背が低い女の子がいた。
「もう何時だと思ってんの、早く支度しなさい!」
アオは叩かれた箇所をさすりながら答えた。
「だからって叩く必要ないだろ、姉ちゃん!」
「こうでもしないとまた寝坊するでしょ。」
女の子はやれやれといった様子で答えた。
「じゃ、私仕事してくるから。」
その後、踵を返して海の方に走って行ってしまった。彼女の名は「マナ」この漁村一の美人だ。気さくで明るい性格なので村人から愛されていた。二人は捨て子でこの漁村の村人に拾われた。年齢は推定だがマナが十八、アオが十六といったところだ。二人は村人の手伝い等をして日々暮らしていた。マナは砂浜にある貝をネックレスにして他の村や街に売っていて、アオは漁で生計を立てている。アオは蛇口からちょろちょろと出てくる水で顔を洗った。子供たちの遊ぶ楽しげな声が聞こえてくる。その日は雲一つ無いとてもいい天気だった。小屋を出て海側に少し歩くと村の外れにある大きな木製の倉庫の重たいドアを開けて入った。その倉庫は村人が漁をするための服に着替える更衣室の様なものだった。中はもう着替えた屈強な体つきをした村人達が談笑していて、まだ朝だというのに熱気がこもっていた。村人の一人がアオに気づいた。
「おお、アオ今日は遅かったな、ねぼすけが!朝礼には遅れるなよ!」
と笑いながらいった。この村人の一言で倉庫にいる村人達の視線がアオに移った。村人達はアオ今日遅かったな等の言葉をかけていた。アオの着替える場所は倉庫の奥なので恥ずかしさで顔を赤らめながら素早くその場所に向かった。そこには潜るための服と朝食の焼き魚が串に刺さっているが遅れてきたので、もうすでに冷めてしまっていた。けれどアオはそんなこと気にせず、がっついて食べた。
(焼き立てが食べたかったなぁ〜)
と考えながら食べ終えるとすぐに漁をするための潜水服に着替えた。その瞬間、漁を開始の合図であるほら貝の笛が響いた。村人達が一斉に談笑をやめ、倉庫から出ていく。アオは内心ホッとした。朝礼に遅れると長老にしこたま怒られるからだ。急いで倉庫から出ると村人達が海を正面に砂浜に並んでいた。アオはその列の一番端に並んだ。アオは一番端かつ、一番背が小さいのでとても目立つ。海と村人達の間に小さな老人が杖をついていた。老人の髪はなく目はあまり開いていない、日差しで頭が輝いていた。老人は大きく息を吸うとさっきまで閉じていた目をかっと見開いてよく通る声で
「皆の衆おはよう!」
と言った。老人にしては気迫のある声だったが村人達とアオはいつものことなので動じず
「おはようございます!長老!」
と息を合わせて大声で響くように一斉に答えた。長老は頷くと
「今日は網の回収日じゃ、皆の衆取りかかれ!」
そう言うと各自、自分が仕掛けた定置網を取りに行くため、村の船を停めて置く場所に向かった。アオはまだ小柄で船を操れないので、ボートとオールで海に出ていった。その日、潮の流れは緩やかだった。そして仕掛けた網の場所に行った。しかし網がなかった。流されたのかもと思い、もう少し漕いでいると網があった。どうやら取り付けが甘かったらしい。そのせいで中に入っていた餌は無く、魚や貝は入っていなかった。オールを漕ぎボートを近づけ網を回収して近くの砂浜にボートを停めた。アオが一安心して網を掴んでボートを降りたとき、何か冷たいものに足首を掴まれた。アオは恐怖と驚きでびくりと体を震わせた。血の気が引いていくのが分かる。恐る恐る目線を下ろすとそこには錆びている鉄製の右手がアオの足首を掴んでいた。
「うわぁ!」
と尻もちをついたと同時に網を海に投げてしまった。しかし鉄の手はアオの足首を離さない。鉄の手が動いたと思うと、その手の持ち主が顔を表した。海に流されたせいか鉄の体がところどころ錆びて茶色になっている人の形をした機械のようなものが体を這わせながら海から出てきた。よく見ると背中に剣の様な物を背負っていいた。体には錆びがあるのにそれは一切錆びていない。
「ギギギ…」
と鉄と鉄が擦れる音が聞こえる。アオは顔を真っ青にして死を覚悟した。その時、機械の胸元にある球体の様なものが青白く光った。アオは眩しさで目をつぶった。
「コ…力……キ……タ…ス…キ……キ…ウ……ダ」
と言葉なのか雑音なのかわからない音が聞こえた。アオはゆっくりと目を開けるとその機械はアオの足首を離し、バッタリ倒れて動かなくなっていた。静けさがあたりを包み込む。聞こえるのは波の音だけになった。何が何だかわからずあたりを見渡していると、マナが砂浜を走ってこちらに向かってきた。マナは鬼気迫る表情で肩で息をしながらアオの肩をがっしり掴み言った。
「あんた、大丈夫!?体に変化ない?」
アオは困惑しつつ答えた。
「うん…変化はないけど…」
マナは安心して一息ついた。
「あんた機械の怪物に襲われそうだったのよ!なんか丸いものからなんか液体が出てきてあんたの体の中に入っていったんだからびっくりして…」
「えっ!液体?そんなのが入ってきた感覚はしなかったけど…」
アオはさっきの出来事を思い出して見たけれど、足首を掴まれた冷たい感覚以外、何も感じなかった。
「まあ、何もなければそれでいいでしょ。見た感じ体調に変化なさそうだから。あとそいつとボート片付けておくから。」
マナは特技で目で見た相手の不調を見抜く事ができる。なのでアオはよく風邪を見抜かれていた。マナはアオの足元を指していた。そこには今はもう動かないただの鉄くずがあった。アオはマナだったら大丈夫だと思ったので任せた。
「わかった、じゃ網片付けてくるよ。」
そう言うとさっき投げてしまった網を取りに海に入っていった。目を瞑って息を止め海に潜る……しかしいつも肌にくる水の感覚がしない。自分が宙に浮いているような感覚だった。バタ足をしても空気をかいている感覚で進んでいる感覚がしない。不可解に思い、息を止めつつ目を開けた。
(なんだ!この景色は!?)
広がっていたのは真っ白のような灰色のような色のない世界だった。アオはその世界に独り浮いている。どこまでも広がっている。明らかに海ではない。しかし目を凝らしてみると魚が泳いていたりアオが仕掛けた網が頭上に浮いている。上に泳いでみるとうっすら見える網がだんだん近づいていく。すると頭が水中から出たときのように軽くなったのを感じた。驚いて息を吸おうとした。するといきなり視界に色が戻り身体に海水の冷たい水の感覚がした。色のある景色がとても眩しかった。一面の青海、そして後ろを向くと砂浜がある。そして流されていく網がすぐ近くにあった。自分の身に何が起こったのか訳が分からなかったが、とりあえず砂浜に持っていこうと網を掴んでまた潜った。するとまたあの色のない世界が広がっていた。海水の感覚もまた消えていた。しかし何故か網は掴めていてちゃんと色もあるのでうっすらと見える波打ち際に向って泳ぎ始めた。浮いているような感覚で慣れないがバタ足をすれば周辺の白色の景色は動いているので必死に泳いだ。アオは小さい頃から漁をやっていたので泳ぎは一流だ、どんどん進んでいく。足がついた感覚がしたので息を吸ったと同時に頭を上げた。水しぶきが上がり色が戻ってきた。目が慣れるまで時間がかかった。息を長く止めていたので息が上がっている。汗と同時に冷や汗も流れてきた。
(俺の体どうなってんだ!?)
アオは歯をガタガタしながら自分の手を見た。自分が自分ではないようだった。ふと見るとあの鉄くずとアオが乗ってきたボートとオールが無くなっていた。
(姉ちゃんが片付けてくれたのかな?)
目を慣らせようと周りを見渡すと見馴れない大きな船が砂浜にぽつんとあった。この漁村ではもっと小さい船しか無いし、ここは村の定着場所とは反対方向だった。
(どこか遠くの船が間違って止めたのかな?)
とにかく網を長老に渡して不漁だったことを伝えなければいけない。しかしもう太陽は真上にあり、お昼の時間になってしまった。ふと網を見ると何かに食い千切られた様な穴があった。
(まずい…不漁な上に網に穴があいているなんて、これが長老に知られたら…)
アオはすぐさま村と反対方向にある修理屋に行った。砂浜を猛スピードで走る後ろを向くと村が遠ざかって見える。
(腹減った〜そうだ!あの店で何か食わせてもらお!)
そんなこと思いながら走っていると、砂浜にいきなりボロいトタン小屋が見えた。アオは小屋の扉を勢いよく開けた。すると大きな音が鳴った。その音で奥にいるカウンターのような場所で座って寝ている爺さんが目を覚ました。
「何だ!何事だ!」
爺さんは驚きで辺りを見回している。
「ジュウ爺!網直して!あとナニか貰うよ〜」
そう言うとアオは網をジュウ爺に投げ、転がっているガラクタをまたぎながらジュウ爺が座っている椅子のさらに奥に入っていった。そこには沢山の干物が干してあった。普通の人なら匂いで顔をしかめる様な匂いだが、アオは慣れていた。
「あれ?いつもの焼くやつどこ?」
ジュウ爺は網を受け取って後ろを振り返り、アオの足元を見て言った。
「下に転がっているじゃろ!まったく…いきなり来たかと思えばただ飯を食いに来たとは。」
よく見るとアオの足元に壺の様なものがあった。
「おお!あったあった!」
アオは裏の扉から外に壺を持ち出してトタン小屋の後ろに行った。そこに積んであるちょうどいい枝を取ってきてその壺に入れた。アオは二つの棒を擦り合わせ摩擦熱で火種を作ろうとした。
「うぉぉぉ!」
雄叫びを上げて全力で擦った。しかし火種は出来なかった。
「うるさいぞ!何をしておる!」
ジュウ爺が後ろの扉を開けて怒鳴った。アオは苦笑いしつつ、顔の前で両手を合わせ謝った。ジュウ爺はアオがやっている火起こしを見て言った。
「そんなやり方じゃつかんわい!貸してみろ」
そしてアオから枝を取り上げて、アオとは比較にならないくらい物凄いスピードで枝と枝とをこすり合わせた。ジュウ爺は汗の一滴も垂らさず火種を作ってみせた。そしてその火種を壺に入れ、着火させた。
「おお!流石ジュウ爺!」
「フン、若いのにこんなことも出来ないのか?」
ジュウ爺は鼻を鳴らしながら答えた後、トタン小屋に戻っていった。アオは干物を持ってきて炙って食べた。
「美味い!」
干物はアオの疲れた体に染み渡った。いつもならもっと食べられるはずが、急に眠気が襲った。アオはそのまま倒れるように眠った。アオが目を覚ますと空には灰色の雲があり暗く、かなり雨が降っていた。アオは違和感を覚えた。ジュウ爺の小屋がない。また体を動かそうとしても上手く体が動かない。自分の目線もだいぶ低い。アオは気付いた。
(俺小さくなってる!)
アオは自分の体を見ると、ボロボロの服をきていて、裸足だった。雨のせいで段々寒くなってきた。そしてすぐ横には同じくボロボロの服を着た小さな女の子が目を瞑って横たわっていた。小さい頃のマナだった。村人に見せて貰った写真にそっくりだった。
(これは夢か?)
マナを起こそうと声を出そうとするが上手く出せない。揺すって起こそうとしたとき、マナが目を開けた。マナは起き上がり辺りを見回してアオに気付くと手を握ってくれた。温かい。夢にしては現実味があった。マナは一言だけ
「大丈夫」
といった。安心感のある優しい声だった。マナは立ち上がりアオの手を引いて歩いていった。
「……い!おい!起きろ!バカモノ!」
アオはジュウ爺の大声で目を覚ました。その時には辺りは暗くなってきていた。アオは起き上がり伸びをした。ジュウ爺はため息をついた。
「全く、呑気じゃのう。ほれ網。」
そう言うとアオはジュウ爺に直して貰った網を受け取った。アオは立ち上がり言った。
「ありがとう!ジュウ爺!またな!」
そしてアオはすぐに村の方に走っていってしまった。ジュウ爺はその背中を見送った。アオは全力で砂浜に沿って走っていると、村が見えてきた。いつもより少し明るかった。空を見上げるとすでに月が顔を出している。
(大漁のお祝いかな?)
アオはそう思った。そして誰もいない少し明かりがついた更衣室の倉庫で着替え、網を持って村に行こうと倉庫のドアを開けた。アオは愕然とし、網を手から離してしまった。自分が育った村が燃えている。アオは状況が飲み込めなかった。村人達の悲鳴、建物が崩れる音が聞こえる。アオは半狂乱になりながら真っ先に自分達の家に走った。マナが無事かもしれない。そう願って走った。しかし思い出が沢山詰まった家も燃えて崩れていた。よく見ると崩れた瓦礫の下に手が見える。
「姉ちゃん!!」
アオは叫び、マナを救出しようとしたとき
「お!まだいたのか、なんだ…ガキか。」
と後ろから声が聞こえた。アオは驚き、尻もちをついてしまった。後ろを見ると年齢二十〜三十くらいの大人の男が二人がいた。一人は大柄で髭が濃く、服の下でも分かるくらい筋肉が発達している。もう一人はひょろひょろで大柄の男とは正反対だった。アオは更に驚いた。大柄の男の右腕が大きいガスバーナーになっていたからだ。
「もう一人ぶっ殺せばポイントアップだぜ!ブラザー!しっかりと見とけよ!それと、そこの械人の始末も後でよろしくな!」
大柄の男は鼻を鳴らしながら太い声で言った。アオには械人とは何か尋ねる余裕など無かった。
「う…うん」
もう一人はうつむいたまま小さい声で答えた。
大柄の男がむんと力を込める仕草をした後、ガスバーナーが点火した。凄まじい音を立てている。
「うわァァァ!」
アオは腰が抜けてしまっているので這いずりながら後退することしかできない。すると右手に何かが当たった。当たった方に視線を向けるとあの機械が背負っていた灰色の鞘の剣があった。何故ここにあるのか等、考えもせずアオはすぐさま剣を取った。
「や…やめろ!!」
アオは震えながらも男に剣を向けた。しかし男は怖がりもせず
「ギャハハ!鞘を抜いていない剣で脅されてもな!」
と笑っていた。その間も、もう一人はうつむいているだけだった。アオは剣の鞘を抜こうとしたが、何故か抜けない。アオが歯を食いしばり、顔が赤くなるほど全力で力を込めても抜けない。
「ぐぬぬ……抜けろぉぉ!」
「ブワッハッハハ!こんな滑稽な奴があるか!じゃ…お遊びもここまでだ。死ね!」
男のガスバーナーが音を立てながら勢いよく近づいてくる。アオはもうだめだと思い目をつぶった……しかしいくら待っても熱さが来ない。目を開けるとあの白い世界に来ていた。そして剣は手の中にあり、鞘の灰色もちゃんとある。アオは自分が危ないと思ったとき息を止める癖があったのを思い出した。うっすらとあの男達が見える。
(俺が見えないのか?)
二人共、困惑の表情で辺りを見回している。大柄の男がもう一人に指示を出す仕草をした。そして二人は何処かへ行ってしまった。アオは立ち上がり、息を止めつつ男達とは反対方向に全力で走って行った。燃えている中を突っ切っているのに熱さを感じない。そこには丁度、森があるのでそこの茂みに隠れた。アオは息を止めるのをやめると視界にまた色が戻った。音を立てないように剣を足元に置き辺りを見ると真っ暗だった。アオは先程起きた現実が受け入れられず、悲しみが込み上げ静かに泣いていた。全身から滝のように汗が流れ出てくる。
(姉ちゃん……みんな……)
涙をなるべく出さないようにしたが、頬には時折、大粒の涙がつたった。いつあの男達が来るかわからないのでずっと息を殺していた。そしてどのくらい経ったのだろう朝日が木々の隙間から入ってきた。アオは勇気を出して足元にある剣を手に取り、村に向かった。アオは目をつぶりながらいつもの村への道を走った。息を吸って目を開けた。すると朝日が現実を突き付けてきた。そこには苦しみもがいた跡がある焦げた遺体。抵抗しようとしたのかモリを持って死んでいる者もいる。そして倒壊した真っ黒い建物等、アオがいつも呆れる程見てきた景色が地獄になっていた。アオは吐いた。男達がいるかもしれないので吐いた後、辺りを見回した。ふと海岸の方をみるとあの大きな船がなかった。あれに男達は乗ってきていたのだ。アオはそんなこと考える余裕も無く呆然とその地獄を゙前に立ち尽くした。