55.アンリエッタとかつての仲間たち
ドットーレの襲撃によって、地盤が崩れ落ちた中アンリエッタはエレナを捕まえると、そのまま身体能力をあげて着地に備える。
「くっ!?」
建物にして三階くらいの高さから落ちたため足に痛みが走るが問題はない。それよりも、胸の中のエレナは無事だろうか?
「お主……わしをかばったのか?」
「ええ……私のせいで迷惑をかけてしまったんですもの。当たり前よ」
「アンリエッタ……」
何とも言えない表情のエレナに色々と話したいこともあるが今はそんな場合ではない。
こちらとは対照的に綺麗に降り立った美しいゴーレムに剣を向けるが、踏み込むか悩んでしまう。彼女とはちゃんと話し合えばわかる……そんな気がするのだ。
「待って、ドットーレ。ヨーゼフは魔族の可能性があるのよ。あいつはあなたを利用しようとしているの」
「それがどうかしたのですか? 私のマスターはロキ様だけです。関係ありません」
「ロキじゃと……やつはすでに死んでおるはずじゃが……墓参りもしたことがあるぞ」
エレナの何気ないつぶやきにドットーレの表情が歪むのが見える。その顔は疑問を覚えつつも押しつぶす……ファントムと別れてからよくするようになってしまった自分の表情と同じだと気づく。
「わかったぞ。オセは姿を変えることができるんじゃ。ロキに化けてお主に命令をしたんじゃな!!」
「なんてひどいことを……」
ヨーゼフ……いや、オセの非道な行動に思わず眉をひそめた時だった。ドットーレが問答無用で襲い掛かってきたのだ。
「待って、あなたは騙されているのよ」
『……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!』
すさまじい速さで泣きそうな顔でなぐりかかってくるドットーレの拳や足をアンリエッタはひたすら受け流す。
守りに関してはパーティー一の実力は伊達ではないのだ。
『わかっていますよ。偽物だって!! それでも嬉しかったんです!! あの人の顔で私を見てくれることが!! あの人の顔で私に語り掛けてくれることが!! だから、私は!!」
「悲しいのう……じゃが、気持ちはわからんでもないぞ。冥府の氷よ、我が敵を凍てつかせん!!」
エレナの杖から放たれた常闇のように黒い氷が鎖となって、ドットーレをしばりあげる。
アンリエッタがヘイトを集めエレナが抜群のコントロールの魔法で倒す。かつての戦い方に思わず懐かしい気持ちに襲われるアンリエッタ。
『ぐぅぅぅぅぅ!!』
しばらく抵抗していたドットーレだったが、やがて力尽きたのか大人しくなっていくのを見て安堵の吐息を漏らす二人。
「エレナ……あなたの話を信じるわ。黒幕はオセという魔族のようね……」
「やっとわかったか。このゴーレムも時間をかければ命令を取り消せるじゃろ。すべてが終わったら回収してやろう」
実際に姿を変えたであろう魔族に騙されたドットーレを見て信じずにはいられない。そして、その事実が示すことは一つだ。
「オセやカインにいいように利用されたってわけなのね……私はなんてことを……」
追放されたファントムはどれだけつらかったのだろう。婚約者だというのに切り捨てることになってしまった自分を見てどれだけショックを受けたのだろうか?
申し訳なさと己の愚かさで胸が張り裂けそうになる。
「アンリエッタ……」
「大丈夫よ。私は戦える。オセを倒すのを手伝うわ。ファントムには……もう合わせる顔はないでしょうけど」
「お前さんがいればこれまで使えなかった策がつかえる。まずはセリスと合流するぞ」
辛そうに自虐的に笑うアンリエッタにエレナも複雑そうに見つめる。そして、一歩踏み出そうとした時だった。
『お待ちください。アンリエッタさん』
「ドット―レ!? 正気にもどったの!?」
理性を取り戻した表情のドットーレに嬉しそうに声をあげるアンリエッタだったが彼女は申し訳なさそうに首を横に振る。
『いえ、命令が続行不可能になったので一時的に冷静になっただけです。拘束がとかれれば私はあなた方を襲うでしょう』
「そうなの……」
『ふふ、私の心配をしてくれるのですか……あなたは優しいですね。アテナ様を思い出します』
アンリエッタが辛そうに呻くと、ドットーレは少しうれしそうにほほ笑む。
『あなたたちと共に戦うことはできませんが、アドバイスはできます。アンリエッタさん自分の気持ちから逃げないでください。今逃げれば絶対後悔するでしょう。あなたたち人間はゴーレムと違って心で最優先にすべきものをきめられるのです。それに……まだ相手は生きているのでしょう?』
「ドットーレ……」
彼女が何を言いたいかはわかる。ファントムから逃げるなと言っているのだ。そうだ……後悔ならずっとしてきた。
ひどいことを言われても仕方ないと思う。顔も見たくなくなっている可能性だってある。だけど……彼と話したい意志を伝えることから逃げればもっと自分はダメになってしまうだろう、永遠に後悔し続けるだろう。
「そんな顔をする出ない。仕方ないからわしも仲介してやる。ただし、お前さんはもう婚約者ではないからの。ファントムが他の女……例えばわしといちゃいちゃしていても怒るなよ」
「ええ……それは覚悟しているわ」
エレナの言葉に胸がずきりと痛むが、この程度の痛みは彼が感じたものに比べものにならないほどのかすり傷のようなものだろう。
ドットーレが目をつむり機能を停止したのを見守り、進もうとすると鎧をこつんと杖で叩かれる。
「あとな、わしは怒っておるんじゃよ。カインやヨーゼフに下らんことを言われた時になんで真っ先にわしらを頼らんかったんじゃ。すぐに話せばこっちだって何かできたはずじゃ。たかが一国の大臣や王子がエルフ全体や、教会に逆らえるはずがなかろう。権力には権力で立ち向かえばよかったんじゃ。それとも……わしらはそんなに信頼できなかったかの?」
「エレナ……ごめんなさい……」
少しすねた顔のエレナを見て昔を思い出す。本当にそうだ……彼女は冒険していた時にいつも知識と頭脳で助けてくれた。なのになんで頼らなかったのだろうか……
私は自分の愚かさと……熱くなると思考が狭くなるという彼が昔からいってくれたアドバイスを思いだす。
「わしは優しいからの、一発ビンタさせるんじゃ。それで少しはおさめてやろう」
「ええ……よろしく」
「いったぁぁぁ!!」
抵抗なく差し出した頬にわずかな衝撃が走るが、なぜかエレナの方が悲鳴を上げて、手のひらをおさえている。
「だ、大丈夫?」
「な、なんじゃ。今のは!? 世界樹でも殴ったかのような感触じゃったぞ。体幹どうなっているんじゃ。鍛えすぎじゃろ。腹筋とかわれてそうじゃな……」
「言わないで……」
鍛えすぎて六つに割れている己の腹筋を思い出し、アンリエッタは顔を赤くする。そして、彼女とエレナはダンジョンを後にする。
全てが終わったらドットーレをむかえに来ると誓いながら……
★★★
そして、急いで馬車を借りたアンリエッタたちは未知の魔族と戦っているファントムに追いつく。
久々に見る彼はぼろぼろで……
そうなったことに自分の行動が原因の一つであるという罪悪感を抱きながら、アンリエッタのできる限りの治療をして、あとはアモンという魔族に任せ、自分たちはセリスたちの馬車に追いついた。
「くそが、あの魔族め!! ぶっ殺してやる!! いや、殺すなんて生ぬるい!! 聖水につけて永遠の痛みと苦しみをあじあわせてやるぅぅぅぅ!!」
「落ち着いてください。セリスさん!! まだ、ファントム様が死んだとは決まっておりません」
「確かにグラシャラボラスは強力ですが、アモンもいるんです、大丈夫ですよ!! すごい、力……これこそまさに愛の力でしょうか」
「でも、ロザリオが!! 私のロザリオが壊れたんですよ!!」
馬車の扉を開くと、悪鬼のような表情のセリスをステラと、もう一人の魔族の少女が必死にとめていた。
「大丈夫よ。ファントムは治療したわ。今ごろ城に向かっているでしょう」
「な、アンリエッタ……さん」
「わしもいるぞ」
いきなりやってきたアンリエッタに驚くセリスだったが、彼女はきっとにらみつけてこちらにやってくるとそのまま胸倉をつかむ。
「どのつらを下げてきたのですか!! 今更仲間面をしてももう遅いんですよ!!」
「落ち着くんじゃ。アンリエッタは騙されていたんじゃ。今はわしらの仲間じゃよ」
「だからなんですか。あなたが最初っからファントム様と一緒に戦ってくれればもっと楽だったのに……なによりあなたを憎まないですんだのに……」
目元の涙をためながらにらみつけてくるセリスに自分はとんでもないことをしてしまったのだと胸が痛くなる。
今の彼女を抱きしめる資格は自分にはないだろう。
「ごめんなさい……あなたの文句も不満もすべて聞くわ。今は私たちに力を貸してくれないかしら」
「力を……貸す……ですか?」
「ああ、わしらがそろった今ならできる策があるんじゃよ」
怪訝な顔をするセリスにエレナがにやりとどや顔で笑う。
「わかりました……その前にアンリエッタさんを一発だけ殴らせてください。そうしないと気が収まりません」
「ええ……そのくらいならお安い御用よ」
再びエレナの時のようにほほを差し出すと、エレナとはくらべものにならないくらい腰の入ったビンタがとんできて……
「いっつ!?」
「んん!? 硬い!! なんで殴った私の方が苦しんでいるんです?」
「こいつは腹筋が割れるくらいきたえておるからの」
自分の右腕をおさえて悶えるセリスに笑いかけるエレナ。アンリエッタは顔を赤らめてうつむいている。
「申し訳ありません。久々の再会を楽しんでいる中恐縮ですが策略とは……?」
ステラの言葉に咳払いをしてエレナがいった。
「簡単なことじゃよ。わしら三人はソロモンをひきつれて正面から堂々と入る。それだけじゃよ。ステラはここで馬車をみはっておいてくれるかの」
にやりとわらうエレナにセリスたちは怪訝な顔をするのだった。
ようやく合流できた……
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