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幸せのモチ巾着


 店主さんと働き始めてかなりの時間が経過していると感じた今日この頃。言われなくても最初に何をすべきかわかるくらいにはなっていた。

 狐の耳と尻尾が生えた少女ことイナリと一緒に店の入り口付近を履き掃除。そして棚の埃を落として、レジがきちんと動くか確認。うん、今日も完ぺき。


「こんにちは……」


 開店直後にお客さんは珍しいわけではないけど、今日のお客さんは雰囲気がとても暗かった。


(のう、ご主人。こやつ、ちょっと危険じゃな)

(店主さんを呼んで来て)

(わかったのじゃ)


 小声でイナリに指示を出すと、お客さんは僕の所へ真っすぐ歩いてきた。


「幸せになるお守りはありませんか?」

「お守りの類ですか……ちょっと待ってください」


 悪魔の道具を扱う『寒がり店主のオカルトショップ』ではお守りというか、呪われた札が多い。だから、無いわけではないけど、お客さんがどういう幸せを望んでいるのか気になる。

 と、商品リストを漁っているとバックヤードから店主さんが出てきた。


「おや、ご新規さんのようですが、すでに悪魔の道具を使ったことがありそうですね」

「先日四国から引っ越してきました。今は……無職です」


 何日も着続けていたスーツ。洗っていない髪。引っ越してきたというよりも、店主さんに会いに来たという感じだろうか。


「ふむ、貴方はもしかして、こういう巾着袋を持っていたのではないですか?」


 そう言って店主さんは棚から巾着袋を取り出した。かなり古い袋で、太い紐が付いていて、左右から引っ張ると口が閉じるものだった。


「それです! それをください!」

「いえ、これは非売品でして、売れないんです」

「いいからそれをよこせ!」


 突然レジカウンターを乗り出して、巾着袋につかみかかろうとしたお客さん。僕とイナリは驚いたが、お客さんはその場で固まってしまった。巾着袋にギリギリ手が届かない状態で、まるで犬にリードを付けた状態のように、後ろから何か引っ張られた状態になっていた。


「強盗は困ります。確かに悪魔道具というのは魅力的で、中毒性もあります。ですが、危険な道具です。貴方に必要な道具はこれではなく、こちらの絆創膏ですよ」


 そう言って、お客さんの手に、一枚の絆創膏を貼った。


「何を……」


 僕も疑問に思った。


「店主さん、その絆創膏は?」

「これは、いわゆる蓋のような物です。この巾着袋は『幸せのモチ巾着』という道具で、今は輸入でしか手に入らないんです」


 店主さんが名付ける変な名前でもなく、悪魔の道具らしくない名前だ。


「おーい悪魔店主。このご主人は悪魔店主のむぐ!」

「その道具はどういう物なんですか?」


 イナリに心を読まれてしまっていた。


「幸せや幸運を吸う道具というのは色々あります。これはそのうちの一つです。巾着袋を閉じている間はひたすら周囲の幸運を集め、これ自体が膨らみます」


 そう言うと、店主さんは巾着袋を閉じた。よく見るとちょっとずつ膨らんでいるような?


「これは大きくなれば大きくなるほど持ち主が豪運になります。ですが、時々中の幸運を抜く必要があります」


 そう言って巾着袋の紐を緩めた。すると、風船から空気が抜けるような音を出して、巾着袋はぺたんこになった。


「中の幸運を抜く必要性がわかりません」

「これは膨らみすぎると風船のように破裂します。すると、持ち主のあらゆる運が全て吸い取られ、周囲にばらまきます」


 つまり、この人は今、元々持っていた巾着袋を割ってしまい、色々と失ったということか。


「貴方が持っていた巾着袋を渡してくれれば、一週間で修繕しますよ」

「そんなもん、捨てちまったよ!」

「おや、それではどうしようもできません。これを売った人は言っていませんでしたか? 『何が起こっても、捨てないで』と」

「うぐ!」


 色々と悪魔道具を見て来たけど、悪魔道具を使用するというのは、悪魔との契約を意味する。

 悪魔との契約は途中で解約ができるほど甘い世界では無い。


「か、解呪方法とか無いか!?」

「はあ、それでしたらこちらに行ってください。ただし、かなりの額を要求されます」


 そう言って、商店街の地図を渡した。赤いペンで丸を付けたけど、そこって野良神社だよね?


 ……あー、そう言えばこの店主さんと、疫病神さんって、精力的には対立しているのに、裏では協力関係だった。

 悪魔道具で十分甘い蜜を吸って、それが苦痛になった時の救済措置として野良神社にいる『疫病神さん』による解呪。内容次第では一回五百円だけど、かなりの額ってことは結構ぼったくるのだろうなー。


「恩に着る!」

「いえいえ、むしろこれからが大変です。せいぜい、周りの幸せを吸った報いを受けてください」

「はは、解呪できればそれでいいさ」


 ☆


 数日後、僕はバックヤードで何故か正座していた。

 隣にはイナリも座っていた。

 正面には顔を赤くした疫病神さんが、何度も同じ説教をしていた。


「聞いてますです? 本当に大変だったんです!」

「えっと、あれは僕や店主さんが渡した道具では無くてですね」

「でもヤクの家を教えたのはここの悪魔店主さんです!」


 おっしゃる通りなんだけどさー。なんで店主さんはタイミングよく買い出しに行っちゃってるかなー。もしかしてこれを読んでた?


 長い説教の中で、所々でお客さんの情報を聞くことが出来た。

 どうやらお客さんの解呪は成功したらしい。が、解呪した途端、野良神社に大量の借金取りがやってきて、お客さんを連れ去ったとか。

 で、大量の借金取りの人相が悪すぎて、普通に参拝しに来た人や、周囲のご近所さんからもクレームが入ってしまい、その後始末で大変だったらしい。


「解呪したら借金取りは来ないものでは?」

「そこは柴崎さんがまだ悪魔を侮っている証拠です」

「侮っている?」

「借金取りは全額返済できれば『客』の状態はどうでも良いのです。悪魔にとって『客』が何もできなくなるのは都合が悪いので、そこは上手くやるんです。例えば、ギャンブルでリーチを連続で出すけど、絶対に当たらないとかですね」


 何もしなければ何も起こらない。料理をしなければ料理が出ない。悪魔にとっては『何もしてくれない』は都合が悪いのか。

 そこで、適度に餌は与えると……思った以上に悪魔はえげつないね。


「じゃが疫病神よ。解呪で大量の金を手に入れたのでは無いか?」


 そう言えば、結構な額がかかるって店主さんも言ってたっけ。


「ちゃんと容体を聞かずに後払いにしたのが失敗でした。解呪の成功を確認した後に請求をするつもりが、すぐに騒動が起こってしまい、取れなかったんです」


 それは災難。


「いやでも、騒動が収まったのであれば、今から請求すれば良いのでは?」


 僕は何も考えずに、軽い気持ちで聞いてしまった。


 イナリは隣で大きなため息をついていた。


「『この世から旅立った人間さん』に、請求なんてできません。これは人間社会でもそうでしょう?」


 背筋が凍り、僕は呼吸が出来なくなるほど現実の恐ろしさを目の当たりにした。

 僕の心境を察して、疫病神さんもため息をついて、気が付けば帰っていた。

 袋に例えて、色々な「⚪︎⚪︎袋」というものがありますね。例えば堪忍袋。他にも「おふくろ」とかですね。

 今回は幸せが入る袋を題材にして、さらにそれに穴が開く事で不幸になるというものです。

 正確には幸せになるはずが、体が幸せを通り抜けてしまってるだけで、「幸運➕不運」だった状態から、「不運」だけになっただけですね。

 物語後半ではお客さんはこの世にいない事にしていますが、その言葉通りです。

 悪魔にとって命を代償に何かをする的なことは色々な物語で見かけますが、突き詰めると人間が生きてるから代償を受け取れるわけで、死んでしまったら糧を得られないわけです。

 この物語で命を一番大事にしているのは、店主さんというのは、物語を描き始めた頃からの設定ですね。

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