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縁切り包丁

 ☆


 僕の苦手とする性格。その名は「意識高い系」!

 何かと上から目線のような気がするし、何より所々にカタガナ語が混じっていて理解できない。日本人なら日本人で話せと毎回思う。


「ということで、私のステータスをハイに生かせるコーポレーションでワークしたいんです」

「そうですか(ぶん殴って良いですか?)」

「おいお主。危うく心の声が出かかってるぞ!」


 危ない危ない。ここは店主さんのお店で、ここの評判を落とすということは店主さんに怒られるということ。僕は、命の恩人であり理想の上司の店主さんには嫌われたくはないのである。


「それで、貴方のその……能力を生かすために転職をしたいと?」

「そうです。前の会社では私のステータスがコミットしなかったので、アラウンドが追い付けなかったんです」

「そうですか……」


 つ、疲れる。心なしかイナリも僕をなだめつつも口元が歪んでいる。


「ずいぶんな自信家さんですね」

「店主さん。おかえりなさい」

「はい。なかなか面白い方がお客さんですね。何をお求めで?」

「僕にコミットするアクセサリーを一つ。願掛けですよ」

「自信があるのでしたら願掛けは不要では?」

「私のようなパーフェクトな人間は、目に見えないオーラがありますからね。それらをキャッチしてドレインするんです」


 ここまで来るとアホな人にしか思えない。なんだよキャッチしてドレインって。


「ではこの包丁はいかがでしょうか。古来より包丁は調理道具として使われますが、胃袋を掴む道具とか悪運を切るなどがあります」

「おおー、私にコミットするアイテムですね。これをください」

「はい」


 そう言って包丁を買っていった。見た目は小さな果物ナイフだが、当然あれも悪魔道具である。

 お客さんがスキップして帰っていき、僕とイナリは大きなため息をついた。


「ご主人よ。ワシはあと数回会話が続いたら、必殺イナリパンチを繰り出すところじゃったぞ」

「僕も柴崎パンチが出そうだった」

「その弱そうなパンチは何ですか。それよりも常連さん獲得のチャンスなんですから、ビシッとしてください」

「常連さん?」


 そう聞くと、店主さんは先ほどと同じナイフを取り出して、不気味にほほ笑んだ。


「これは『縁切り包丁』です。悪運を切る縁切りとは真逆で、幸運や縁談の運命を切り取るナイフです。しかも、この刃を見てください」


 近寄って見ると、包丁とは思えないほど刃がボロボロである。これで刺身を切ったら確実につながった状態でお皿に乗るだろう。


「うむ、完全に切り落とすわけでは無いと?」

「はい。これはワタチが作った自信作で、完全な縁切りはしない絶妙なところで運が逃げ出す悪魔道具です。ふふふ……身なりを見る限りではそれなりに蓄えがありそうなので、このお店でお金を使ってもらいましょう」


 ☆


 一週間後、見覚えのあるお客さんが来た。確か……意識高い系の人?


「いらっしゃいませ」

「私に幸運のアイテムをくれ」


 よく見ると以前は自信に満ち溢れていて、服はビシッと整っていたのに、今は少しよれよれな気がする。


「えっと、何があったんですか?」

「ここで買った包丁はとても良いものだ」


 とても良い?

 どう見ても今と1週間前では、1週間前の方が良い状態に見えるけど?


「転職活動で大企業の面接をいくつか受けたんだが、全て最終面接まで行けたんだ。他にも、気分転換で競馬をしてみたら、あと少しの迷いを突き通していたら大金が手に入ってた。全て……全てあと少しだったんだ」


 つまり、そのあと少しを補う道具が欲しいということか。

 えっと、確か店主さんには同じ商品を渡せって言われてたっけ。


「この幸運の包丁ならあるんですけど、在庫がこれ一つしかなくて」

「買った!」


 早!


「こ、これで、私は全部を手に入れる……へへへ、へっへっへ」


 そう言ってお金を払って店を出ていった。


「うむ、あそこまで豹変すると悪魔じゃな」

「こうなることを知ってて店主さんはあれを売ったんですか?」


 と、バックヤードで作業をしていた店主さんに話しかけると、ひょこっと顔を出した。


「はい。そもそもあの人からは生まれつき恵まれた加護的なものがありました。それなのにまるで自分の力だと思っているのは悪魔的にもイラっとしました」


 つまり、店主さんは完全に私情が入った接客だったと言うことか。珍しい。


「珍しいですね。店主さんが人を陥れるなんて」

「まあ、ワタチも悪魔ですからね。時々あるんですよ」


 そう言って店主さんは自分の作業に戻った。


 ★


 ある店で、とある包丁が売られた日から数か月さかのぼったある日。

 そこでは常に怒鳴り声が聞こえていた。


『チェックしたの?』

『はい……』

『じゃあこれは?』

『すみません』

『はあ。まあいいや。私は今月でここを辞めるから、あとは頑張ってくれたまえ』

『そんな……』


 そして数か月が経過した。


 毎日怒鳴り声が聞こえていた店は一変して、穏やかな店になった。しかも売り上げは前月の倍以上になり、この数日だけでもとんでもない記録が生まれた。


『あの先輩が辞めてから凄くね?』

『言ってることは正しかったんだろうけど、説教に時間がかかってたもんな』

『そういやあの先輩は?』

『ああ、前に似ている人が公園のベンチに座ってたけど、まあ人違いかな』

『まさかな。まあ、ここの仕事が合いすぎて自信過剰になって、今がそうなっているならスカッとするな』

『違いねえ。おっと、そう言えば社長が臨時のボーナスをくれるってさ。頑張ろうぜ』

『マジかよ。良いことだらけで怖すぎるな』


 活気も出てきた店。

 その店の前をボロボロのスーツを着た男が通るも、誰も気が付かなかった。


『私がこんな目になるなんてありえない』


 男は鞄から二つのボロボロの包丁を取り出した。


『全てはこれが悪い。これが……』


『キャー! ほ、包丁を持つ男がいる!』


 付近にいた女性の悲鳴に周囲の人は男を見た。男は両手に包丁を持っていて、周囲を見るたびに包丁が自然と振り回すような状態になっていた。


『違う、これは違う!』

『そこの男! おとなしくしろ!』

『違うんだ!』


 やがてその男は捕まり、しばらくこの街から姿を消した。

 そしてその男の存在を知っていた人は徐々にいなくなり、過去に『説教が長い先輩が働いていた』という話題すらも無くなった。

 切りたい縁というのはいくつもありますよね。縁と言うと良いものばかりだと思いますが、悪い縁も当然存在します。上り坂があれば下り坂もあるのと一緒で、悪縁も良縁も同じ数だけあると私は思いますね。

 今回は悪魔道具ということで『良縁』を切ってます。が、本人はそれを良縁と理解していない状態で切ってしまったため、起こってしまった状態ですね。

 目の前のものが良縁か、それとも悪縁かは、すぐにわからないところが難しいところですよね。

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