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鬼古銭

 

 ☆


 朝食を食べていると、何気ないニュースが突然衝撃的な内容に切り替わった。


『昨日、富樫グループのオーナーが交通事故により亡くなりました。七十歳でした』


「うむ、富樫グループとは聞き覚えがあるのう……むっ!?」

「ちょっと待って、富樫オーナーって!!」


 ☆


 急いでお店に行くと、入口には『臨時休業』の札がかかっていた。

 中に入ると、店主さんが黒い服を用意していて、「あ、おはようございます。早速ですが準備してください」と言われた。


「店主さん、富樫オーナーが!」

「知ってます。ご近所さんが亡くなるのは非常に悲しいですが、これが人間です。それよりも大事なことをこれからするので、喪服に着替えてください」

「でも……」


 僕が上手く言葉にできない何かを言おうとした瞬間、イナリが僕の腕を引いた。


「おそらく悪魔店主には何か考えがあるのじゃろう。ここは上司の言うことを聞いた方が良い」

「お……うん。わかった」

「すみませんイナリ様。結構緊急事態なんです。説明は移動しながら話しますね」


 ☆


 タクシーで近所の病院に到着すると、そこには多くの人が集まっていた。

 富樫オーナーは人脈も広く、見覚えのある人もちらほらいる。

 店主さんが受付で店の名前を告げると、順番待ちの列とは別の待合室に案内され、そこで待つことになった。


「では説明します。まず事実として、富樫様は亡くなりました」


 受け入れがたい現実。

 かなり年上だけど、僕のことをシバと呼んでくる愉快な人で、今住んでいるマンションも格安で契約させてくれた恩がある。


「悪魔道具なら、富樫オーナーを何とかできないんですか?」

「残念ながら、医学以外の蘇生は『禁忌』に触れます。ただ、一応言っておきますが、『できます』」


 できます。そうはっきり言うあたり、やっぱり店主さんだ。


「ですが、それをするとこの世界の神に怒られます。あ、怒られるってやんわり言いましたが、げんこつ一つで済む話ではありません」

「じゃあ、何か別の方法で……」

「いえ、こればかりは諦めてください。それよりも富樫様のこれからを支えるのが、唯一できることです」


 これから……?

 富樫オーナーは亡くなって、生き返らせることもできない。これからって何があるんだろう。

 そう思った矢先、スタッフが待合室に入ってきて、富樫オーナーが眠る部屋へと案内された。


 部屋に入ると、顔には白い布がかけられ、横たわる富樫オーナーがそこにいた。

 人の死は突然訪れるとは聞いていたが、本当に予想などしていなかった。


「イナリ様、すみませんが、こちらの袋の紐を富樫様の腕に巻いてください」


 袋の中には何かが入っていて、揺れるたびにジャラっと音がしていた。


「うむ。これは……古銭か?」

「『鬼古銭』です」


 穴の開いた硬貨に糸を通したものを、イナリが遺体の腕に巻く。ピクリとも動かない腕を見て、僕は現実を受け入れるしかなかった。


「店主さん、鬼古銭って何ですか?」

「簡単に言うと、地獄で使えるお金です」


 ……地獄?


「富樫様は常に悪魔道具のキセルを使っていました。周囲の幸運を吸い取り、自分のものにしていた。その結果、運転手の幸運を吸い取り、自身で不運を招いたのでしょう」

「でも地獄って……」

「幸運を吸い取る『悪魔のキセル』は本当に強力です。実際、富樫様の影響で数百人が本来得るはずだった日常を奪ってました。ですが、ワタチ個人としては恩義があるので、これはちょっとした贔屓です」


 そして店主さんは両手を合わせた。一瞬、店主さんの眉がひそめたが、おそらく悪魔である店主さんが手を合わせたことで何かしらの反応があったのだろう。それでも、礼儀を欠かさない姿を見て、僕も少しだけ目が覚めた。


「富樫オーナー。本当にありがとうございました。突然の別れは……まだ受け入れられないけど、人が亡くなって泣きそうになるなんて、本当に久しぶりだ。だから……待っていてください」


 僕も両手を合わせ、その場を去った。


 ★


 暗い。


 急に車が突っ込んできたと思ったら、知らない場所で目を覚ました。


 普通は病院とかじゃねえのか?


「あ、気が付きましたね。こんにちは」

「ああ? なんでお前さんがここにいるんだ?」

「やはりワタチをご存じですか。ですがすみませんが、貴方の知っているワタチとは別人です。ただ、とても似ている別人です」

「別人ねえ。悪魔が何を言ってるんだか」

「あらら、悪魔だということも知っていたんですね」

「そう思ってた。まあ、半信半疑ってところだ」


 しかし、ここは一体どこだ。暗い洞窟に青白い蝋燭がちらほら灯っている。

 雑貨屋で見かけた小物も置かれていて……あの店と関係がある場所なのか?


「ここは冥界です。もう少し奥に行くと、地獄と呼ばれる監獄がありますよ」

「なるほど。やっぱり俺は地獄に来たか」

「心当たりはあるようですね」


 ……悪魔のキセル。周囲の幸運を吸い取り、自分だけが裕福に暮らすことができる道具。

 俺は周囲の幸運を吸い過ぎた。家族も親族も犠牲になった。現世で裕福に過ごせれば、それでいいと思っていた……が、今となっては少し後悔している。


「いざ地獄を目の前にすると、少し緊張するな」

「そうですね。ですが、貴方にはそこに行く以外の選択肢はありません。ただ、他の罪人と違って、ちょっとだけおまけしてもらえるかもしれませんね」

「おまけ?」


 ふと、自分の腕に鉄のようなものが巻かれていることに気が付いた。……これは金属か?


「『鬼古銭』というもので、これは地獄の鬼たちが使う通貨みたいなものです。どうしても辛いときにこれを鬼に渡せば、少しだけ休憩できます」

「……少しだけか」

「はい。でも、その“少し”が、この地獄ではとても貴重なんですよ。喉から手が出るほど欲しがられるものです」


 鬼古銭。おそらく現世の悪魔店主がつけてくれたのだろう。

 ……ということは、あいつとシバは、俺を見届けてくれたんだな。


「アンタはここで何してるんだ?」

「ワタチはここで食堂を開いています。たまにここに迷い込む人もいるので、ここの偉い人には内緒で送り返しています」

「へえ、悪魔が良いことをするのか。背筋が凍るな」

「おっと。勘違いしないでください。ワタチはちゃんと悪いこともしています。ここの偉い人にとって、生きた魂は高級品ですからね。最近は味わえないと嘆いていて……その苛立ちやストレスを見ていると、楽しいんですよ」


 ……けっ。やっぱり現世の店主と同じ顔をしてるが、中身も同じか。


「……そうか。最初に会えたのがアンタで良かったよ。名前は?」

「名乗る必要性はありません。どうせ貴方はこの先に進めば、二度と会いませんから」

「そうかい。でも俺は名乗っておく。俺は富樫。ここに柴崎って青年が来たら、元気にやってるって伝えてくれ」

「わかりました。ほんの五十年くらいは覚えておきますね」


 後悔しかない。この先は、もっと辛いんだろう。

 この古銭を使い切っても、生まれ変わることはないんだろう。


 だったら……最後まで、鬼古銭を使わず、耐えてみせるさ。


 昨日まで元気だった人が、翌日突然亡くなるというのは、実際多くあることです。今回は事故という状況で時々出ていた富樫オーナーが亡くなりましたが、もしも持病などを持っていたら、それで亡くなるということもあるでしょう。

 富樫オーナーは悪魔道具も使用しており、この物語では一貫して使用者は地獄に堕ちることが確定しています。

 じゃあ柴崎君はどうなのかというと、現段階では第一話目のレプリカグリモを間違って使った時点で確定しています。

 その後どうするかはまだ決めていませんが、このまま運命を受け入れてもらいながら物語の運命を辿ってもらうのも良いかなーと『今の段階』では思ってます。こればかりは書いている途中なのでわかりませんね!


 ということで、本作は重要人物でも途中でリタイアさせることは今後もしていこうと思ってますー。

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