七不思議の人体模型
☆
お店に入ると、バックヤードから物音が聞こえてきた。どうやら店主さんが何か作業をしているようだ。
「おはようございますー」
声をかけると、奥から返事があった。
「あっ、おはようございます。すみませんが、いま商品を作っているので、出来上がったものを棚に並べていただけますか?」
そういえば、隷属の紐以外で悪魔の商品を作っている場面を見たことがない。……というか、そもそもどうやって作ってるんだろう?
「『空腹の小悪魔』、そこの骨の破片を腕に。あ、そっちのは右足にお願いします」
『ギャー』
『ギャギャー』
まるでゲームの世界みたいだ。いや、それ以前に――
骸骨が中央に立っていて、その前に店主さん。周囲には頭ほどの大きさの目玉が、ふよふよと浮かんでいるんですけど!?
『ギャ、ニンゲン?』
「あっ、その人には触れないでくださいね」
『ギャ』
一つの目玉が突如目の前まで飛んできて、僕はあまりの恐怖に腰が抜けた。な、何!?
お店で売っている『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』はとても小さくて、たまに動いている姿を見たこともある。
だけど目の前のそれは、比べ物にならないほど大きかった。もしあれが追いかけてきたら、僕は間違いなく悲鳴を上げて逃げ出していただろう。
「はい、もういいですよ。帰ってください」
『ギャギャ』
『ギャー』
目玉の怪物たちは、地面にとろけるように消えていった。最初は液体のようなものが残っていたが、それも徐々に跡形なく消えていった。
残ったのは、堂々と立つ骸骨と、正面に立つ店主さんだけ。
「これを人体模型の棚に入れてください」
「ま、まずは説明をお願いしますっ!」
☆
一度家に帰って着替えてから、再び職場に戻った。……なぜ戻ったかって?
うん、心の中の僕は気にしなくていいのだよ。決して、お漏らしなんてしてないからね。
「おかえりなさいませ。尿意の方はもう大丈夫ですか?」
「ぬああああああああああ!!」
だってさ! 目の前にあんな大きな目玉が出てきたら、誰だって驚くでしょ!?
「そ、それよりも! さっきの骸骨、あれは一体何なんですかっ!?」
そう言って、棚の中に置かれている人体模型を指さした。
「あれは、様々な動物の骨を砕いて、できる限り人間に近い形に整えた人体模型です」
本物の人間の骨かと思うほど、クオリティが高い。
「ちゃんと悪魔なので、しっかり動きますよ。夜動かせば泥棒も退治できますし、防犯グッズとしても人気です」
『カタカタカタカタ』
「うおああああああっ!?」
突然こちらを見て、口をカタカタと動かし始めた。……まるで人型のカスタネットだ。
「これのおかげで『夜の学校には行ってはいけない』という風潮が広まったのは、ワタチの大きな功績です。ノーベル賞が欲しいくらいですね」
「えっ!? 学校の七不思議の原因って店主さんだったの!?」
動く人体模型の正体を知ってしまった喪失感と、それが本物の悪魔だったという衝撃、さらには原因が店主さんだったという残念感が、ドッと押し寄せてくる。
「……とまあ、こんな感じで悪魔の道具を作っています。以前、百円ショップでいろいろ雑貨を買い集めましたが、それを器にして道具を作っているんですよ。たとえば、これですね」
そう言って取り出したのは、ただの小物入れのような箱。見覚えのある柄だ。
「この側面を丸く切り抜いて、中に吸血薔薇の万年筆で召喚文字を書き、蓋を閉じれば――『分岐カメラ』の完成です」
わー。箱を開けたら、文字から変な液体がにじみ出して、中でうねうねと蠢いてるー……。
「でも、ボタンとかダイヤルみたいな飾りもついてましたよね?」
「暇なときはちょっと凝ります。そうでないときは、この箱を相手に数秒向ければ、中の液体が薄い紙になって現れます。そして取り出すと、『人生で一番後悔している分岐点』が映し出されます」
……人生で、一番後悔してる分岐点?
「えっと、以前説明を受けたときは、『人生で一番重要な分岐点』って……。しかも、そこにまだ到達していないと印刷されないって聞いたような?」
「あのときは他のお客様もいたので、販売時用の説明に変えました。本当は、未来を予見する悪魔を召喚するのはかなりの負担がかかるため、過去の分岐点を映す悪魔を封じています」
……つまり僕が使えば、絶対に何かが映るってこと? 出ないかもと希望を抱いて避けていたけど、そういうことなら、ちょっと使ってみても……いいかも?
「でも、どうして説明を変えたんですか?」
「他の人に使わせる。そして、使われた人がまた別の人に使う。ちょっとした後悔よりも、『人生で大きなミスをしてる』って思わせた方が、憎しみが増して……売れるんですよ」
そうだった。店主さんは悪魔だった。
一見優しそうに見えても、時々こうして商魂をむき出しにしてくるから怖いんだよなぁ。
それにしても、商品を作るたびに吸血薔薇の万年筆を使ってるんだよね?
「大量生産したら、店主さんが貧血になるのでは?」
「そうなんです。大量受注があると、翌朝は目覚め最悪ですよ」
貧血で目覚めるって、どれだけ具合が悪いのか想像もつかない。
「まあ、今は二人ですから、血液は実質倍です」
「ちょっと待って! 僕も人数に入ってるの!?」
「ご安心ください。柴崎様が吸血薔薇の万年筆を使って商品を作ると、失敗時の後処理が面倒ですので、この『献血セット一式』で、私に血を送っていただきます」
この店、治外法権すぎるっ……!
『ガウ!』
そのとき、ガウスが突然吠え始めた。
「ふむ、特殊なお客様のようですね。ガウスはバックヤードへ。柴崎様は、外のお客様を店内にお通しいただいた後、扉の看板を下げてくださいませ」
☆
今回は人体模型の話よりも、分岐カメラの本当の説明や道具の作成の説明がメインですね。
人体模型が動くというのは調べてみると色々な説があります。そのほとんどは目の錯覚だったり気のせいだったり、偶然風が吹いて倒れたりなどですね。まあ、そもそも風が吹くというのも、戸締りとかどうしたのかと思う部分ですが、昭和の田舎の学校なんかは天井の窓が開いていたりなど、調べれば調べるとほかの歴史も見つかったりしますね。
基本的には一話完結型ですが、今回は次に続きそうな終わり方をしています。が、次の話からも読めるような感じにはするつもりです!