おしゃべりフード
☆
「おーよしよし、ここが良いのかー?」
『ガウガウ!』
「うんうん、今日も可愛いぞー」
『ガウ!』
お客さんがいないときはガウスを撫でて過ごす。うん、なんて良い福利厚生だ。
初めて見たときは剥製の犬ってことで、すごく怖かったけど、こうしてじゃれてきたり、見慣れてしまえばとても可愛い。数滴血を与えると一時的に普通の犬の姿に戻るから、散歩にも連れていける。
もっとも、ガウスは元々絶滅した犬の剥製らしく、詳しい人が見たら驚くらしい。何度か知らない人に尋ねられたけど、近い犬種の名前でごまかしてきた。
「わあああああ!」
突然、バックヤードから店主さんの叫び声が響いた。
「イナリ! 僕は店主さんのところへ行くからガウスを頼む!」
「あーい」
気の抜けた返事。あとで説教が必要かもしれないなと思いながら、急いでバックヤードへ向かうと、仰向けで倒れている店主さんと、部屋の真ん中にはドッグフードらしきものが置いてあった。
「いてて、久々に新商品開発をしていたのですが、ウマが合わず交渉決裂で失敗しました」
「悪魔の契約を失敗すると、そんなに派手に倒れるのですか? というかケガはしてないですか?」
「大丈夫ですよ。ちょっと躓いただけです。ケガもありません。それよりも中途半端な道具が生まれてしまいました」
中途半端な道具……見た目はただのドッグフードだけど、何か効果があるんだろうか。
「まあ、害はありませんし、食べ物を粗末にしたくないので、これをガウスに食べさせてあげてください」
「変なものじゃないよね?」
「変な物と言われると変な物ですが、問題はありません。効果も消化するまでなので、大丈夫ですよ」
言われた通り、ドッグフードを持っていくと、イナリがガウスのおなかをくすぐっていた。ガウスはすごくくつろいでいる。……というか、そんな姿僕の前では見せたことなかったよね!?
「ワシのなでなでスキルが日々成長しておるのじゃ。ガウスも骨抜きじゃろう?」
『がううう』
「いつの間に……あ、それはそうとガウス、店主さんがこれを食べてってさ」
『ガウ!』
そう言ってガウスは立ち上がり、僕の手からドッグフードを食べた。
『がっ!』
一口食べた瞬間、食べるのを止めた。……え、これってとんでもない毒なんじゃないの!?
「店主さん! これ、もしかして毒ですか!?」
「ああ、言い忘れていましたが、それはゾンビ犬ですら味覚を感じるほど不味いものです。悪魔道具としての欠点部分がそれです」
美味しくない食べ物だったら最初から渡さないでよ!
「よしよし、ガウス。大丈夫? ごめんなー」
『うー、ご主人、ひどい』
「え?」
『でも、ご主人がくれたご飯だから食べないと……ん? ご主人、どうしたの?』
「待ってガウス、今喋ってる!?」
『え? ご主人、ボクの声わかるの?』
「わかる! え、もしかしてこれ、犬と会話できる悪魔道具!?」
店主さんに聞くと、こくりと頷いた。
「『おしゃべりフード』というもので、本当は別の効果があるのですが、今はペットと会話ができるという効果があります」
「ガウスー! 偶然一回だけ会話したことがあるけど、ちゃんと話せるのは初めてだね!」
『ご主人! わーい! お話できるー!』
尻尾がいつも以上にぶんぶん振っている。たくさん撫でると、さらに勢いよく尻尾を振った。
「これは動物と意思疎通することができる悪魔道具を作ろうとしましたが、肝心の悪魔が色々条件を追加で提示してきて、途中で却下して生まれた失敗作です。同じものを作るのは難しいので、今回限定ですね」
「失敗は成功のなんとかってやつだ! わー、ガウス―、わー!」
『ご主人とお話だ! えっとね、えっとね、いつもありがとう!』
もうこの子を一生大事にしようと決めた。
「おーいご主人。一つ良いかの?」
「何? というかご主人呼びが被ってるね」
「何を言っているのかさっぱりなのじゃが、ワシにはガウスがいつもの『ガウガウ』と言っているようにしか聞こえぬぞ?」
「え?」
店主さんに聞いてみると、「ふむ」と言って考え込んだ。
「ワタチは本当の契約者なのでガウスの言葉は理解していましたが、このドッグフードは話す相手を選ぶんでしょうか? ガウス、試しにイナリ様に話しかけてください」
『ガウ!』
ん?
今度は普通の言葉に戻った?
「お! 今、ワシに話しかけたぞ。なるほど、ガウス本人が相手を選ぶのか。これならなかなか便利じゃな」
『ガウガウ!』
「おーそうかそうか。ワシのなでなではそんなに良かったか」
「ちょっとイナリ! ガウスとお話してずるいよ!」
「さっきまでお主と話しておったじゃろ」
『ご主人、イナリに嫉妬?』
そんなやり取りに笑いつつ、今日はお客さんが少なかったので、暇を見つけてはガウスとおしゃべりをしていた。
☆
日が暮れて、閉店間際。
ガウスが僕の手をぺろりと舐めてきた。
「どうした?」
『ご主人、そろそろ会話できる時間が終わりそう』
消化したら終わり。
ガウスは僕の血を与えることで一時的に元の犬の姿に戻る。そのときに消化器官も一緒に戻る。
ゾンビ犬状態では腹部に穴が開いているので、ドッグフードがそこから落ちる。つまり、どの状態でもガウスが話せる時間は限られているってわけだ。
「そうか。ちょっと寂しいけど、また話せるといいな」
『あのねあのね、本当にいつも感謝してる。ボクは恐怖を喰らう犬だけど、ご主人は最近のボクを普通の犬として見てくれてる。とっても嬉しい!』
「怖がられて嬉しい犬なんじゃないの?」
『嬉しいわけじゃないよ。ボクは『生きるために』恐怖を食べてる。恐怖を食べないと餓死しちゃうんだ。ご飯以外の楽しみをくれたご主人に感謝だよ!』
「そっか。じゃあこれからもたくさん遊ぼうな」
『ガウ!』
ちょうど返事をするとき、ドッグフードを消化したようだった。
「ふふ、今日は一日楽しそうでなによりでした」
「あ、お仕事をおろそかにしちゃったかも。すみません」
「大丈夫です。今日はお客様も少なかったですし、接客対応は普段通りでしたから。それよりもイナリ様を背負って帰るの、頑張ってください」
「……うぷ……すまん」
「……はい」
イナリは『それほどまずいドッグフードなのか。どれ、ひとかけらを……ウグ!』と言って、ほとんどの時間をトイレで過ごしていた。
「ガウスはマズい程度で済んだけど、イナリは一日何もできないくらいってことは……ガウスって味音痴なのか?」
『ガッ!』
「違いますよ。ガウスは単に『ご主人』に与えられたご飯を食べるということと、話せるということが色々と上回ったんです。話している間も口の中は変な味が残ってたと思いますよ」
「ガウスー、お前ほんとに良い犬だー」
『ガウガウ!』
抱き着くと、またガウスは尻尾を振った。
「ご主人よ。すまぬが背負ってくれ。もしワシのオクチから何かが出た時に、背中で色々と隠せるからのう」
「え、本当に嫌なんだけど」
「仕方が無いですね。この酔い止めを渡すので、耐えてください」
「これは悪魔道具かのう?」
「ふふ、どうでしょうね。そう思った方が効果はあるかもですね」
これ以降、イナリは悪魔道具の食品を勝手に口にすることはなくなった。
やっぱり失敗は成功のなんとやら、ってやつだな。
動物と会話ができると言うのは、良いアイテムもあれば悪いアイテムもありますね。
家族のように接しているペットとは会話がしたいと思う家庭も多いでしょうが、例えば『すべての生き物の会話が理解できる』というアイテムなら、その辺を飛んでる虫の声も理解できちゃったり?




