逆立ちの砂時計
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悪魔道具とは、大きな代償を払って、ほんのわずかな利益を得るもの。
けれど、もしその「代償」自体が利益になったら?
たとえば、嫌いな野菜があるとしよう。悪魔にその野菜を「代価」として差し出し、代わりに好物に変えてもらう――。
そんなことができたら、悪魔道具の欠点を逆手に取って、むしろ便利なものになるのではないか。
「というわけで店主さん、欠点すら利点にできる悪魔道具って、ありませんか?」
「ありますよ」
……あるんだ!
僕の中では天才的な発想だったから、もしも「それは盲点でした!」なんて言われようものなら、クアン教授の研究室に走って報告に行くレベルだったのに!
「悪魔にとっては『代償』であっても、人間にとっては『利益』となるケースは多々ございます。ただ、私がそうした道具を積極的に作らないのは――経済が破綻するからです」
「経済が破綻?」
「はい。たとえば、“お金を代価に寿命を延ばす”ような悪魔も存在します。これは人間にとっては、かなり魅力的な契約でしょう」
そう言って店主さんは、右手を軽く掲げ、青白い炎を揺らした。
……だから、こういう雑談のときに、男心をくすぐる演出はやめてほしいんだけど!
「一見すると、寿命が延びるのは良いことのように思えますが、老いは消えません。つまり、本来なら死んでいるはずの時間を生きることになるため、かえって“死以上の苦しみ”を味わうことになるのです」
「それって、十分に欠点じゃ……?」
「ええ、ですが、その苦しみは“悪魔が与えた”ものではなく、“人間の体の仕組みによって生じる”ものです。悪魔の契約はあくまで“寿命を延ばす”ところまで。あとの影響は人間側の問題です。そうやって、世界というのは自然にバランスが取れているのですよ」
なるほど。
つまり、悪魔道具の欠点を無理に反転させても、結局どこかで別の歪みが出るってことか。
「寿命延長系で、分かりやすい道具がございますので、それをイナリ様にお試しいただきましょう」
「今日はワシの出番は無いと思っておったのに……また悪魔道具の実験かのう」
「まあまあ、痛みはありませんよ。ほら、この『逆立ちの砂時計』をお持ちください」
見た目はどこにでもありそうな、普通の砂時計。
けれど、イナリが手にした瞬間、砂が下から上へと登り始めた。……どんな仕組みなんだ、これ。
「この道具を使うと、三分間だけ寿命が延びます。ただし、その間は体がまったく動かせません」
「う、うぐ……本当に、体が動かぬのじゃ……」
「へえ、三分延びるんですね。……あれ? この砂時計って、何分の砂時計ですか?」
「三分です」
……意味ないじゃん!
「まあ、こうして“終息”するわけです。悪魔は世界に深く干渉できません。それができるのは、神側の特権ですからね」
とはいえ、この砂時計を使っている間は身動きが取れないけれど、動く必要のないちょっとした休憩の時に「休憩中できて寿命も伸びる」と思えば、意外と悪くない商品なのかもしれない。というか、一石二鳥?
でも、延ばした寿命が苦しみにつながるのなら、やっぱり意味がないかもなあ。
「なあ、悪魔店主よ」
「はい」
「ワシのような霊体は、寿命が無いのじゃが……その場合はどうなるのじゃ?」
あ、言われてみればそうだ。
イナリは、もともと僕の母に憑いていた背後霊で、いろいろあって今は僕の家に居候している。
霊体には寿命がないとすれば、寿命を代価にする契約なんて成り立たないはずだ。
「寿命が存在しない種族の場合、“寿命を代償にした契約”は成立しません。ただし、イナリ様の場合は“憑依している肉体の劣化”を寿命と見なすため、契約が成立する可能性もございます」
悪魔にも、いろいろな解釈があるらしい。
そんな話を聞きながら、僕はふと、別の疑問を口にした。
「本当に存在するのかは分かりませんが……たとえば、エルフみたいに長寿な種族って、どうなんですか?」
「精霊種であるエルフは、悪魔との契約においては厳格な制約があります。ただし、エルフ以外の“長命種”であれば、寿命を対価に契約することは可能です。その分、非常に強力な悪魔を呼び出すこともできますね」
なるほど。
寿命そのものが存在しない種族は無理でも、“長く生きる”種族なら、契約はできるということか。
――と、ここでイナリがゆっくりと動き始めた。三分が経過したらしい。
「ちなみに、この商品は“特殊な電流が流れて体の動きを止める三分タイマー”という名目で販売しています。あまり売れ行きは良くありませんが、一定の需要はありますので、気にせず陳列してください」
「はい」
そう返事をして、僕はまた、いつもの作業に戻っていったのだった。
寿命を伸ばすと言うのは悪魔が出てくる物語では良くありますね。永遠の命を代償に精神を崩壊ーとかですね。
今回はがっつり道具を中心に展開した物語で、補足も入れましょう。
3分間身動きは取れませんが、イナリは会話ができているため、体の全てを止めるわけではありません。そうなると「3分寿命を伸ばす」という悪魔の契約に対して、「使用すると体の機能が停止し、死に至る」という矛盾が発生します。
よって、体の動きだけを代償にしていますが、作中でも出た通り、本来であれば安らかに亡くなる予定が、3分伸びる。これは例えば交通事故で本当なら即死状態にもかかわらず3分は生きると言うことになります。
深く考えると、この道具は思った以上に恐ろしいものなのかもしれませんね!




