アガレスの方位磁石
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寒がりの店主が営むオカルトショップの地下室には、販売できない悪魔道具が所狭しと並べられていた。
──というより、地下へと続く階段を下り、灯りをつけた瞬間、その光景はまるで美術館のようだった。
通路にはガラスケースがずらりと並び、中には厳重に保管された道具たち。まるで熱心なコレクターの私室に迷い込んだかのようだ。
「このガラスケース、もしかして封印の一種ですか?」
「お見事ですね。これは水晶製の特注品です。悪魔の力が漏れ出さないように設計されていて、しかもワタチ──つまり、悪魔であるワタチ自身でも安全に触れることができるのです」
店主さんは悪魔。つまり、神聖なものには触れられない。
封印の札などには指一本触れることもできないが、「外に出さない」「悪魔に破壊できない」といった性質の物には、どうにか接触できるらしい。
「まずはこの『アモンの壺』を、空いているケースに入れましょう。これで、妙な影響も出なくなるはずです」
その壺には、調和を司る悪魔アモンの断片が封じられている。
壺の近くにいる者同士は妙に気が合い、やけにチームワークが良くなる一方、壺から離れた場所では、なぜか些細なことで争いが勃発するという。
僕にはまだ詳しい理屈は分からないが、店主さんの話ぶりから察するに、かなり危険な品であるらしい。
ふと、隣に並ぶ別の道具に目が留まった。
「これも、やはり危険な悪魔道具なんですか?」
「これは『アガレスの方位磁石』ですね。アモンと同じく、ゴエティア系の悪魔に属する道具です」
ゴエティア系──いわゆる七十二柱の悪魔たちに関連した道具は、なかでも特に危険とされている。
市場に流せば、きっと取り返しのつかない災厄を引き起こすだろう。
この方位磁石も、例外ではないようだ。
「どんな危険性があるんでしょう?」
「この方位磁石は、持ち主が“行きたい場所”を必ず指し示します。けれど、そこへ辿り着くまでに命を削る──その代償が、恐ろしく単純なのです」
「……命を削って、行きたい場所に行く……」
使うたびに少しずつ命が削れるとして、ほんの数秒の短命で済むなら、なくし物を探すときに便利そうだと思ってしまう。
「かつて、ある貴族が父親を殺された事件で犯人を探すためにこの磁石を使いました。他にも、ある海賊が隠した財宝を追う際には、死刑囚の命を代償にして使用された記録があります」
「本当に、“なんでも”探せるんですね……」
身近な小物を探す用途を想像していた自分が、なんだか浅はかに思えてくる。
この磁石が指し示す範囲は、迷子のペットどころか、眠れる秘宝や行方不明の人間までも含まれているのだ。
「この水晶の函に入っている限りは、どんな願いを抱いても影響はありません。実際に使うには、手に取り、血を一滴垂らす必要がありますので……まあ、そうそう勝手に発動することはありません」
店主さんは軽い調子で言ったが、ここに眠る道具の数々は、国家機密級の危険物ばかりなのだろう。
下手に使用されれば、国同士の争いの火種になってもおかしくない。
「処分は……しないんですか?」
「万が一の事態が起きたとき、この性能でしか解決できない問題もありますからね。そのときのために保管しているのです。実際、最後に誰かに貸し出したのは──もう六年前の話になりますが」
なるほど、店主さんが普段作っている悪魔道具は、低位の悪魔を材料にし、リスクも比較的少ないものばかり。
それに対して、この地下に保管されているのは、いわば非常用の核兵器のような存在というわけだ。
それでも……なんでも願いを叶えるような道具がすぐ手の届く場所にあると思うと、少しだけ惹かれてしまう自分がいる。
「悪魔道具の誘惑に負けてはいけませんよ?」
「はっ……! いえ、使いませんよ、もちろん!」
「まあ、そう言っても仕方のないことです。いかに水晶の函に封じていても、誘惑の“気配”までは遮れませんから。──さて、そろそろ出ましょうか」
そう言って、店主さんは僕の腕を軽く引き、地下の展示室から連れ出したのだった。
ここでいうところの「何でも探せる」というのは、物以外も含まれます。例えば「将来の恋人」や、「未来に悪影響を与える人物」とかですね。つまり、ここに封じられてるアガレスの断片はかなり大きなことができる悪魔であり、小さなものを探すにしろ「全力で」探すため、代償として寿命を削ることになります。
それを削っても探したいと思う人は、意外と世の中にはいるものかなーと。




