ー幕間ー ゴエティアの悪魔
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時々この『寒がり店主のオカルトショップ』には臨時休業日がある。でも、僕も休みというわけではない。
臨時休業日に出社するのは普通の人らな嫌がることだが、この職場はびっくりするほどホワイトなので、僕は喜んで出社する。店主さんのお昼ご飯も食べれるしね。
「だから、そのお話はお断りですよ」
「そこを何とか!」
黒いスーツを着た人が必死に何度も頭を下げている。僕はその姿を見ることしかできなかった。
付き添いでもう一人いて、その人も合わせて頭を下げている。
(イナリ、僕は黙ってた方が良いんだよね?)
(うむ、先ほどこやつの心を読んだが、なかなか恐ろしいことを考えておる。目で合図も送ったから、ここは悪魔店主の意見を優先じゃな)
イナリの心を読む能力により、頭を下げている男はとんでもないことを考えつつ、それを可能にする道具を作るために店主さんに頼み込んでいる……という感じだろう。
「過去に貴方の依頼で販売した道具は、その後とんでもないことになりましたからね」
「ですから、今回は私だけが使用するので!」
「信用できません。お引き取りください」
そう言って店主さんは右手にカラーボールを持ち、投げようとした瞬間、男たちは逃げるように店から出ていった。
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臨時休業日の場合、店主さんも含めて外で作業を行ったりして、おおよそ一日かかるのだけれど、今回は一時間で用事が終わって帰るだけになった。
「ということで来ていただいてすみませんが、本日はこれで閉店ですね」
「ちょっと待ってください。お昼ご飯は!」
「ええ!?」
僕の人生の楽しみの九割が無くなったんだけど!
「悪魔店主よ。このご主人の動力は悪魔店主のお昼ごはんじゃ。それが無いとなると、寂しいものになる。ついでにワシのお昼ご飯もカップ麺になるのじゃ」
「カップ麺も美味しいと思いますが……分かりました。では、ワタチの家で食べましょう。クアン様も今日は休みみたいなので、家で鍋にでもしますか」
ということで久々に店主さんの家に呼ばれ、ウキウキの僕。
店主さんの家に入ると、すでにクアン先生がリビングの椅子に座って本を読んでいた。
「やあやあご飯につられた哀れな柴崎青年よ。同族として歓迎しよう」
「なんでクアン様が偉そうなんですか。ちゃっちゃと作っちゃうので、座って待っててください」
「はーい」
そう言って僕とイナリが椅子に座り、クアン先生は読んでいた本を机に置いた。
クアン先生も店主さんと同じく悪魔らしいけど、まったくそんな雰囲気が感じ取れない。というか、普通に大学の先生してるし、一番社会人してる。
「久しぶりだなイナリ少女。大変な主人の面倒を見るのはどうかい?」
「退屈はしないのう。今日も悪魔店主のお昼ご飯が食べれないかもと思った瞬間の表情と言ったら」
「それ以上言ったら晩御飯はご飯に鰹節を乗せただけにするからね」
「せめて生卵はほしいのじゃ!」
「ほう、全否定では無く提示された案に付け加えることでご飯の鰹節乗せは絶対確保するという高度な交渉術。これは見ものだ!」
何やらクアン先生が興味を持ってしまった。
「じゃあ鰹節と生卵、どちらが良いか選ぶんだ」
「ちょっと待てご主人。どっちもと言う案は無いのか!?」
「僕を辱めた罰は地獄の炎よりも痛いんだよ?」
「殺生じゃー。では卵で」
「くっくっく。とても頭の悪い会話で愉快だ。地獄の炎も知らぬ青年が例えとして出すのも滑稽だ」
クアン先生が机を叩いて笑い出す。そこまで笑わなくても良いじゃん。
「クアン先生からすれば僕たちの会話は小学生以下の言い争いですよーだ」
「そうヘソを曲げるな柴崎青年。クーならこうするがそうしないことというものがクーにとって新鮮なのだよ」
そう言ってクアン先生は昔の芸術家を例えに出した。
ある日、猫の絵を描いた画家が居た。それを見た別の画家が模写をした。その完璧な模写は周囲を驚かせたが、数十年後にはその画家は写真のような絵を描くことは無く、一般人には理解できない絵を描き始めたとか。
「クアン先生ってやっぱり絶対相手をリスペクトしますよね。言い方は馬鹿にしているようにも見えますけど」
「本当のバカは救いようがないが、クーも人を選ぶ。その選ぶ基準は人よりも低いというだけだ。故に、禁忌とされている悪魔を駆使して金銭を稼ぐ悪魔店主もクーは最大限にリスペクトしているよ」
と、言ったところで店主さんがチャーハンを持って出てきた。
「ワタチを褒めても今日のおかずは増えませんよ。おかわりは自由なので、足りなかったら言ってくださいね」
……あれ、鍋は?
「店主さん、今日は鍋だったのでは?」
「それが、醤油を切らしていたんです。仕方が無いので、鍋に使う予定の野菜や肉を細かく切って、チャーハンにしました。あと、こっちはキュウリの味噌漬けとたくあんとお味噌汁とこんにゃくを使った酢漬けと杏仁豆腐のデザートです」
チャーハンの後に凄い勢いで出てきたんだけど!
おかずは増えないとは一体!?
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ご飯を食べ終え、僕とイナリは余韻に浸っていた。緑茶が心地良い。
「それよりも悪魔店主よ。今日は客人が来るから臨時休業って言っていたが、その用事が早く終わったからこの時間に帰れたのか?」
「はい。全く厄介なお客様でした。まさか『ゴエティアの悪魔系譜』の悪魔道具を作れって言ってくるとは思いませんでした」
ゴエティアの悪魔。なんか、ゲームとかで聞いたことがある単語だ。
「確かバールとかバルバトスとかですか?」
「お、柴崎青年は勉強家だな。クーから特別に三ポイント贈呈しよう」
わーい。
……何に使えるのかな?
「悪魔店主よ。そのナントカ悪魔系譜の悪魔道具とは何なのじゃ?」
「『ゴエティアの悪魔系譜』の道具というのは、言ってしまえばそのバルバトスなどを道具に宿すことです。今までは『空腹の小悪魔』などの無名の悪魔や、制御ができる『バク』などの悪魔を宿していましたが、上位の悪魔は制御が難しいんです」
「難しいだけで済むのかい? クーの見立てでは、ゴエティアの悪魔とはそれなりに有名な悪魔たちだ。道具一つで何かしらの影響を周囲に与えるのではないかい?」
確か店主さんは前に大変なことがあったって言ってたよね。
「そうなんです。当時はまだ資金不足で大変だったので、仕方が無く呼び出して、宝石に宿したんです。まさかそれが転売されて、その先で大変なことになるなんて思いませんでした」
「大変なこと?」
僕の疑問に、クアン先生はまるでこの展開を読んでいたかのように、一枚の新聞を取り出した。
そこには、海外で発生した大量殺人事件のニュースが書かれてあり、写真には大きな宝石が埋め込まれた指輪が写っていた。
「『グレモリーの瞳』と名付けた指輪です。未来を見る力を持ち、誰が所持者に悪意を向けるか知ることができるもので、中にはグレモリーと呼ばれる悪魔の断片が入っています」
「断片?」
「はい。ゴエティアの悪魔をそのまま呼ぶことはリスクが大きいんです。なので、その断片を呼び出して、できる範囲内の契約を結びます。本来なら未来だけでなく、あらゆる時間を見ることができるんです」
見るだけなら全然問題ないのでは?
「くっくっくー。その柴崎青年の表情から察するに『見るだけだったら無害では?』とか思ったな」
「大正解です。実際無害では?」
「未来や過去を見せるというのは契約者が得られる物。その対価として支払うものは想像を絶するものなのだよ」
そうだった。悪魔と契約をするんだから、それなりの対価……いや、それにそぐわない対価を支払う必要があるのを忘れていた。
「『ゴエティアの悪魔系譜』は全員が高位の存在なんです。支払う代償は生涯得ることができる資金や財宝。そして幸せや運などの概念も取られます」
そんなに危険な悪魔もいるんだな。僕の周辺の悪魔は皆優しいから気が抜けそうだけど、本来はそういう裏の面もあることもちゃんと理解していないと危ないよね。
「だが悪魔店主よ。クーが最近海外出張で得た情報の中には、悪魔店主が作ったモノ以外の悪魔道具もある。その中には当然『ゴエティアの悪魔』に関するものもあるぞ?」
「『ウィジャボード』とかも海外から輸入したものじゃのう」
「はい。今悪魔道具が作れるのはワタチだけ……とは言い切れませんが、今のところ知る限りではワタチだけです。ただし、数千年もさかのぼれば『ウィジャボード』のように過去の悪魔道具として発掘され、現代で暴れる可能性もあります」
と、ここで店主さんは僕の目をしっかりと見て言った。
「なので、もし初見の悪魔道具を知り合い以外から見せられても、使わずにワタチに渡してくださいね」
「はい」
そりゃ、悪魔道具だからね。お店で働いているからと言って、専門家というわけでは無い。
「かかかっ。悪魔店主は良い部下を持ったようでクーも安心だ。ついでにモフモフ尻尾の狐耳尻尾のマスコットキャラクターもいる。働いていて飽きないな」
「むむ! クアン様、それは聞き捨てなりません。ワタチのお店のマスコットは『空腹の小悪魔』です。今日はその魅力をたっぷりとお見せしますよ!」
「おい待て悪魔店主よ。今クーたちはお腹いっぱいで、その状態であのグロテスクな目玉の悪魔を見せるんじゃ……ぬあああああ!」
クアン先生って、店主さんと長い付き合いだったと思ってたけど、空腹の小悪魔には弱いんだ。まあ、僕もあの顔が近くに寄ってきたらちょっと怖いけどね。
芸術家については諸説ありますが、ピカソが昔ありえない早さで猫を模写してたとか。
さて、今回は悪魔の代表格である「ゴエティア」を出しました。有名な名前だとバルバトスやバール、パイモンといったものがありますね。
それぞれ何をしていたのかは多すぎるので、そのうち悪魔道具にて出していこうと思います。




