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空腹の小悪魔ちゃんリング


 ☆


 店主さんは帳簿を見て悩んでいた。もしかしてお店の売り上げが悪かったのだろうか。


「その、店主さん!」

「はい!?」


 突然大声で呼んだから驚かせてしまった。


「えっと、お役に立てるかわかりませんが、相談なら乗ります!」

「ああ、すみません。別にそこまで悩んでいないんです」


 そう言ってほほ笑む店主さん。いや、絶対にこれは無理をしている顔だ!


「悪魔店主よ。捩じらせご主人が悪魔店主の表情を見て、夜も寝れなくなってしまうから正直に話せ」

『ガウ』

「ちょっとイナリとガウス。僕の心と不安な気持ちを察するのはやめてよ!」

「いえ、大したことでは無いんです。最近『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』の売れ行きが悪いんです……こんなに可愛いのになー」


 目玉にコウモリの羽がついた不気味なキーホルダー。僕が初めて知った商品で、意中の相手を思い浮かべながら目の部分に血を一滴擦りつけると、意中の相手の夢に自身が登場するとのこと。

 欠点もあって、意中の相手には毎回必ず登場するらしく、それを解呪するには近所の神社で五百円でやってくれるらしい。

 この『空腹の小悪魔ちゃん』は、元となる悪魔が存在していて、それは店主さんオリジナルの悪魔の『空腹の小悪魔』というもの。人の頭くらいの目玉と巨大な羽が生えていて、実物を見た時は気を失うほどキモイ存在だった。

 ……まあ、店主さんはその『空腹の小悪魔』を可愛がってるからキモイなんて言えないけどね。


「相手の夢に登場すれば無意識に相手を想うようになるというものですが、その間に意中の相手が変わった場合はドロドロな展開になるっぽいんですよ」


 使用者に問題があるのではと思ったが、そもそも悪魔道具を使う人がおかしい。まあ、この店で働いている間はその考えは捨てているんだけどね。


「意中の相手に夢を見せると同時に、自分の夢の中に意中の人も登場できるようにすれば良いのでは?」

「残念ながらそれだと『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』の許容範囲が超えてしまいます。別の悪魔も取り込む必要が出てくるのですが、二つの悪魔を取り入れると面倒なんですよね」


 悪魔業界の常識が分からない。とりあえず馬が合わないとかなのかな。


「そもそも『人の肉を喰らう悪魔』に対して、夢を扱うのはかなり無理があるんですよね。下級悪魔だから被害が少ないですけど、空腹の小悪魔からすれば専門外の作業をさせられているんですよね」


 今絶対すっごい物騒なことを言った!

 人の肉を喰らうってサラッと言ったぞ!


「そもそも夢に出てくるだけで、それ以上のことはできぬのか?」


 イナリの素朴な疑問に店主さんは「うーん」と言って考え込んだ。そもそも僕はその疑問すらたどり着けていないんだけどね。


「廉価版の空腹の小悪魔ちゃんとなると、血でできるギリギリのラインが夢に出すことだけなんです。それ以上の代償を支払えば、夢の制御もできると思うんですけど……」

「ふむ、であれば『空腹の小悪魔ちゃんシリーズ』として、こういうものを出すのはいかがじゃ?」


 イナリの案は想像以上に店主さんも驚き、早速店主さんは作業に取り掛かった。


 ……僕は置いてけぼりなんだけど!


 ☆


 数日後、意中の相手の夢に自分を出すことができる『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』に加えて、『空腹の小悪魔ちゃんリング』が発売され、瞬く間に売れ行きは上々。

 宝石を付ける部分が小さな目玉というとても気持ち……個性的なデザインなのだが、高価は抜群だった。


「こちらのキーホルダーは五百円、そしてこちらの指輪とセットで二千円です。効果が倍増しますよー」

「まじー? ちょっと買ってみようかな」


 何より店主さん的にはこのセット商品により、大量の五百円玉を両替しなくても済むという副産物も得ることができて、一石二鳥らしい。この店の看板商品が『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』だったからこそ、大量の硬貨は悩みの種だったとか。


「ふう、これで今日の分は全て売り切りましたね。どうやら効果は出たみたいで良かったです」

「あのー、質問良いですか?」

「何ですか?」

「指輪を付けただけで、どのような追加の効果を付与したんですか?」


 お守りを何個も付けている感じがして、あまりありがたみは少ないような気もする。


「まずこの指輪という部分が重要です。人の薬指は心臓に直結していると言われているので、悪魔的にも薬指とは相性が良いのです。心臓に近い位置に置くという代償として、相手の夢に出てくる自分は毎回酷い目に逢うという契約をすることになります」

「心臓に近いというだけで叶えてくれるんですか?」

「空腹の小悪魔にとって人間の心臓は一番のごちそうです。かなり小さい悪魔なので、そこにいるだけで代償は支払っているようなものなんです」

「ということはほぼ代償無しで使えると言うことですか。そして夢では常に悲劇のヒロインになっていると」

「意識せざるを得ない状況をさらに強める。そしてお店は紙幣が増える。うん、今回のエムブイピーはイナリ様ですね」

「そう褒められても何も出ぬぞ」


 そう言って店主さんは終始ニコニコしながら、在庫が無くなった『空腹の小悪魔ちゃんリング』の量産作業に取り掛かった。

 すると、イナリはその様子を見てため息をついた。


「どうしたのイナリ、結果を出したのに元気が無いね」

「いや、ご主人は深く考えなくても良い。これはワシが提案したことじゃからな」


 そしてイナリは箒を持って店の玄関の掃き掃除を始めた。


「悪魔が……を常に狙って……況がどれほ……ものか、ご主……知らなく……良いのじゃ」


 何やらイナリは独り言をつぶやいたが、全て聞き取れなかったから僕はそのまま流した

 運命の赤い糸は薬指にあり、薬指というのは心臓に繋がっているという説がありますね。とは言え、血管が通ってる箇所は全て心臓を通るので、意識的な問題だとは思います。

 悪魔にとって生命力は重要で、命を直接動かす心臓は中でも一番重要なものですね。目に見えない命が魂だとすれば、目に見える命は心臓という事でしょうか。

 そんな心臓を悪魔に預ける。これは柴崎君が思ってる以上の代償だと気がつくのはいつになる事でしょう。

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