痛み分け人形
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藁人形は僕でも知っている有名な悪魔道具だ。顔に写真を付けて、腹部に五寸釘を打ち付けると、顔写真の人に激痛や不運の呪いが降りかかる物で、実はこの店でも売っている。
それと似たもので『痛み分け人形』という物があり、これは藁人形と違って兎のぬいぐるみのような見た目をしている。というか、兎のぬいぐるみである。
「真空パックに入っているけど、何か理由があるのかな?」
「ああ、それは『触らないように』しているんです。箱だと場所を取るので、袋がちょうど良いのです」
「触らないことが重要……つまり触ると何かしらの契約がなされるということですか?」
「大正解です。今日のお昼はご飯大盛ですね」
正解しなくても大盛をお願いすると大盛にしてくれるから、今のはご褒美というよりも強制大盛ということになる。美味しいから不満はないけどね。
「ちなみに今日はお隣から松茸をいただいたので、松茸ご飯でした。大盛は無しのつもりでした」
「やったー!」
「おーい悪魔店主。ワシにもクイズを出してくれ!」
前言撤回。大盛大歓迎である。
「それはそうと触るとどうなるんですか。うっかり触らないように教えてください」
「藁人形と効果は似ています。対象物が触った人になります。藁人形の場合は遠隔で呪いをかけられますが、下準備に時間がかかります。そもそも五寸釘を用意したり、打ち付けるのに大きな音も出てしまいます。蝋燭を頭に巻く必要も出てくるので、かなり欠点だらけですね」
「それに引き換えこっちは触った人が対象になると。触った瞬間、感覚が同期されるんですか?」
「はい。解呪方法も知ってるので試しにやってみましょう」
そう言って店主さんは袋から兎のぬいぐるみを触れずに取り出し、それをイナリにぶつけた……いや、さりげなくやってるけど、今のも魔術だよね!? もっと普段から見せてよ!
「うお、突然ぶつけよって何をっいって!」
痛み分けぬいぐるみがイナリにぶつかり、それがポトリと落ちた瞬間、イナリは大きく叫んだ。もしかして本当にあの一瞬で感覚が同期したの?
「うむ……まさかこの奇妙なぬいぐるみと感覚が同期するとは……くふふ、ぐっ……ふう、むむ……はあはあ」
「え、イナリ、様子が変だけど?」
イナリの目の前に落ちたぬいぐるみは当然近くにいたイナリが拾ったわけだけど、なんか突然体をくねくねしたり、急に苦しみ始めたり、息を荒くし始めた。
「当然です。そのぬいぐるみは現在イナリ様と感覚が同期されています。普通のぬいぐるみと同じような扱いで、お腹の部分を掴めばお腹がもまれたようになりますし、首を掴めば首が絞めつけられます」
「早く言うのじゃ……くふふ!」
突っ込みに力が入り、うっかりお腹を握ってしまったようで、笑いをこらえている。うん、これって結構凄い悪魔道具だな。
「この中に入っている悪魔は人間と同じ感覚を得たいという変な癖を持っているので、結構お手軽に作れるんです。ただ、触れたら契約なので、扱いがちょっと大変です」
「なるほど。でも、どうやって誰かにこの呪いをぶつけるんですか?」
「あー、柴崎様もまだまだ若いですね。これは自分用なんです」
「自分用……まさか」
「まあ、自分で自分を痛めつけることはできませんし、かと言って誰かにお願いをすると変態ですからね。そこで悪魔が介入することで、自分の体を自分で叩くこと無く自分を痛めつけられるんです。これは低コストなのにすごく高額で売れるんです」
一気にこの道具を見る目が変わってしまった。
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イナリの呪いを店主さんが解き、しばらく経つと、車椅子に乗ったお客さんがやってきた。この店はそれほど広い通路は無いため、連れの男性が途中から背負っての接客になった。
車いすに乗ったお客さんはまだ十代くらいの少年。見た所足が義足だし、足に関する悪魔道具かな。
「大変すみませんが、足を生やすなどの道具はありませんよ?」
店主さんが何か言われる前に、話をすると、背負われていた少年は首を横に振った。
「いいえ、僕が欲しいのは『痛み分け人形』です。噂では兎のぬいぐるみの形をしていると聞きました」
「ぶっ!」
僕が噴き出すと、少年が僕の方を見た。
「えっと、僕が何か変なことを言いました?」
「いえ、あれは何と言うか、特殊な道具なので、君のようなお客様が買うとは意外というか、すみません」
「事情はわかりませんが、その反応を見る限りあるのですね。是非見せてください」
「わかりました」
イナリが棚から『痛み分け人形』を取り出し、袋の口だけを開いて少年に向けた。
少しためらい、そして少年が手を伸ばして人形に触れた。
人形の頭の部分を触れた後、少年は自分の頭に触れた。つまり、感覚が共有されたのだろう。
「兄さん、ごめん、ちょっと椅子に座りたい」
「わかった」
そして近くにあった椅子に座り、再度人形に触れる。ゆっくりと袋から取り出し、そして足に触れた。すると少年の瞳から大きな涙が流れ出た。
「たくや! どうした! 痛むのか!?」
「違うんだ……あるんだ……僕の足が……感じたんだ!」
どういうこと?
僕は疑問に思って店主さんを見ると、店主さんも意外な出来事だと思ったのか、驚いた表情を浮かべていた。
そして僕よりも先に店主さんが少年に質問をし始めた。
「すみませんが、簡単でも良いので何が起こったのか教えてください」
「はい……僕は見ての通り両足がありません。あ、見ての通りと言っても義足なのでわかりにくいですね。最近両足に義足を付けたばかりで、数年前から足は無かったんです」
「心中お察しします。ですが、そこにあるというのは?」
「表現が難しいのですが、このぬいぐるみの足の裏を触ると、絶対に感じることができない足の裏の感覚があるんです。昔、歩いたときに感じたその感覚が今も感じます」
「はあ、それはワタチも想定していませんでした。ジョークグッズのつもりで販売していましたが、こういう使い方があるとは思いませんでした。とは言え『これは非常に貴重な道具なので』量産できません」
え、さっき低コストなのに高値で売れるって聞いたような?
と、僕の考えをまるで代弁してくれたかのように少年が話し始めた。
「巷ではそれなりに広まってると聞きましたが?」
「残念ながらこれを作る職人が少し前に亡くなったんです。まるで魔法のような仕組み故に製法を残さず亡くなられたのはワタチたちの業界では悔やまれています」
「そうなんですか。ではこれはかなり高値ですか?」
「そう言いたいところですが、新たな使い道の発見と、その権利をワタチにいただけるのであれば、無償で差し上げます。当然、このぬいぐるみを持っているということは黙秘していただくという契約も交わしていただきます」
「本当ですか!」
そして少年は喜んで契約書にサインをして、深く頭を下げて、また背負われてお店を出ていった。
そして見えなくなったところでイナリが店主さんに話しかけた。
「低コストで高価に売れる商品を『もう在庫は無い』みたいなことを言っても良かったのか?」
「はい。あれは特殊な性癖を持つ方に売れていたものです。それらは裏で広まるので、拡散力はかなり小さい。ですが、今回のように簡単に失った感覚を取り戻すという力があることが広まれば、魔術や悪魔が存在することが知られてしまいます。惜しいですが、生産中止ですね」
「でも店主さん、先ほど効果に関する権利を貰っていましたが、あれはどういう場面で使うんですか?」
そう言うと店主さんは不気味な笑みを浮かべた。
「同業者にこの情報を売るんです。この情報や権利は『痛み分け人形』を百体売るよりもお金になりますよ」
なんというか、店主さんってお金が好きなのかな?
遠隔モノと聞くといかがわしい動画になりかねませんが、本作はド健全コンテンツなのでそういう描写は今後も出ないでしょう笑
さて、痛み分けとは言っても人形は話さないので一方的に使用者が何かを感じるという道具になりました。
で、今回は比較的良い使い道を見つけてしまったと言うことで、店主さんは生産を止める流れになります。これが知れ渡ると悪魔の存在を世に知らしめますからね。
欠損した部分の感触を悪魔を通じて感じることができると言うのは、実際どのようなものかと言う疑問もありますが、本作ではとりあえずお客様が喜んでくれたという終わりにしました。




