時計日記
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今日は珍しくクアン先生がお店にやってきた。ということで僕のテンションは凄く高い。
「クアン先生だー。わーい!」
「甥っ子が叔父に会うような反応だな」
叔父というか、性別的には叔母さんなんだろうけど、僕のテンションはそんな感じである。
「クアン様がお店に来るとは思いませんでした。言ってくれれば商品を持って行きましたよ?」
店主さんとクアン先生は同じアパートに住んでいるご近所さんで、時々クアン先生は晩御飯を食べに行ってるらしい。
色々あって僕は凄いマンションに格安で住むことになったけど、店主さんのご近所さんの方が色々とお得ではと思った。
「百聞は一見に如かずと言うだろう。本棚の商品を全て耳で聞くよりも、クーが直接見た方が早いし正確だ。新しい書物や興味深い書物が無いか来てみたのだよ」
「そうでしたか。でしたら先月から今日まで入荷した本はまとめてあります。そこの棚が取り寄せたものなので、欲しいのがあったら言ってください」
そう言ってクアン先生は本棚の方へ行き、僕とイナリはクアン先生を気にしながら仕事に戻った。
と言っても、棚の商品の向きを揃えたり、小さなゴミを拾う程度で、これと言って忙しい作業は無い。
「そこのイナリ少女。クーの手伝いをしてもらって良いか?」
「うむ。なんじゃ?」
「ついでに、柴崎青年も暇を持て余してそうだから、クーの助手を頼もうか」
「はい喜んで―!」
バックヤードで店主さんが『どこかの飲み屋さんですか?』とあきれながら言っていた。
☆
高い場所に置いてある本は僕が取り、本の内容などの受け答えはイナリが行った。
「実に優秀な店員だな。これでここで働いているとは、他企業が血の涙を流すだろう」
「うむ、ワシはユウシュウじゃからな」
「クアン先生にそう言ってもらえると光栄です」
「謎にクーの評価が高すぎるのがちょっと気になるな。それよりもこの書物については、どういう内容か聞いても良いか?」
そう言ってイナリに見せた本は『時計日記』だった。
開くと立体的な絵が飛び出す絵本のようなもので、真ん中には時計が配置されている。日記と書かれてあるのに余白などが無い不思議な本だ。
「うむ、悪魔店主のメモによると、これは『時計が見た物を記す書物』らしいのじゃ」
時計が見た物を記す?
「さあここで問題だ柴崎青年。時計は何年前から存在すると思う?」
「唐突ですね……えっと、数百年くらー」
「ぶー」
はずれ判定が早い。え、でも懐中時計とかネジの時計って千年前とかには無いと思うんだけど?
「正解は数千年前だ。『日時計』と言うものがある」
「ずるい!」
「ははは。だが、時計と言うと時針と分針と秒針があるという固定概念があるが、当時の者からすれば時計と言えば日の光と影から作られるものということ。共通して時を刻むものだから、問いはずるくても間違いではないのだよ」
ううむ。ちょっと悔しい。
「して、クアンよ。時計が見た物を記すというこの日記は特別気に入った書物なのか?」
「そうだな。時を刻むのか、時が刻むのかわからないこの書物の最大の特徴は、記された内容だろう。次の頁を見ればその価値がどれくらいか……」
そう言って次の頁を開いたが、そこには何も書かれていなかった。
「おい悪魔店主。これは不良品か?」
「いえいえ、これはかなり純度が高い高級品です。試しに前の頁に戻って、時計の針を少し戻してみてください」
言われた通り、立体的な時計がある頁を開いて、指で逆回転してみた。しかし周囲は特に何も変わらない。
ふと、クアン先生が次の頁をめくったところ、そこには僕やイナリ、そしてクアン先生の絵が描かれてあり、話した内容や誰が話したかが書かれてあった。
「なるほど。先ほどまでは現在の時刻だったから書かれていなかった。いや、むしろ書いている最中だったから白かったのか」
「へー。話した内容や誰が話したかも書いてある。まるで小説のようですね」
……ん?
もしかして、これって店主さんの名前が分かる道具なんじゃない?
もう少し先で店主さんが声を出して……。
「おい悪魔店主よ。なかなかの逸品だが、君の名前も書かれてしまう道具だと言うことを理解しているのかい?」
「ええ!? それは盲点でした。やはり取り寄せた物はよく確認しないと駄目ですね」
そう言って店主さんはクアン先生から書物を取り、早々にバックヤードへ向かった。
やはりクアン先生は気がついていたか。
「残念だったな柴崎青年。悪魔店主の名前を知るにはもう百年生きてからの方が良い」
「名前を知ったところでどうというわけではありませんよ。でも、どうしてそこまで名前を知られたく無いのでしょうか」
「悪魔というのは名前がかなり重要な要素になっている。クーは若い悪魔だからこそそこまで気にしていない。しかし悪魔店主の場合は事情が違う。これはクーの推測だが、悪魔店主は『生きたいから知られたくない』のだろう」
クアン先生の推測に、僕は全く理解できなかった。
過去を刻む方法として日記が存在しますが、それらは人の手で書くからこそ綺麗になったり都合が悪いところは削られます。今回の道具はそれらも全て書く道具で、自動で書くというメリットと、不都合も書くというデメリットを持ちます。
悪魔道具ーと言われると難しい部分ですが、使用者によって欠点の大きさは異なるという点では、店主さんメタという感じですね。




