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記憶喰らいの寄生虫


 ☆


「おはようございますーって、何やらすごく元気がありませんね」


 店主さんの顔を見て少しだけ元気が出た。


「すみません。今日の夢に前職の嫌な先輩が出てきたので、ちょっと色々と思い出しました」

「ずっとうなされておったから、起こすか悩んだのじゃ」


 別に起こしてくれても良かったのに……とは思ったけど、それは僕の事情であり、イナリは迷っている間も心配してくれていたのだ。文句を言う筋合いは僕にはない。

 心配してくれるだけでも嬉しい。


「心配してくれてありがとうね」

「うむ、それにしても今まで前職の先輩とやらにパワハラを受けても何も感じなかったご主人が、今更思い出して怯えるとは、どういうことじゃ?」


 イナリの言う通りだ。前職で働いている間は何も感じなかった。むしろパワハラだとは思っていなかった。


「おそらくですが、この職場が良すぎて前と比べてしまうのでしょう。そして我に返るという感じでしょうね」

「そうかもですね!」

「冗談で言ったつもりですが、はっきり肯定されると照れますね。これからも美味しいお昼ごはんを用意しなければ、いつか前職の先輩と比べられてしまいますね」


 照れる店主さんを見てほっこりし今日も仕事を頑張ろうと思った。


 ☆


 夕方になり、お客さんも来なくなってきた。

 そろそろ閉店の時間かなーと思いつつも、やはり時々夢について思い出してしまう。


「うぬ、ご主人。まだ夢が忘れられぬのか?」

「うん。夢っていつの間にか忘れている物だと思うんだけど、なんか今回は忘れられないんだよね」

「夢は目覚めた後に記憶に刻まれることで忘れられない出来事となります。つまり、意識し過ぎたんですね。仕方が無いので、試運転も兼ねてこれを使ってみましょう」


 そう言って店主さんは小さな瓶を取り出した。

 ……中にミミズみたいなウネウネした生物が十匹ほど入ってるんだけど!


「うぬ、ご主人。おそらく淡白な味がすると思うが、我慢せよ」

「店主さんがいくら美味しく作っても、これは抵抗があるよ!」

「安心してください。これは悪魔道具です」


 どの部分が『安心』して良いのかわからないんですが?


「これは釣りの道具のミミズの形の疑似餌に悪魔を付与したものです。記憶を食べる悪魔は多く存在しますが、適性のある形を探すまで三年もかかりました」

「記憶を食べる?」


 店主さん曰く、このミミズの形の悪魔道具は、記憶を消す代償として記憶を食べるというお互いウィンウィンな悪魔道具らしい。


「人間社会で都合の悪い記憶は多いです。夢を喰らう『バク』と違って夢を喰らうことはできませんが、夢で根付いた記憶はこれで消せます」

「思った以上に便利ですね」


「まあ、今のところ夢や妄想で根付いた記憶以外を食べさせたら廃人になってしまうんですけどね……」


 今凄いこと言ったよ?


「どういうことですか?」

「記憶は一本の木で例えられたり、張り巡らされた蜘蛛の巣で例えられることが多いです。例えば前職の記憶を食べた場合、そこで関わった記憶も全て食べてしまうことになります。ワタチの見立てだと、大学の就活くらいまでは消えますね」


 そんな危険な道具を使って大丈夫?


「一方で妄想や夢は現実の記憶とは別の枝のようなものです。前職の先輩を忘れることはできませんが夢での記憶は無くなります」


 そして今回の対象は夢が根付いた記憶はタイミングが良ければ『夢は見たけどどのような夢を見たか覚えていない』状態になるとのこと。

 なかなか怖い道具ではあるけど、今日一日憂鬱で店主さんのお昼ご飯もおかわり二回しかできなかったことを考えると、この道具を使うべきか。


「ご主人のお昼ご飯の物差しはともかく、ワシは道具を使った方が良いと思うのう。うなってるご主人の隣で寝るのはどうも居心地が悪い」

「イナリの安眠事情は置いといて、とりあえず使ってみます。どのように使うんですか?」


 そう質問すると店主さんはピンセットで一匹の悪魔道具をつまみ出した。すると、ミミズのような悪魔道具はこちらに顔?を向けて、大きな口を開いた。


「おでこを出してください。ちょーっと痛いかもですが、すぐ終わります」

『ピギャアアアアア!』

「ぬああああああああああ!?」


 ☆


「おはようございます……え、なんで今日も元気が無いんですか?」

「いえ、その……」


 翌朝、いつもの時間に出社すると、店主さんの笑顔でちょっと元気になりつつも、棚に置いてあるウネウネしたミミズの悪魔道具が目に入り、ちょっと体が反応した。


「うぬ、昨日の夢の記憶は綺麗に無くなって、ひと段落じゃと思ったのじゃが、その『記憶喰らいの寄生虫』の捕食シーンがどうにもご主人の頭から抜けぬようじゃ」

「そうですか。ではちょうどこの悪魔道具でその時の記憶を消しましょう」

「無限ループじゃん!」


 悪魔的な道具は一度使うと抜けられないという話を何度か聞いたけど、まさしくこの道具もその中の一つだと確信した。


 記憶を消す系の伝承は数多くありますし、本作に出てくる悪魔道具を使わなくても記憶を消す方法はありますね。乱暴な方法だと『物理』ですね!

 釣具の擬似餌ということでワーム的な物を想像しながら書きました。とはいえ、釣りで使う「アオイソメ」とかは初めて触った人とか、大人になってから触らなくなる人とかいますよね。柴崎君がその類ですね。

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