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幸運のお守り


 ☆


 棚の商品の整理をしていて、ふと思ったことがあった。

 ガウスのようなゾンビ犬は生物として見ることができる。けど、今僕が右手に持っている小さなコップは生き物とは言い難い。でも『悪魔道具』である。

 うーん、でもガウスって『剥製』だから道具なのか?


「うむ、ご主人。もしかしてコップを割ったか?」

「いや、この中にも悪魔がいるって思うと、納得がいかないなーと」

「というと?」

「ほら、ガウスやイナリは動いているから悪魔とか霊体って思えるけど、このカップは無機物で、使えば効果は出るけど悪魔の実態が無いから悪魔道具って言われてもピンとこないんだよね」


 今更の疑問ではある。例えばこの『寒がり店主のオカルトショップ』のご近所さんの富樫オーナーが持つ『周囲の幸運を吸いとるキセル』も勝手に動くような道具では無いし、この店の看板商品である意中の相手の夢に一生出ることができる『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』も動いたりはしない。


「動いたり見えるものだけが悪魔ではありませんからね」

「あ、店主さん。おかえりなさい」


 富樫オーナーのところで用事があると言って早朝に出かけて行った店主さんが返ってきた。


「例えば神社で売られているお守りの中にも、何かしら宿っています。悪魔道具も同じで、道具に宿っているものがほとんどです」

「じゃあこのコップにも宿っているんですね」


 八百万の神々とは言うけど、万物には何かが宿ると言われると、納得するしかないのかな。


「あ、それはまだ何もしていないコップですね。こっちに持ってきてください」

「僕は一体何とにらめっこしてたんだ?」

「コップじゃろ?」


 気が抜けてしまった。


「いやいや、危うく何も宿していない物を売るところでした」

「一目でわかるんですか?」

「ワタチが宿したものには、少なからず小さなつながりはできますからね。それが無いということは、何も宿っていないということです」


 そう言って店主さんはバックヤードに行って、コップに悪魔を宿す作業に取り掛かった。


 同時に店の扉が開き、二人の男女が入ってきた。一人はご近所のビルのオーナーである富樫オーナー。もう一人は初めての人だ。


「ようシバ。それとイナリの嬢ちゃん。元気か?」

「はい。富樫オーナーもお元気そうで」

「今日は何の御用じゃ?」


 ご近所ってだけあってイナリは僕が見ていないところで面識があったらしい。

 基本的にイナリは僕から遠くまで離れることはできないけど、この店の外の掃除くらいはできる。その際に会ったって言ってたっけ。


「今日はこの女性の付き添いだ。ほれ、渡す者を渡して帰るぞ」

「はい……」


 そう言って女性のお客さんは紫色のお札のようなものを僕に渡した。これは一体?


「シバは知らないのか? 店主から借りた『幸運のお守り』だ」


 店主さんから借りた?

 つまり、これって神聖なものでは?

 店主さんは悪魔だから、こういうものに対して少し弱い。たまにこういう商品を届けなければいけないこともあり、その際は僕がお使いとして外に出て届けている。


「あー、柴崎様。そのお守りは悪魔道具なので心配しなくても良いですよ」


 バックヤードから店主さんが出てきた。

 ……って、凄いエプロンが血だらけなんだけど!?


「ひっ!」

「あ、すみません。ちょっと『絵具』をこぼしてしまって、見苦しい姿ですみません」


 なんだ……絵具だったのか。


 ……イナリが僕の目を見て、首を横に振ってる。つまり、絵具では無いのか……驚かさないように嘘を言ったのね。


「それは人生の幸運を凝縮して得ることができる道具です。その様子だと無事に見届けたのですね?」

「はい……健太は笑顔でこの世を去りました」


 幸運のお守りを渡したのにこの世を去った?


「ですが、それは売り物であって貴女は購入者です。使ったのでしたら返金はできませんよ?」

「いえ、処分を依頼したいんです。これは確かに強力な幸運を引き起こす道具ですが、近くにあったら私も使いそうなので……」

「凄いですね。普通の方ならそのまま使うのに、それを我慢できるんですね。その気持ちに免じて処分は無料サービスにします」


 そう言って女性は店主さんに『幸運のお守り』を渡して、一礼して帰っていった。


 ☆


 閉店時間になり、気になっていたことを店主さんに投げかけてみた。


「今日来た女性から返された『幸運のお守り』は、どういう効果なんですか?」

「かなりシンプルです。百年先まで訪れる幸運を一時間以内に凝縮して与えるものです。裏を返せば一時間後は全く運が無い状態で過ごさなければいけません」


 それって全然良くない道具じゃない?


「うむ、ワシは理解できた。あの女性の息子はもしや病気だったのじゃな?」

「どういうこと?」

「『今後百年』という所がキモじゃな。寿命までであれば、この先不運なら効果が出ない。しかし『仮に百年生きていた場合の運』なども前借して一時間に凝縮するのじゃよ」


 そう言うと店主さんは驚いた表情でぱちぱちと手を叩いた。


「正解です。今回来た女性のお客様の息子さんは危篤状態でした。話せることも難しい中であの道具を使ったんです。すると、あらゆる運が連鎖して、その一時間だけ会話ができるような状態になったと思われます」


 運ってそういうものなのかな?


「というか、病ってことは疫病神さんが治したりできないんですか?」

「こればかりは『神側の事情』もあると思います。すべての病を神が治してしまうと、医学の成長は止まります。ある程度の妥協はしなければいけないと、以前暗い表情で話していました」


 あの優しい疫病神さんも、つらい選択をしなければいけないことが多々あるのか。


「それにしても……ふふ」

「どうして機嫌が良いのじゃ? しかも先ほど処分を依頼された道具を持って」


 確かに。処分費用もサービスって言ってたし、それほど嬉しいことなのかな?


「究極の欲に人間様は勝ったんです。ここに絶対幸運になるお守りがあると知って、それを拒否したんです。これはなかなか興味深いことです。何より」

「何より?」


「あのお客様は『ここの道具は本物』と知りました。つまり、何かに行き詰まったらここへ来ます。そして商品を買います。つまり太いお客様ということですね!」


 ……やっぱり店主さんは悪魔だった。


 運の前借りというのは何かしらの物語に登場しますが、今回は生きていない時の運も前借りすると言うものですね。つまるところ、死後の世界での運も前借りするので、実のところこの道具の物語は綺麗なものではないですね。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 毎回、めっちゃ楽しみにしております。 最近1番のお気に入り作品なんですよ〜。 つまらないものですが置いておきますゆえ〜〜。 では、続きも楽しみにしております〜。
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