ー幕間ー友達
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店主さんは友達がいるのだろうかと、ふと思った。
いや、クアン先生は友達の分類にはいるかな。疫病神さんは友達というより、取引先という印象。
富樫オーナーはご近所さんという感じ。これも友達ではあるけど、そもそも悪魔と人間では生きる時間が異なるって以前読んだ本に書いてあった。
「友達の数で言えばご主人は店主より少ないと思うが?」
「言われてみれば!」
あれ、僕って同世代の友達いなくね?
なんかこの問題は考えない方が良かったかもしれない。でも、一方で店主さんが気軽に話せる相手が少ないのもなんだか気がかりではある。
「おーい悪魔店主。ワシのご主人が『こじらせ』ておるから、話しかけてやってくれぬか?」
「こ、こじらせてないやい!」
「何ですか? こじらせって」
別に店主さんを異性として見ているわけでは無い。なんというか、親戚のお姉さんみたいな感じに最近は思えてきた。
とはいえ、職場では上司だからあまり馴れ馴れしくはできない。
「いえ、店主さんが気軽に話せる友達は少ないのかなって思いまして」
「あー、確かにそうですね。でもこれは仕方が無いことです。ワタチは何度も別れを経験しました。今後訪れる別れも、もちろん悲しむと思いますが、こればかりは仕方が無いことです」
店主さんと僕たちの生きる時間は違う。その別れというのは死別ということだろう。僕はきっと百年生きるかどうか。そして富樫オーナーは良い年だし、先に旅立つだろう。その時の店主さんの心の支えができるかどうか心配である。
「悪魔店主でも人の死は悲しむ者なのか?」
「イナリ、それは失礼だ」
「いや、人間や悪魔とは違う無所属精霊視点の疑問なのじゃ。ワシはご主人の母親の感情を直に受けた故に多少は分かるが、悪魔の考えは分からぬ」
「そうですね。ワタチの場合は特殊なので、他の悪魔とは違います。その大きな要因の一つとして、ワタチが元々人間の区分に所属していたからでしょう」
★
店主さんの親は常識が通じない悪魔崇拝者だった。特に父親は亡き妻を生き返らせるためにあらゆる手段を用いた。結果、腐敗した体が動くレベルまで達したが、途中から悪魔の気まぐれによって暴走し、周囲の家などを破壊した。
父が裏で悪魔に関する書物を集めていたため、店主さんはそれをこっそり読んでいた。そして独学で勉強し、知識だけはあった。
ある日、店主さんの初めての友人と呼べる人が凶暴なモノに襲われ、命の危機に陥った。そこで初めて店主さんは自らを悪魔にして、力を得て友人を助けた。
『◾️ー◾️◾️! なぜ、そんなバカなことをしたんですか!』
『ワラリ……ワラチ……ワタチの大切な人を失うくらいアラ、悪魔になるコロくらい、どうってコオはありまエン!』
結果的に友人は助かった。しかし、その行為は許されることでは無く、しばらくした後、疎遠となった。
★
「おーい悪魔店主。ワシのご主人が嫉妬で脳が破壊されているから、フォローするのじゃ」
「なんでですか!?」
べ、別にその友人が男と決まったわけでは無いから、全然脳が破壊されていないやい。慕っていたお姉ちゃんに彼氏ができて複雑な心境になったーって感じくらいだい。
「ああ、その友人は別に親しい人もいましたし、ワタチは妹程度にしか思われていませんよ。現にその人の体質も特殊で、ワタチが近づくと、双方偏頭痛に襲われます」
お互い近づくとお互い偏頭痛になるって、どういう状況?
「とはいえ、ワタチは両親……というより、父が研究していた書物から悪魔を学び、自らを悪魔化して、この体になりました。色々な覚悟をした上でなったとはいえ、やはり死別は悲しい物ですね」
「ふむ。悪魔店主の一人称が『ワタチ』というのは、悪魔化したからなのかのう?」
「そうですね。今でこそ悪魔の力で生え変わりましたが、当時は大量の血が必要だったので舌を噛み切りました。その名残として『ワタチ』と呼ぶようになったんです。癖ですね」
……なんか変な一人称だと思ったんだけど、まさかそんな意味があったとは思わなかったよ!
「死別が悲しいということは、やはりそれなりに親しい人を見送ったことは何度もあるんですよね」
「そうですね。いつもなら三日ほどで収まるんですが、完全にワタチが責任で失った『あの人』に関しては、今でも後悔しています」
「悪魔道具をたくさん売っている店主さんが、一人だけ特別に後悔しているんですか?」
売っている物のほとんどはいつ死に直結するかわからない道具ばかりである。その中でも一人だけ特別に後悔しているっていうのは、ちょっと気になる。
「とある人を助けたいために、特殊な力を持つ人を協力者に招き入れました。あらゆる手段を用いて、最悪の事態に陥らないように気を付けました。ですが、それを突破して特殊な力を持つ人は命を失いました。こればかりは忘れてはいけないことだと思っています」
そう言って、店主さんは一枚の写真を撮り出した。そこには笑顔の青年が写っていて、男女の友人に囲まれていた。
裏に見えるのはクアン先生が務めている大学。もしかして大学生だったのかな?
「悪魔店主にも悩みはあるものじゃな。どれ、特別に今日のお昼はワシが作ろう」
「え」
「え」
「ご主人が『え』って言うのは分かるが、なぜ悪魔店主がそう言うのじゃ?」
だって、イナリって基本的にご飯を作らないじゃん。たまに一緒に目覚めたときにトーストを焼くくらいはしてくれるけどさ。
「仕方が無い。ワシの一番の得意料理の稲荷寿司を作る。楽しみにしてるが良い!」
そう言って、いつもなら店主さんがお昼の準備をし始める時間帯に、イナリがキッチンへ向かった。
「ふふ、やはりイナリ様を柴崎様にお願いして良かったかもしれません。あれを悪魔にしてしまっては、可愛そうですからね」
「僕が思うに、店主さんを見ている限りでは悪魔になることに欠点が見えませんよ?」
そう言うと店主さんは苦笑した。
「悪魔の最大の欠点は、確実に地獄行きです。ですので、ワタチは生きることに手を抜きません。柴崎様にはこの世でしっかり生きて、無事に極楽浄土に行ってもらいたいですね」
悪魔道具を売っている僕が行けるとは思えないけど、選べるのなら天国に行きたいかな。
「おーい、最強の稲荷寿司ができたから来るのじゃ!」
いつの間にかお昼休みになり、僕と店主さんは笑いながらバックヤードへ向かった。
今日は店主さんのことが少し知れて、なんとなく良かったと思った。
あと、イナリが作った稲荷寿司が想像以上に美味しくて悔しかった。
ということで、今回は店主さんが悪魔になった過去を踏まえて、店主さんの友人関係のお話です。
一人称が『ワタチ』という部分はちゃんと理由は最初からあって、今ではちゃんと元通りでも癖で残っているというのはある種の呪いに近いですね。




