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ホラ付箋


 ☆


「違う! 俺はやってない!」


 遠方のお客さんに商品を届けるために電車で向かっていたところ、車内で大声が響き渡った。

 僕とイナリは椅子に座っていて、その大声に驚き同時に跳ねた。


「なんじゃ。今の緊迫した声は」

「すぐ近くだけど……男の人が取り押さえられてる?」


 揺れる社内でスーツを着た男性が両腕を大男に掴まれていた。そして付近には女子高校生が顔を赤くして怒っていた。


「観念しろよ。次の駅で降りろよ」

「だから俺はやってない!」

「はあ? 私の尻を触って何を言ってるの?」


 どうやら痴漢の現場だったのか。近くに力のある男がいて良かったね。


「おいご主人。あやつ……冤罪じゃぞ?」

「え?」


 と言うことは、取り押さえられてる人は違うってこと?


「ワシは今、あの女子の心を読んだ。金銭目当てで嘘を言った。そして大男は女子のツレじゃぞ」

「マジかよ……でもあの状況で助けることは」

「うむ、無理じゃ。残念じゃが、あの捕まった男は『社会的に殺された』ということじゃ」


 ☆


「おかえりなさいませー。無事に荷物は届けましたか……おや、なんだか元気がない様子?」


 お店に帰って早々店主さんに今日の出来事を話した。

 電車内で冤罪を見て、なんとなく気分がすっきりしないが、店主さんに話すと少しだけすっきりした。


「そればかりは第三者が関わることは難しく、作られた第三者がいたらなおさら難しいですね。今回はイナリ様という心を読める物体がいたから冤罪だと判明しましたが、場合によっては本当に痴漢があって、本当に犯人を取り押さえたという場合もあります」

「それはそうですが、今回に限り冤罪というのは確定で、なんかこう……可哀そうだなと」


 あのスーツを着た男性は真面目そうだった。いや、見た目で判断してはいけない。真面目そうな人が犯罪に手を出すこともある。

 でも、もしもあのスーツを着た男性に家庭があって、今日の出来事がきっかけで全てが崩壊したら『ついてなかった』の一言ですまないだろう。


「時に人間は悪魔以上に残酷です。これはワタチが時々口に出す言葉です。人を殺す方法はいくつもあり、それは物理的な方法だけではありません。今回はその別の方法ですね」

「悪魔以上の人間が今日であった人間だと思うと、俗世は恐ろしいのう。そして悪魔は封印ができても人間は法で守られている」

「そういうことです。まあ、ちょうど今日届けてもらった商品が『殺人鬼』を懲らしめる道具なんですけどね」

「え!?」


 そんなの聞いていないんだけど!

 そもそも渡された道具って普通の文房具にしか見えなかったよ?


「ペンに付箋に定規。一体どれがその道具なんですか?」

「この付箋です。『ホラ付箋』というもので、嘘に反応してありもしないことがいつの間にか書かれる悪魔道具です。せっかくなので一つ使ってみましょう」


 そう言って店主さんは棚から一束の付箋を取り出した。


「唯一の欠点として、最初の一枚は対象者が使う必要があります。柴崎様、一枚だけ取ってください」

「はい」


 言われた通り一枚だけ取った。見た目はただの付箋だ。


「さて、では一つ嘘を言ってみてください」

「そうですね……『最近イナリの寝相が良くて、僕の布団にもぐりこまなくなりました』」


 僕が嘘を言うと、束になっている付箋の一番上に文字が浮かび上がった。

 そこには『柴崎幸田は寝る前に奇声をあげなければいけない。近隣住民から苦情は来るものの、その狂人ぶりから最近は誰も文句を言わなくなった』という文字が出てきた。


「うーん、何というか文字が出てきたことには驚きましたが、あまりにも奇天烈過ぎて誰も信じない嘘ですね」

「そうですね」


「おい待てご主人。それ以上にご主人の発言が大問題だったぞ!?」


 なんかイナリが突然僕の服を掴んで左右に揺らしてるけど、どうしたんだろう。

 朝起きたらイナリが隣で寝ていることくらい日常になってきたし、何とも思わなくなっただけだよ?


「このホラ付箋は嘘の殺傷力に比例して書かれる嘘の練度が上がります。本人にとってどうでも良い嘘をついた場合は、それなりに低レベルの嘘が付箋に書かれます」

「ワシが隣で寝ていることはどうでも良いと!?」


 うん……なんというか、そもそもホムンクルスだし、見た目は確かに可愛いけど、言動や行動が見た目と釣り合ってないから兄妹って感じなんだよね。実の妹はいないけど。


「それにしても時々ありますが、今回の悪魔道具はどちらかというと使用者に不利が生じるものなんですね」


 例えば『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』は使用者が念じた人の夢に一生出てくるというもの。使用者にそれとなる得するものだ。


「悪魔道具と一言でくくっても、全てが使用者に良い働きをするものとは限りません。今回は『罠』と思ってください」

「罠ですか?」

「はい。今回購入されたお客様は、事務の方です。消耗品の管理をしていて、ペンや付箋を相手に支給する業務もされています」

「つまり、嫌な相手に付箋を渡して使わせると……」


 しかも悪魔道具の最大の欠点は、その多くは『使用者はハイリスク・ローリターン』を受ける。そのリターンすら相手に押し付ける『ハイリスク・ノーリターン』を使わせれば……。


「時に人間は悪魔よりも恐ろしいのう。ワシのご主人が悪魔のような思考を持っていなくて良かったのじゃ」

「そうでしょうか。時々柴崎様は怪しい考えをしますよ?」

「その時はワシも本気で抵抗せねばな。カカカッ」


 そんなやり取りが行われて、僕もとりあえず一緒に笑った。


 ★


 年功序列が招いた負の文化。会社に貢献していなくても、長年いるだけで立場が上になり、態度も大きくなり、やがてその人の一言で社会的に殺すことができる存在がいる。


「ちょっと佐々木君、私のコップを勝手に使ったでしょ!?」

「え、使っていないです」

「いいえ、使ったわ。これはセクハラです。これはしっかり報告します」

「報告と言われても、証拠も無いし……」

「使っていないという証拠もありませんよね? 入社二年目の貴方と二十年目の私、どちらの言葉が信じられると思う?」


 少しでも気に入らない相手を、ありもしない嘘で社会的に殺すことは簡単である。


「目黒君、最近よく私と廊下で会うけど、ストーカー?」

「ええ!?」


 男性社員からは誰からも支持されない最強のお局。しかし、女性社員からは支持されている。というのも、この傲慢な態度とは裏腹に女性社員にはかなり優しく、少しでも女性社員に危害を加える人が現れたら、真っ先にこの大声と大きな態度で『社会的に殺しにかかる』。

 お局が発する言葉のほとんどは嘘の塊で、他の女性社員が受けたことは事実。だから、他の女性社員からは一定の支持を得ている。


 が、一方で、それを良く思わない女性社員もいる。


「馬場さん、あの……」

「あらミユちゃん。どうしたの?」


 若い女性社員が一枚の付箋をお局に見せた。そこには『〇月〇日に馬場と部長がホテルへ行った』と書かれていた。

 しかも、若い女性社員は一枚だけではなく、複数の付箋を持っていて、そこには『実は陰では〇〇さんと馬場は飲みに行っている』や『馬場は出張手当を不正に得ている』等が書かれていた。


「待って、何よこれ!」

「知りません……その、渡された資料についていた付箋に書かれていて……隣の席のリコちゃんも別の部署で文字が書かれた付箋を見たって」

「全部嘘よ!」

「馬場さんはお金に関して人一倍厳しいので、清算で不正を働くとは思っていません……けど」


 若い女性社員は周囲の様子を見て、お局の耳に小さな声で言った。


「文字が書かれた付箋が本社にも届いていたり、付箋が付いたままスキャンした資料も多くて、社内で今大混乱している状態なんです」

「なっ!」


 お局は自分の席に行き、重要書類のデータを閲覧した。するとそこにはありもしない嘘の付箋がたくさん貼られたデータが多く残っていた。


「誰がこんなことを……」

「ば、馬場さん! こ、これ!」

「え?」


 若い女性社員がお局の机にある付箋の束に指をさした。そこには『馬場は自分が犯した罪を付箋に書くことで償ったと思っている』と書かれてあった。


「えっと……もしかして自分で書いて、それを貼って……」

「そんなバカなことをするわけないじゃない!」

「でも……この資料は馬場さんが渡したもので、その付箋も馬場さんのものですよ?」


 書いた記憶が無い。誰かのいたずらだと叫び、やがて本部長に呼び出された。理由は当然付箋の件である。


「本部長、私では無いんです!」

「ああ、おそらく誰かのいたずらだとは思う。が、先ほど一番の取引先からこのようなメールが来たんだ」


 そう言って本部長は印刷物を見せた。そこには付箋も貼られていて『〇〇建設の部長と〇〇株式会社の馬場は裏で取引をしている』と書かれていた。


「これも誰かの嫌がらせです! そもそもこんな付箋を貼って大切な客先に送らないでしょう!」

「普通ならそうなんだが、この原本はウチの会社にあって、客先にはスキャンデータが送られている。そしてこの書類だが、すでに複数の企業にもデータで送信済みで、全員がこれを見ているんだ」

「犯人を捜しましょう!」

「いや、我が社としても犯人を捜している時間は無い。そもそもこんな情報が多方面に広まっている以上、存続の危機でもあるんだ。その……なんだ……君の事務作業の能力は他の会社でもやっていける」

「……そんな……」


 お局は遠回しに退職しろと言われ、肩を落とした。

 そして本部長室から出ると、そこには付箋を見つけた女性社員が睨んで立っていた。


「あの付箋……貴女が支給したものよね……何か細工をしたわね!?」

「そう思うなら指紋検証でもしてみてください。私の彼氏は今以上に理不尽な理由で退職まで追い込まれました。いえ、違いますね。理不尽では無く今回の事件は馬場さん自らやったことでしたね」


 そう言ってお局は目の前の女性社員を思いっきり叩いた。それを偶然見ていた男性社員が取り押さえ、警察沙汰になった。


 後に、付箋に書かれた内容は全てお局の妄想であったということになり、取引先の会社の損失は軽傷で済んだが、一方で不当解雇が大量に見つかった某企業は消えてなくなった。


 冤罪ダメ!絶対!

 と言うことで、今回は最近目の前で痴漢騒ぎがあり、その真相は不明のまま第三者である私は関わることなく当人だけの問題となって消えました。

 同時に会社ではある方面では支持されていて、一方である方面では避けられてる人(本作ではお局という表現)がいたので、ついでに合わせて組み込みました。

 本作の馬場さんは完全に自分の利益のために動く人で、その上で気に入らない方があったら嘘でも突き通す人ですが、筋の通った人も世の中には存在しており、むしろその人は大事にするべきだと私は思ってますー。

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