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虚夢の水筒


 ☆


 時々お店には危険なお客もやってくる。危険と言っても、凶器を持っているわけではなく、精神的に危険な状態だったり、死を覚悟しているサラリーマンなどである。

 で、現在部屋の隅の椅子にはボロボロのスーツを着たサラリーマンが座って、何やらぶつぶつとつぶやいていた。


「典型的なパワハラで心が壊された人間さんですね。あそこまで来ると常連さんになった時は逆に営業妨害になるので、即効性がありつつ自立を促す物を渡すのが一番ですね」

「どういうのがあるのじゃ?」


 店主さんが棚から水筒を持ってきて、そこにティーパックを入れた。


「柴崎様、すみませんがここに熱いお湯を入れてください。イナリ様はコップを用意してください。ワタチはお客様と少しお話をしていますね」


 ☆


 お湯が沸いて水筒に入れた。というか、水筒にお湯って入れて良いのかなと思ったけど、横に『耐熱』のシールが貼ってあった。

 隣ではイナリがおしゃれなコップを用意していて、落とさないようにゆっくりと持ち運ぼうとしていた。


「もう俺はダメなんだ……どうせなら遺書を書いて会社の屋上から飛び込めば、あの上司に一矢報いれるだろ?」

「一矢報いるという部分だけは間違いありませんが、その後の結果を貴方は知ることができません。耐えろとはワタチからは言いませんし、ゆっくりここで時間を過ごせば良いと思います」

「へへ、ここは犬の剥製もあって不気味なのに、落ち着くな。もうどうでも良くなったから何も怖くねえのかな」

「信教の変化で好みは変わります。そういう状況だと今まで行わなかった趣味を始めてみたり、何かの活動を行ったりする人はいますね。おっと、ちょうどお茶が出来たそうなので、飲みましょう」


 そう言って僕は水筒からお茶を出した。


 ……お茶の色は緑色で、見た感じ緑茶なのに、カップは洋風なんだけど……。


「変わった紅茶だな。いただきやす」

「はい」


 そう言ってサラリーマンは飲んだ。すると、数秒後に一気に目から涙を流し始めた。


「あ、ああ、あああああ。このお茶はもしかして、転校していったシャミラちゃんが最後にくれたお茶か。外国に行くって言って、結局その後やり取りはできず、今元気かなあ」


 言葉にしたらとても失礼だけど、ぱっとしないサラリーマンの幼少期は外国の幼馴染の少女が近所に住んでいたの!?

 なんかそれはそれで羨ましいんだけど!?


「よく見たらこのカップも、俺が学生の頃の貧乏旅行で見つけたカップに似ているなあ。うっかり落として割った時は立ち直れなかったっけ」


 色々と偶然が重なりすぎない!?


 と、ここで店主さんはほほ笑んで、サラリーマンの肩に手を置いて励ました。


「偶然とは突然訪れる者です。周囲を見て回れば案外面白い発見はありますよ」

「ありがとう店主さん。俺、もう会社を辞めて次の人生を歩むよ!」


 そう言ってお茶を一気に飲んで、一礼して帰っていった。


 あまりの早さにイナリも驚いて口をパクパクしていた。


「うむ、あやつがこの店でお茶を飲んで、偶然知っていた茶の味を思い出し、偶然知っているカップを見て立ち直るとは、偶然とは恐ろしい物じゃ」


 イナリが感心していると店主さんはため息をついた。


「偶然なわけありませんよ。あれはそういう悪魔道具です」

「「ええ!?」」


 僕とイナリは声を揃えて驚いた。


「水筒の中に入れたティーパックには悪魔が宿っています。取り込むことで過去の記憶を喰らい、代わりに存在しない記憶を植え付けるという悪魔です」

「え、じゃあシャミラちゃんという存在は?」

「存在しないと思います。おそらく学生の旅行とやらも行ってないと思いますよ」


 一種の幻覚を見せたような感じじゃん!


「もちろんこの悪魔道具は副作用が強すぎて、二回目の使用はできませんし、疲弊状態の人間以外が取り込んだ場合は記憶の矛盾で植物状態になりかねないものです」

「サラッと今までで一番怖い道具ですね!」

「とは言え、人間にとって不都合な記憶を食べて、偽物の記憶を糧に前向きに生きていけます。取り込んだ悪魔は記憶を食べた後、数日で消化されます」


 心を落ち着かせるアロマとか、夢を喰らう枕とかあったけど、それをはるかに超えた能力の悪魔。いや、裏を返せばそれほど極限状態の人だったということかな?


「でも店主さん、この店に来て元気になったということは、また何かあった時にここに来るのでは?」

「今日を含めた記憶を喰らうので、一応ワタチとの契約ではここでの出来事も翌日食べてくれます。ただ、記憶と記憶の間を修復する際に間違ってここでの記憶が蘇る場合もあるので、その際は別の道具を使います」

「記憶に関する悪魔道具が他にもあるんですか?」


 僕もこのお店で働いてそこそこ経過する。勉強も兼ねて商品は知りたい。


「ちょっと重たいですが特別に持ってきます。確かこの辺に……あ、これです」


 と、大きな丸い石が出てきた。もしかしてこの中に悪魔が封じ込められているのかな?


「この石で頭を『ゴッ!』ってします。試しにイナリ様でやってみましょう」

「おー悪魔店主。大事な従業員の記憶を物理的に消すでない。というかホムンクルスの体のワシにそれを使っても記憶は別の場所に宿っておるわい!」

「そうでした。うっかりです」


 ……店主さんのうっかりは時々サイコパスだと思うよ。


 不都合な記憶を消して、逆に存在しない記憶を植え付ける。そういう実験をマウスでやってるというのを何かで見た気がします。

 夢での出来事を日記に書くと、現実と区別がつかなくなるとは言いますが、今回はそれをモチーフにしていますー。

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