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呪いの人形


 ☆


 目覚めると隣にイナリが寝ていた。なんというか、慣れとは悲しいものだ。

 と言うか別の部屋を準備しているのに、結局イナリは僕の布団に来てしまうらしい。夢遊病かと質問したところ『霊的な存在に夢遊病があると思うか?』と言われてしまった。


 ……まあ、あるんじゃね?


「む、ご主人。おはようじゃ」

「おはよ。さて、今日も朝ごはんを……」


 準備しようと起き上がってリビングに向かう扉を見たら、少し開いていた。どうやらイナリが入ってくる時に、ちゃんと閉めなかったのか?


 ……なんか……日本人形が立ってるんだけど!?


 ☆


「てんしゅさああああん!」

「おはようございます。今日も元気でわああああ!」


 お店に到着してすぐに店主さんに抱き着いた。というか、店主さんは身長が低いから、どちらかと言うとタックルのような感じになった。


「早々に上司にタックルを仕掛けて来るとはやりますね。一体何があったんですか」

「タックルは謝りますから、これを何とかしてください!」


 そう言って僕は鞄に入れていた日本人形を見せた。


「これまた珍しい物を持ってきましたね。がっつり中に何かが封印されている日本人形ですか。まあ、害は無いので大丈夫ですよ」

「だいじょばないです! 僕の安眠が妨げられてしまい、仕事に支障が出ます!」

「それは一大事ですね。毎日タックルは困りますし、何とかしないとですね。というかイナリ様はなんとかできなかったのですか?」


 遅れてイナリが到着。息を切らしているということは、走ってきたのかな。というか僕は相当速くここへ向かったのか。


「うぬ、ワシの術を使っても浄化はできぬ。かなり強い意志が封じられておる」

「そうですか。となるとワタチが何とかするしかないんですね」

「店主さんも浄化系の術が使えるんですか?」


 店主さんって悪魔側だから浄化とは無縁だと思っていた。

 が、店主さんからの答えは逆だった。


「浄化とは逆のことをするんです。イナリ様が行ったことが『抑え込むこと』だとしたら、ワタチがやることは『膨張させること』です。大きくすることで中身を出すという感じですね」


 それって大丈夫なの?


「バックヤードに簡単な術式を用意するので、こちらの本でも読んで待っていてください。心に余裕があるなら、お店をお願いします」


 ☆


 呪いの人形は世界各国に点在していて、その多くは人の形をしているらしい。稀にクマの形や漫画のキャラクターだったりもする。

 そして呪いの人形と言われるものの大半は目の錯覚や幻覚、そして人形の仕掛けによるトリックだとか。

 例えば目の部分に光の反射で色が変わる塗料を塗ると、角度によっては瞬きしたように見える。


 そう言った『幻覚』や『見間違い』で呪いの人形として保管されているものは多くあるが、稀に『ホンモノ』がその中にあり、今回の呪いの人形がまさしく『ホンモノ』とのこと。


「のうご主人。前々から思ったのじゃが、恐怖を感じるとワシの手をニギニギするのは癖なのかのう?」

「そこに手があるんだからニギニギするだろ!」

「まったくもって意味が分からぬが、これでもワシのご主人じゃからな……特別に守ってやるぞ」


 心強い味方である。

 そんな中、ガウスが日本人形を咥えて遊んでいた。


「イナリよりもガウスの方が頼もしく思えてきた」

『ガウ!』

「手をニギニギすることを禁ずるぞ?」


 それは困る。


 と、準備を終えた店主さんが戻ってきた。


「バックヤードに陣を書いたので、人形をワタチに渡してください」

「今ガウスが咥えています」

『ガウ!』


 そう言ってガウスは店主さんに人形を渡した。


「……すごい唾液まみれですね。というか、剥製が唾液を出すなんて、ワタチも知らない現象が発生しているんですけど、どういうことですか!?」


 人形よりもガウスの変化に驚く店主さん。


「うう……べとべとの人形を持つのは嫌なのですが、心なしかすでに人形も弱っている感じもするので、手っ取り早く中身をあぶりだして説得しましょう」


 そう言って店主さんと一緒にバックヤードへ向かう。僕はイナリの手をニギニギしながら向かい、後ろにはガウスも付いてきてくれていた。


 赤いインクのようなもので書かれた丸模様の陣の中心に人形を置くと、紫色に辺りが光った。すると人形からなにやらモヤのようなものが出てきて、徐々に人の影のような形になってきた。これが人形に封じられた本体ということかな?


『……ベトベトですごく気持ち悪いですわ』

「なんかごめんなさい」

『ガウ』


 第一声が凄く不機嫌だったから反射的に謝っちゃった。

 あと口調が少しお嬢様っぽい。現代アニメのワンシーンを見ている感じ。


「貴女がこの人形の中に住んでいた霊ですね。すみませんが、このまま行くべき場所へ行ってもらってもよろしいですか?」

『行くべき場所ですか。そちらの『人形』は楽しく現世を過ごしているのに、私は去れと言うのですか?』


 突然イナリに矛先が向けられ、イナリは軽く咳ばらいをした。


「ワシはこのご主人と契約を結んでおる故、お主と状況が異なる」

『では私と契約を結び、私も現世で遊ばせてください』

「それはできぬ」

『なぜ?』


「なんかこう……キャラが被る」


 そんな理由で!?

 もう少しそこはちゃんとした理由で断ってよ!


「こほん。このイナリ様は守護霊から守護精霊になりました。ですが今の貴女は悪霊に近い憑依霊です。仮に柴崎様と契約しても、契約者に悪影響を与え続けることになるので、無理なのです」

『そうなんですね。では私には消えろと?』

「はい」


 店主さんは淡々と答えた。

 実際、今のやり取りを人に例えると『貴方が生きていたら不都合だから死んでください』と言っているようなものだ。

 店主さんはプロだから淡々と話せるのだろうけど、僕は少し同情してしまった。


『ふふ、今、一瞬ですが、そちらの男性が心を許しました。このまま消えたくは無いので、そちらに憑依させていただきます!』

「え!?」


 その瞬間、黒い影は僕に向かって突撃してきた。

 突然のことで驚き、両腕で顔を隠したが、特に痛みは無かった。


「愚かですね」

「うむ。ある意味今のはご主人が素直過ぎたから起きた事件じゃろう」

「え?」


 ゆっくり目を開けると、黒い影は徐々に薄まっていき、やがて何もなくなった。日本人形もいつの間にか胴体部分は無くなっていて、服だけが取り残されていた。


「このお店の職員証である『邪神の刻印入りネックレス』のお陰ですね。まさか今の霊にも影響を及ぼすとは思いませんでした」


 確か、神とか守護霊とかに関するオーラを弾くためのもので、これが無いと元々個人が持ち合わせているオーラの影響で悪魔道具に影響を及ぼしちゃうんだよね。


「先ほどの悪霊はその『邪神の刻印入りネックレス』の効果で消えました。これが良かった結末かどうかはわかりませんが、結果オーライとしましょう」

「なんか……可哀そうというか、あっちは一筋の助けを求めていたんですよね?」


 僕がそう言うと、店主さんは僕の腹部を軽く叩いて、少し笑って話してきた。


「心を許して良い相手を間違えてはいけません。助けを求めている人間は沢山いますが、全員が善人ではありません。特に悪魔や悪霊に対しては油断しないでください」


 ……それは無理な相談だ。だって、店主さんの料理は美味しいもん。


 人形が恐怖の象徴になる理由の一つとして、人の形をしているからでしょうか。シミやコンセントの穴が人の顔に見えて驚くのと一緒で、より人の形に近い人形はさらに恐怖が大きくなるというのが私見です。


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