ー幕間ー ガウスと過ごす休日
☆
ガウスを部屋に入れる時、他の部屋の人にバレないか心配だったが、そんなことは無かった。
というのも、そもそもガウスは剥製で、命令をすれば呼吸をしないし、吠えない。
それと、僕の言葉がわかるのか、肯定は首を縦に振り、否定は横に振る。むしろ僕の会話の方がご近所に怪しまれるくらいだった。
「観葉植物を育てている感じだな」
『ン?』
本当に小さな声で返事をしてくれる。すっごい可愛いんだけど!
絶対『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』よりもガウスの方が可愛いよ!
「ということで、朝の六時。散歩に行こう!」
『ン!』
吠えるわけにもいかず、僕にだけ聞こえる声で返事をして、ニコッと笑うガウス。もうペットはいらない。僕にはガウスだけで十分だ!
☆
店主さんから『一応体裁を保つためにリードを貸します』と言われ、犬用のリードを貸してくれた。
悪魔の商品にする前のリード。つまるところ『普通のリード』である。店主さんから普通の物が渡されると違和感を感じる。
……このリードが何の悪魔道具になるのかは、今は気にしないでおこう。
アパートを出て周囲を確認。近所に人がいないことを確認してガウスを外に出す。
リードを付けているのに、ガウスは僕に歩行を合わせてくれていて、まったくリードはピンと張ることは無い。もはやリードを放しても一緒に歩いてくれる感じがする。
ただ、これでも本物の悪魔ということで、僕を襲うことは無いけど命令をするときは本当に気を付けてと店主さんに言われた。実際、ぬいぐるみを投げて、それに噛みついてって言ったら、かみ砕いてしまった。
『悪魔も使い方によっては強い味方です。不器用で極端な生物だと思ってください』
そう言われたけど、本当にそうだと感じた。
「あれ、柴崎君?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、茶髪でポニーテールの女性。普段はスーツ姿だが、今日はジャージ姿だ。
「横山さん?」
「やっぱり柴崎君だ!」
前の職場の女の先輩で、何かと気にしてくれていた人。一瞬勘違いしそうになり好きになりかけたけど、誰にでも優しい人気者と聞いて諦めた。
「もしかして近所に住んでたんだ。すごーい、え、今どうしてるの?」
「新しい職場で働いています。えっと、雑貨店です」
「うそ、すぐに見つかったの!? 良かったー!」
僕の目を見てすごく喜んでくれる横山さん。うん、こんなの好きになるじゃん。
「こっちのワンちゃんは?」
『ガウ!』
「ガウスです。雑貨店……の店主が飼ってるんですが、今日だけ預かってます。すごく賢いです!」
「そうなんだ! よろしく!」
『ガウガウ!』
今のガウスは僕の血液のおかげで毛はふさふさ。どこからどう見ても普通の犬である。
ただ、口の中はあまり見せられない状態。こればかりは元々が剥製だから、仕方が無いことではある。
「お散歩中なら一緒に歩いても良い?」
「え、でも横山さんのペースがあるんじゃ?」
「いつも自由だよ。うちの会社の不定期の休みに、予定を考えて行動する人の方が少ないでしょ?」
「まあ……」
……って言ったけど、僕はプログラミングができればそれで良かったから、休みの日も家でプログラミングの勉強とかしてたなー。
それも予定と言われれば予定なんだけど、他の人ってジョギングとかしてるんだ。
「じゃあガウス、横山さんも一緒に散歩。絶対横山さんに噛んだらダメだからね。守ってもあげてね」
『ガウ!』
「へー、すごい賢い。なんかちゃんと返事してるみたいだね!」
ちゃんと返事をしたんです。
ちゃんと言ってあげないと危険なんです。店主さんにすっごく言い聞かされたんです。
悪魔とは、人間が思っている以上に自由気ままなモノもいれば、ありえないほど神経質なモノもいるとのこと。
例えば、お米を千粒茶碗に入れてくれと言うと、千粒しっかり入れる。悪魔にとって命令やお願いはかなり重要。
一方で、そのお願いや命令がどれだけ些細なことでも、一回は一回。つまり、その代償が命であれ腕の一つであれ一緒らしい。
人間の世界では通貨がある。千円の価値があれば千円を支払えば良い。
そして悪魔との取引で重要なのは、先手を取ること。
店主さんの話では、悪魔にとって血液は一番簡単な代償らしい。そして、先に代償を支払って、悪魔に依頼を出して、悪魔が同意すれば成立。
当然代償を支払って依頼を出して、悪魔が拒否すればそのまま終われば良い。
やってはいけないのは、最初に悪魔に依頼をすること。そうなれば後払いが勝手に成立し、その代償は大きいらしい。
ガウスに至っては血液を飲ませたから言うことを聞くということもあるらしいけど、それ以前にガウスが僕に懐いているらしい。
店主さんの話では、悪魔も一つの生物。稀に利害を無視して接する悪魔も存在するとかなんとか。ただし、これは稀なことだから油断はしないようにと何度も聞かされた。
「ガウス君。お手!」
『ガウ!』
「ガウス君、おかわり!」
『ガウガウ!』
……ガウスって実は普通に人懐っこいのでは?
むしろ店主さんが嫌われてね?
と、なんとなく横山さんと遊んでいるガウスを見ていたら、ガウスがこっちを見て近づいてきた。
そして足元でグルグルとゆっくり回り始めて、頭をこすりつけてきた。可愛い。
「あー、やっぱりガウス君は柴崎君が一番なんだね。やきもち」
「あはは、そりゃ光栄だ。明日もしっかりブラッシングしてやるぞ!」
『ガウ!』
ペットがいる日常って、こんな感じなのだろう。
「あぶなああああい!」
遠くから声が聞こえた。何事かと思ったら、遠くでボール遊びをしていた少年たちが叫んでいた。
一人の少年はバットを振り切っていた……ということは!
「キャッ!」
『ガウウウウ!』
横山さんは驚いて、バランスを崩して後ろに倒れかかった。偶然僕がいたから、そのまま支える形になった。
ガウスはありえない速度で横山さんの正面に飛び跳ね、ボールを咥えていた。どうやらボールがこっちに来ていたところをガウスがキャッチしたらしい。
「ナイスだガウス!」
危うく横山さんがケガをすることろだった。それを守ってくれたのか。
『横山さんも守ってあげてね』
何故かその言葉が頭を過った。
「すみませーん、大丈夫ですかー?」
グローブを付けた少年がこっちに向かっていた。
「ガウス! 止まれ!」
僕は思いっきり叫んだ。
「うわあ!」
『グルルルル』
ガウスはまたしてもありえない速度で移動し、少年の前に立っていた。守ってという言いつけを守るため、その原因を『処理』しようとしたのだろう。
「ガウス、ボールを返してあげて」
『ガウウウウ』
「ご、ごめんなさあい……ひい!」
少年はボールを受け取って、すぐに戻っていった。
「ガウス君! 守ってくれてありがとう! ついでに柴崎君は支えてくれてありがとう!」
『アウ!』
内心ほっとしつつ、店主さんが口を酸っぱくして言う理由が分かった気がした。
今回はガウスのお話です。
深掘りに近い形でー幕間ーを組み込めればなーと思いました。時々日常回とか、道具が一切出てこないお話とか書きたくなるものです。