学校の階段
☆
本日は夜間作業。そして目の前には小学校。さて、久しぶりの学校の七不思議案件である。
「のうご主人?」
「ん?」
「ワシの手をニギニギするの、やめん?」
「怖いじゃん!」
音が勝手になるピアノは昨今の技術を考えたら不可能ではないと頭では言い聞かせることができる。
動く人体模型に関しては毎日見てたから慣れた。
上りと下りで段数が変わる階段は頑張っても説明できないでしょ!
「オカルトショップの店員がオカルト現象で怖がって少女の手をつながないといけないとは情けないですね」
「だって、今回の現象は店主さんが配置したやつでは無いんですよね?」
「そうですね。現代風に言うと、他の業者がやった現場を別の業者、つまりワタチ達が改修するって感じです」
工事現場じゃないんだから、そんな例えをしないでよ!
というか店主さんじゃ無いなら本物の心霊現象じゃん!
「段差が変わる階段というのは、いくつか種類があります。一つは幻覚や意識を飛ばす系で、これは偶然場所が偶然階段というだけで、他の場所でもありうるやつです」
最初に数える段差を間違うと数が違うというのもこれにあたるのかな。
「他はどういうのですか?」
「階段自体が動く系ですね。これは階段そのものが悪魔なので、幻覚系よりも場所が明白なため、とても楽です」
悪魔や心霊現象に楽ってあるの?
「悪魔店主よ。淡々と話すのも良いが、もうちょいソフトに頼む。ワシの手がもみほぐしたミカンのようになってしまうのじゃ」
「僕は今、イナリが友達で良かったと心から思うよ」
「お、おう……いきなり言われると驚くのじゃ」
そう言えばイナリも元々幽霊の類だっけ。実体があるし、一緒にいる時間が続いたから慣れちゃってたけど、イナリと同族になるのか?
☆
依頼のあった二階と三階の間にある階段に到着。
暗いだけで学校って怖いよね。
「よほどそこの悪魔店主の方が怖い存在なのじゃが……いや、深く言うと給料が下がるからやめておくのじゃ」
「別に構いませんよ。そもそもイナリ様に正当なお給料は支払っていませんからね」
「なぬ!?」
「幽霊に戸籍はありませんし、人権がそもそもありません。とは言え、特別手当として柴崎様に出しています。お小遣いはそこから貰ってください」
イナリのお小遣い事情について知らなかった。というか、僕に入っていたんだ。いや、特別手当をもらっていたことに気が付かなかった。
今までお金に執着があったわけでは無く、引っ越すときに久しぶりに通帳を見ただけで、それ以降も見ていない。給料明細も貰ってはいたけど、ちゃんと見ていなかったな。店主さんが手作りしていることだし、今度ちゃんと見ておこう。
「それよりもこの階段ですが、やはり階段そのものが悪魔ですね。歩く方向に向けてわずかに動いて、一段無かったように思えるものです」
「エスカレーターの超遅い感じですか?」
「そうですね。ちょっとお話しましたが、害は無さそうです。むしろ善意でやっているつもりだったのが、怖がらせてしまったと言ってます」
僕にはその会話が聞こえないけど、階段と話すってなんか変な状況ではある。
しかし一方で階段の悪魔は、悪意は無かったという悪魔らしからぬものだった。
「害が無いならそのままにするんですか?」
「いいえ、依頼通り封印ですね。それかイナリ様にお願いをして浄化でしょうか」
「できぬことは無い。が、少々心が痛むのう」
悪意が無いのに浄化するというのは、僕も少しだけ心が引けた。
「今は問題が無くても、そのうち突然怪物になることもあります。それにワタチも悪魔なので、対処するという契約を交わした以上はそれに従わなければいけません」
「悪魔社会は分からぬ。まだ疫病神のところの方がワシに合っているのう。どれ、悪魔店主は少し下がるのじゃ」
そう言ってイナリは両手を階段に手を付けて、力を込めた。
すると、何か僕の頭の中に声がもぐりこんで来た。
★
会話をしたのは百年以来。まだ人間だったころに友達の三鷹と会談で遊んでいたころだったか。
先生に怒られ、走って階段を駆け下りたら、そのまま転んでしまった。三鷹は助かっただろうか。
おや、あの悪魔と霊体と一緒に来ていた人間か?
ああ、私の記憶が流れ込んだか。すまんな。驚いているのに、声も出せないだろう。
安心してくれ。私があの霊体に浄化されれば元に戻る。悪魔の言葉は信用できないだろうが、それでも信じてくれ。
それにしても、人間と悪魔と霊体が一緒にいるとは、良い時代になった。
悪魔という存在は神や神の使いから嫌われている。私も悪魔になりたくてなったわけでは無かったのに、どうして悪魔になったのやら。
おっと、そろそろだな。
そうだ、君に一つ、お願いを頼む。
友人の三鷹という者が……。
★
気が付くと僕は横になっていた。
そして目を開けると店主さんの顔が見えた。
「え、あ、あ! すみません、まさか気を失って店主さんが膝枕をしていたなんて!」
「え? 何を言ってるんですか」
え、でも僕は確実に横になっていて、天井を見ているのに、店主さんが覗き込んでいて、頭には柔らかい感触があるんだけど……え、これなに!?
『ギャギャ。ニンゲン、オキタ?』
「ぬあああああああああああ!?」
でっかい『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』が僕の枕になっていた。というかこれ、本物の『空腹の小悪魔』じゃん!
「浄化中に気を失ったので、それとなく予想はしていました。そのまま寝かせるのはかわいそうなので、枕になりそうな『空腹の小悪魔』を召喚しました」
「確かに柔らかかったけど、なんかこう、つぶしちゃいけない感じの感触でしたよ!? というか、髪がべちょべちょだ!」
「ふむ、改善の余地ありですか。では次はこっちの『深海の怪物プチ』を出しましょう」
床からタコの足が六本出てきて、凄いウネウネしている。え、次気絶したらこれを枕にするの?
そしてこれも若干ねばねばしているんだけど!?
「終わったぞー。ぬあ、なんじゃこれは!?」
「あ、イナリ、お疲れ様」
「お疲れ様でした。無事に浄化したそうですね」
「うむ、ご主人も見えたと思うが、元々人間だった者が悪魔になったらしいの。運命とは残酷なモノじゃ」
元々人間だったのが悪魔に……それは決して良い物ではないだろう。そう言えば三鷹という言葉が聞こえたけど、その人は実在するのだろうか。
「店主さん、三鷹さんという人を知っていますか?」
「知りません。ワタチも先ほど会話をしていて聞きましたが、知らないと答えました。それと、もしも知っていても会おうとは思わないでください」
「なぜですか?」
僕の質問は、おそらく何もわからないからからこそ口が先に出たのだろう。
店主さんはそれを察して、一呼吸置いて話してくれた。
「お友達が悪魔になったと知ったら、とても複雑でしょう?」
現世にやり残しがあって残る霊は必ずしも悪霊にはならないとは思っていますが、大体は何かの恨みがあって被害をもたらす系が多いと思ってます。
単に気がついて欲しい故に全力を出した結果がちょっとだけ動く階段でも、踏み外せば大事故ですからね。
今回は悪魔道具というよりも悪魔設備になってますが、ちょっと幅広く扱っていこうかと思いますー




